第50話「ふたつの二人旅」
”「君、水臭くないかね?」
王様、気分を害したように問いかける。
「えっ、何が?」
少女、戸惑ったように聞き返す。
「この完璧にして大陸一のカリスマにかかれば、どんな願いもかなえてあげられるのだよ? 出会ったその日に頼みごとをしてくる少女もいた。今でこそペンダントに捕らわれているが、もし外に出る事が出来たら。さあ、願いを言ってごらん?」
少女、つまらなそうに言う。
「別に、いい」
王様、ペンダントの中から怪訝そうに少女を見上げる。
「私の願いは、もうかなっているから、いい」
”
スーファ・シャリエール著『放浪少女と陽気な王様』の脚本より
Starring:スーファ・シャリエール
紅茶のカップがことりと置かれる。顔を上げた先には、クロエ・ファーノの笑顔があった。
「どうしてここに?」
珍しく夕日に染められた空き教室は、怖いほど寂しくて。よくもこんなところを見つけられたと思う。
クロエは質問に答えずに、水筒の紅茶を注いだ。
「お姉さまに謝りたかったんです。私のためにお話を考えてくれてるのに、私ったら自分の感情ばかりで」
スーファは苦笑する。確かに彼女が求めるような話を考えたが、彼女だけの為に書いたわけではない。言うだけ野暮だから言わないが。
「私も無神経だったから、こちらこそごめんね」
今なら少しだけ彼女の気持ちが分かる。自分が創り出して、思い入れのあるキャラクターがポリコレとやらの為に捻じ曲げられたら、それは
「ところで、なんでクロエが私の脚本の事を?」
「はい! ちょっと前にユウキさんが事務所に来て教えてくれました。ここでよく執筆されていることも!」
あのヤロー、余計な気を利かせてくれる。
「話はまとまったかい? なら机空けて。早めのディナーにしようよ」
隣の机に、大皿のサンドウィッチが置かれる。運んできたのはメイドさん、ではなく、メイド姿のノエル・ウィットマンだ。
「こっちは付け合わせのピクルスと、デザートのフルーツサンドよぉ」
ごちそうを次々並べているのはライカ・コーレイン。この二人がやってきたのも、どこぞの自称怪盗の手引きなのだろうな。
「多分考えてる通りだよ。ユウキ先輩に協力するよう頼まれたんだよ。何でもお師匠さんから手助けを禁じられたから代わりにってことで」
「相変わらず、極度のおせっかいよねぇ」
二人は呆れたように言い合うが、とりあえず面倒臭いというそぶりは見せない。
「いいえお姉さま。気を使って頂いたんです。使える者は使い……じゃなかった。ありがたく受けましょう」
黒いことを言いかける助手にひやりとしつつ、スーファは申し出を受けることにした。
「ありがとう。それで、二人は創作をやっているの?」
当然の質問に、ノエルとライカは言葉に詰まった様子だ。何か期待した反応と違う。
「創作っていえば創作かな? 僕がやってるのは衣装づくりと料理、あと簡単な機械いじりくらい」
「私はピアノかしらぁ。経営科で使うプレゼン資料とかも創作に入る?」
全然ジャンルが重ならない。一介のナードに話を聞いて、それで何とかなるものなんだろうか?
「はい、お姉さま! 私演劇や映画は色々見てます! ヌードダンス程じゃないですけど」
クロエも自信満々で挙手する。ま、まああの
「ナードは色んな作品を見てるから、自分で書かなくても物語を分析できる人も多いんだよ」
「蓄積も多いから、アイデアも出せるわよぉ」
二人の発言に、なんとなくユウキの意図が見えてきた。
「じゃあ、二人はアドバイスをしてくれるかしら? クロエはまず読んでみて感想をちょうだい。今は一番それが欲しいの」
「はいお姉さま!」
早速、スーファはジョージ・フォートのダメ出しを読み上げる。
「まず、宝玉は別のものにしろって言われたんだけど、何が良いと思う? 私は小型のスチーム・アーツにしようかと思うんだけど」
改善策は早速ノエルに却下された。
「駄目だよ、
「それにこれ、スチーム・アーツが発明される前の時代っぽくないかしら」
「それなら……」
要は、ユウキ・ナツメが行っていたブレインストーミングの亜種である。とにかく思いついたアイデアを机上に上げて検討する。そして他人の意見は、自覚していなかった最良のアイデアを引っ張り出すきっかけになる。
恐らくだが、彼の謎かけはこれが答えだろう。
「装飾品はどぉ? 指輪とかは?」
ライカのアイデアは悪くないが、これはスーファが却下する。
「指輪だと、宝石部分が小さすぎて分かりにくいかも。でも装飾品はいいアイデアですね」
ここで一同、思いついた装飾品を挙げてゆく。結局残ったのはペンダントだった。ある程度大きくても不自然ではないし、胸から取り出して掲げれば王様と会話ができるというのは演劇的に分かりやすい。
「お姉さま、それならペンダントは
「良いわね! なら王様は魔法で国を興したんじゃなくて、伝説の冒険者で、世界中のアーティファクトを持っていることにしようかしら」
「それなら、追っ手は王様を討ち果たすだけじゃなく、アーティファクトを手に入れるために襲ってくるのはどう?」
