第37話「因果は巡り」

”クライアントってのは、たまに技術屋のプライドを逆なでする命令を下す。

今回もそれだったが、仕事を終えた後の酒は酷く不味かった”


とある技術者の日記より




「いいんですね? もう戻れませんよ?」


 技師長が念押しをするのはこれで5回目だ。〔タイガーモス〕に取りついている工員たちも手を止めてこちらを見守る。本当はやりたくないのが見え見えである。


「良いからやり給え」


 準監査はそれだけ返事をして、作業を見守った。


 ロボットの構造はモノコック、と言えば格好いいが、要はがらんどうである。魔法金属ディファイアント鋼で作られた筐体に、魔力を通す管を張り巡らせる。そこにコアが魔法薬から精製した魔力を通し、ロボットは稼働する。


 あの女、ユリア・リスナールは言った。「ディファイアント鋼を全面に張り巡らせなくても、ロボットは動きます」と。

 すなわち〔タイガーモス〕からディファイアント鋼を引き剥がし、極限まで軽量化させるべし、と言う事だった。スピードが向上するだけでなく、負荷が減ってコアの排熱問題も大幅に改善されるし、出力を大幅にブーストする事も可能。


 〔アルミラージ〕のパワーと高性能蒸気演算機をねじ伏せるには、スピードしかない。複数機が連携し、操者が命令コマンドを撃ち込む暇を与えず、次から次に攻撃を繰り出す。大パワーの〔アルミラージ〕は燃費も悪い筈。軽量化で稼働時間の増した〔タイガーモス〕が持久戦に持ち込めば、勝ちは容易に転がり込む。


 操者も操作経験の長いベテランを用意した。向こうはひとりで操作するようだが、こちらは数名が交代で戦う。これによって我が方は疲弊せず、敵にだけ消耗を強要する事ができる。


 ユリアと言う女、どうやってこんな手を思いついたのか知らないが、アイデアを出す能力だけ・・は素晴らしい。


 ただし穴を空けた鋳造装甲は、当然ながらもう戻せない。完全なパーツに換装させれば別だろうが、そんな事をするなら外装を一から全部仕立て直した方が早い。こんな機体が他に流用できるわけも無いので、要は使い捨てだ。勝っても負けても高価なパーツだけ剥がされて、廃棄処分である。技術者たちは、それを渋っていた。


 構っている暇はない。一刻も早くテストと訓練に入りたいのだ。


 あの女、ユリアに感じた違和感。いや、恐怖心と言ってよい。

 最期まで会話をしている気になれない。いや、同じ言葉をしゃべりながら、意志疎通すら出来ていない。


 あのように神経が苛立つ人間は会ったことが無い。皮肉も諫言も聞きはしないのだ。あの20にもならない小娘は。いや、理解しない。初めは頭がおかしいのかと思ったが、そうではないらしい。ごく自然に、信じている事をただやろうとしているだけのようだ。まったく気味が悪い。


 しかしこの作戦を成功させれば、少しはあの女を黙らせる事が出来るだろう。監査総監に出世でもできれば、ああ言う手合いに頭を下げる必要はなくなる。


 工事は滞りなく進んでいる。

 スチーム・アーツの工具で溶断されたディファイアント鋼板がクレーンロボットに持ち上げられ、取り外されてゆく。穴だらけの外装が出来上がりである。

 続いて、工員たちが防塵用の網を穴の裏側からリベット留めする。流石お役所のロボットを一手に引き受けている工場である。行員の作業も速かった。


 たちまち1機の〔タイガーモス〕が、軽量型に仕上がる。スカスカで何とも頼りない外見だったが、一応蒸気演算機が収められた頭部と、コアを搭載する胸部の装甲はそのままとされた。


「起動させろ」


 顎でしゃくって命令すると、若い操者がスチームガンを取り上げた。むっとした様子だが、これしきの事で感情を表に出すとは根性が足りないと思う。


「〔ラピットタイガー〕、立て!」


 鎧を剥ぎ取られた巨人は、それでも軽快な動きで工場の床を踏みしめた。不満そうな工員たちだったが、作業が完成したこと自体は嬉しいらしい。わっと歓声が上がる。

 大型ロボットの身長は、9ヤード前後。大体4、5階建てのビルと同じくらいだから、踏み潰されたらひとたまりもない。それでも工員たちは嬉々として穴だらけの機械人形に声援を送る。


「〔ラピットタイガー〕とはなんだ?」


 蚊帳の外に置かれたようで、不機嫌を隠さず問う。同行した秘書は言いにくそうだったが、促されて話し出す。


「通常の〔タイガーモス〕よりも速いラピットから〔ラピットタイガー〕だそうです。技師長から、『納得のいかない作業をやらせるんだから、名前ぐらい好きに付けさせてくれ』と」

「ふん、下らん」


 とは言うものの、別に損にも得にもならないので、捨て置くことにした。

 正直どうでもいい。


「よし、工場の外まで歩かせろ」


 工場を出てゆく〔ラピットタイガー〕。準監査は秘書に車を持ってくるように命じ、後を追いかけた。


 工員たちへのねぎらいなどは特にない。彼らはただ鉄板に穴をあけただけ・・だ。大仰に振舞ってはいるが、大した作業ではないではないか。給料泥棒どもめ。


 彼がユリアに感じた本能的な苛立ちは、価値観の壁を乗り越えられない者に、人が抱く拒絶感だった。準監査はそれに気づかない。それを多くの人々に与え続けているのは、彼自身であることに。


 そして、共和国に不寛容の連鎖が広がって行く。それがウサギたちの暗躍に繋がると知らずに。


 決戦の日は近づいてゆく。

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