第48話「ユウキ先生の創作授業」
”いや、スーファの作品には驚いたよ。誰に習ったのって聞いたら、ユウキ先輩と言うじゃないか”
ボン――マルコ・ダジーニの感想
Starring:スーファ・シャリエール
昼飯時の空き教室。
作業中のノートをのぞき込んできたのは、ユウキ・ナツメだった。
「やあ、やってるね」
慌ててノートを隠そうとするが、一歩遅かった。ユウキは納得顔でうんうん頷いている。
ちょうどコンテストの脚本について、アイデアを練っていたところだ。目ざとく苦労している場面を嗅ぎつけてくる彼に、スーファは苦笑するしかない。ちなみに脚本を選んだのは、小説のような美麗な文章が書けないと言うしょうもない理由だ。
「ふーん、クロエに向けて書いてるのか」
「ええと、悪いかしら?」
つい言葉に
別にクロエに負い目を感じたわけでは無い。謝ろうにも何が悪かったかも分からない。だけど罪悪感とかではなく、知りたいと思った。彼女が何に惹かれ、何に苦しんだのか。わざわざ件の演劇を見に行っても、それは分からなかった。
「いいね!」
ユウキが返したのは賞賛。それなりに意外だった。
「身近な誰かを想定して書くと言うのは良いやり方だよ、お話がぼやけにくいし、独りよがりにもなりにくい」
そんなものかと思う。多くの人間に読んでもらうものなら、最大公約数的な志で書かれるものだと思った。
「ナツメ君は、誰に向けて書いてるの?」
「その時その時で違うかな。基本は姉さんに向けることが多いけど」
ユウキはノートをひょいと取り上げて、うむうむと頷いている。
彼はしたり顔で訪ねる。聞かれたくない事を。
「書き始められないんだろ?」
悔しいが頷くしかない。戦闘や頭脳労働なら彼に負ける気はないが、物語となると絶望的な経験差である。
「考えすぎだね。いきなり最初から書こうとしたり、緻密な全体図を組もうとすると迷子になるよ。君の場合は後者かな? 性格的に」
「うっ」
完全に見抜かれている。実は少々折れかけていたところだ。
「どうやったらいいの?」
ユウキがにやりと笑う。そうだ、こいつは頼られるとハイテンションになる男だった。
「簡単だよ。題材を選んだなら、やりたかったことがあるだろ? キャラクターでも良いし、シーンでも出てくる魔法でもいい。そう言うところから話を広げていくんだ」
なるほど。創作は無から有を作るわけではないということか。それならば先ほどまでのやり方よりはうまくいきそうだ。
そして、スーファが選んだイメージとは。
「……王様、とか? 快活でナルシストな魔法使い」
ユウキがポンと手を叩く。何か得心が行ったようだ。
「つまり『hope.』の仕立て直しをやりたいわけだ。これも良いね。既存の作品への不満は、創作のエネルギーになるよ」
またまた褒められた。こと文学が関わると気難しくなる彼が、手放しに褒めるから少し怪しく感じた。
「じゃあ、この王様はどうして魔法使いになろうとしたの?」
いきなりユウキが問う。え? そんなこと言っても、そう言うお話だからではないか?
そんな思考のスーファに、ユウキはちちちと指を振る。
「ブレインストーミングみたいなもんだよ。こうやって『どうして?』を重ねて行ってキャラクターや作品を広げて行くんだ。それにキャラクターの歩んできた道は、その人の現在を形作っているものだよ」
確かにそう言う考え方もある。創作は
「キャラクターの過去なんて、ただのプロフィールだと思ってた」
「そう! その気付き大事!」
ぴしっと指さすユウキ。かなりウザいが、確かに彼は教師として優秀であった。
「じゃあ続けよう。王様は自分を切り捨てた国民をどう思ってたかな。憎しみしかない? まだ愛してる?」
「そうね。彼なら”憎みたいけど憎み切れない”んじゃないかしら? 悪事はしたけど、基本的に善良なのよ」
「では、善良なのにどうして超竜なんか呼び出したのかな?」
「ええと、それは。見栄を張って、いえそうじゃないわ。きっと彼は……」
ノートはたちまちのうちに埋まって行く。数時間のうちにキャラクターたちは命を吹き込まれようとしていた。
「よし、それじゃざっくりで良いから思いついた話を開陳してよ」
ユウキに乞われた時、もう意地を張るつもりは無かった。この時間を楽しいと感じている自分がいる。
「そうね……」
こうしてスーファは、生まれて初めての物語を紡ぎ出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
むかしむかし。かつて栄華を極めた大国がありました。その素晴らしい国も歴史の中で消えて、今は何もない荒野でした。
そこに旅をしていた少女。彼女は竜に住んでいた村を滅ぼされ、流浪の身になりました。孤独な旅の中、雨宿りをした大樹の根本から一個の宝玉を手に入れます。その中には壮年の男性が閉じ込められていました。
「やあ、お嬢さん。良かった。やっと人と話せたよ」
彼はかつての大国の王。自分の傲慢から民草に反乱を起こされ、愛する祖国を滅ぼしてしまったと言う。少女は陽気な王様と意気投合し、宝玉と一緒に旅をします。
辛い旅は、王様のおかげで楽しく愉快なものになりました。
しかし、王様を完全に消し去るべく、宝玉を探していた追っ手に見つかってしまいます。
「あなたも聞いたはずでしょう。この愚王のせいで、多くの人が不幸になったのよ」
少女も負けていません。宝玉を胸に抱き、言い返します。
「関係ありません。私は王様が好きなんです。王様が居なかったら、ずっと一人だったんです。だから私には『ありがとう』の気持ちしかないんです」
少女が「ありがとう」と言った時、宝玉が割れて王様が解き放たれます。王様を封印から解放するには、誰かの「感謝の気持ち」が必要だったのです。
王様は少女の手を取ると、魔法の力で飛び立ちました。追っ手の目も届かない、遠い遠い国へ。
「王様、これからも一緒に旅をしてくれますか?」
王様は、おどけた声で答えます。
「もちろんだとも! 次は何処へ行くかね? 海はどうだい? 私はこれでも船乗りになりたかったんだ」
二人は手を繋いで、また歩き出すのでした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一通りの話を聞いたユウキは、何故かテンションが下がっていた。疲れたのかなと思うが、彼のような鉄人がこのくらいでへばるわけがない。
「どうかした?」
尋ねると、ユウキはハッとして。
「いや、ごめんごめん。君と創作の話をしてたら、自作のアイデアも湧いてきてね」
何だそんな事かと納得する。ぼーっとするのは彼らしくないとは思ったが。
「それより、これ以上のアドバイスは僕じゃ荷が重い。うちの師匠の所へ行ってみないかい?」
「師匠? あなたの?」
ユウキの顔からは、先ほどの呆けた様子はうかがえない。今は、凄いニュースがあったと触れて回る子供のようだ。
「そ、師匠。君もよく知ってる人だよ」
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