ノエルの名案に、全員ブラボーと手を叩く。
正直、ただアイデアを出し合うことがこんなに楽しいとは思わなかった。スーファは 熱に浮かされたようにひたすらしゃべりまくり、気が付いたら3時間が経っていた。
「いけないいけない。サンドイッチが乾いちゃったよ」
苦笑したノエルが夕食を思い出し、スーファは休憩を宣言する。
サンドウィッチは案の定ぱさぱさだったが、これはこれで美味しい。彼女は暫し、ペッパーの効いたハムを堪能した。
冷えた紅茶を飲みながら、クロエが感慨深げに言う。
「ここに集まってる人たちって、本当に漫画やアニメが大好きなんですね」
スーファとしても、
「まあねぇ。ジャンルとか嗜好とかは違うけど、皆”好き”で繋がってるわよぉ」
「好き」、スーファにはそれが今ひとつ分からない。彼女だって好きなものはいっぱいある。しかしそれが、あらゆるリソースを割いて追い求めるようなものなのかが分からない。「好き」を燃やされるからと言って、怪盗を名乗り社会と対決する理由が分からない。
これは「ライカたちがブレイブ・ラビッツの一員である」という予想が当たればの話であるが。
「ふーむ、ちなみにお二人の”属性”は?」
属性? 魔法の話か? スチーム・アーツの普及で、魔法属性など過去の話になってしまったはずだが。
「属性って言うのはね。自分が好きなジャンルの中で”特に好きなもの”を言うんだ。例えばぼくは”男の娘”とか”ボクっ娘”が好きだよ」
ノエルのカミングアウトを受けて、スーファは普通に返してしまう。
「男の子? やっぱり同性が好きなの?」
同性愛に偏見は無い。無いが、いざ目の前に当事者が現れてしまうと、身構えてしまうのも事実。仕事でそういった場にも入り込んでゆくスーファでもそうだ。
それを差別と言うならば、弁明はできないだろうけど。
「違うよ。この格好はファッション。ぼくはお付き合いするなら女の子がいいもん。そうだね、今の推しは『ヴァンこれ』のレーゲンかな」
推し? ヴァンこれ?
よくわからないが、彼の姿はセクシャルなものとは関係は無いらしい。良くわからないが、本人がそう言うならそうなのだろう。
ライカが話を引き継ぐ。
「私は雑食かしらぁ。熱血バトルも萌え系もBLも
「エッチって……」
女性がそんなのを楽しむのか? あとびーえるってなんだ?
「ライカちゃんは大変だよね。守備範囲が広いから、あれもこれも追いかけないといけないし。でも新刊出す度にジャンルを変えてるのにちゃんと固定ファンむがむがむが」
何か迂闊な発言をしたらしいノエルが、口を押さえられてジタバタする。何か隠されたところでナード用語が一切分からないので訝しむ隙など無いが。
「そ、そうねぇ。でも充実してるわ」
ごめんと何故か謝るノエルを、ライカが笑って許す。とても楽しそうで、ほんの少しだけまぶしい。いや、当然錯覚だが。
スーファの気持ちは全く知らず、彼女は机の上に視線を落とす。何か探しているようだ。
「ライカちゃん、はいこれ」
間髪入れず、ノエルがすすっと砂糖瓶を差し出した。
「ありがと」
見事な連携に感心させられた。いつも思うがこの二人、息が合ってる。
「お二人ってとても仲よしですよね。古いご友人なんですか?」
クロエが出歯亀根性で聞きにくいことを聞いてしまう。まったく。
と言っても二人は気にした様子もない。
「私たち、許嫁なの」
何が面白いのか、クロエが黄色い声を上げる。流石のライカもけだるい調子を手放し、苦笑する。
「元、だけど」
元? 何やら複雑な事情がありそうだ。情報は欲しいが、ここで根掘り葉掘り聞くべきではなかろう。クロエを止めることにする。
そう思ったら、ライカの方が話し出した。
「いろいろあったのよぉ。具体的には、ノエルの許嫁を妹に取られて、誰も助けてくれないから
「愛の逃避行!」
クロエがガタッと立ち上がる。そろそろ注意する事にした。
「駄目よ、人の事情に土足で踏み込んだら」
人の事情に土足で踏み込む仕事のスーファが言うのもなんだが、クロエは大人しく引き下がった。
「そうですね。ごめんなさい」
二人は苦笑する。ここまで食いつきが良いとは思わなかったのだろう。
「いいのよぉ、この際だから何でも聞いてちょうだい?」
クロエの顔がぱっと華やぐ。新人の教育をまちがえたかしら。
「じゃあお言葉に甘えて。『許嫁』って言うからには政略結婚なんですよね? それなのにそこまで好き合ってたって事ですか?」
ライカは笑う。悪戯っぽく。
「まあ、色々あったのよぉ。あと答えはイエスかしら」
彼はきっぱりと言い切った。再び黄色い声が上がる。
「祖国からずっと旅をしてここにたどり着いたけど、正直一人だったら耐えられなかったよね」
ノエルは遠い目をして言う。
ライカは微笑んで、最後にこう付け加えた。
「だから王様と女の子の旅が、他人事に見えないのかもねぇ」
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