第36話「”誰かさん”との対話」

”司教様のお言葉を聞いた時、今まで背負っていたものがすっと消えてゆく。そんな気がしたんです。

ああ、自分は色々余計なものに振り回され続けていたんだと”


清貧教セミナーの告白会より




 実際のところ、”誰かさん”を知るのは簡単だった。推理すら必要ない。

 烏丸経由で、清貧教の正司教が検閲官センサーに接近していると聞けばピンとくる。ユウキ・ナツメからのヒントもタイミングを考えれば出来過ぎなくらいだ。


 正司教と言うと、各国の教会を統括する司教長を補佐する、かなりのエリートだ。情報によるとユリア・リスナールと言うまだ少女らしいが、その正司教がアドバイザーとして、一時的に検閲官の作戦に関わっているらしい。


 あつらえたような条件である。


 ラビッツとの対決を前に、会ってみるべきだと判断した。


「正司教との面会を申し込みたいのだけど?」


 堂々と教会の窓口で言ってやった。

 向こうさんもこちらの動きくらい追っているだろうと判断してのことだ。


 胡散臭そうに見てくる下級神官だったが、邪険にしても取次の妨害はしなかった。あっさり応接室に通される。


 清貧教は、最近大陸で広がりだした新しい宗教だ。特にカルトと言うわけでもないし、寄付は受け付けても無理やり壺を売りつける事もない。それでも彼らが特殊なのは、戒律の多さである。


 例えばスーファの御宗旨は「公正の女神ヘスティア」である。彼女は人間に公正さを重んじるように求める・・・が、それ以上のものを要求しない。信仰心は生き方で体現せよと言うのが女神の教えだ。

 それどころか複数の神を信仰することも特に珍しくない。


 一方の清貧教徒は、死後聖地へ転生して幸福な後世を過ごすため、あれを食べるなこれをするなと文庫一冊にもなりそうな戒律が押し付けられ、驚くべきことに信徒の多くはこれを守っている。


 なぜそのような小うるさい宗教に人気が集まるのか? 一度ユウキ・ナツメの意見も聞いてみたいとも思った。


 出されたお茶は変な味のするハーブティーだ。ランカスターは貿易港なのだから、紅茶はそこまで希少でもなかろうに。


 一通り客間を観察した時、ドアが開かれた。


 入ってきたのは紫の聖衣をまとった金髪の少女だった。年の頃は高等部の16、7歳程度だろうか。

 この国の清貧教徒は、彼女の意を汲んで動いているらしい。


「お待たせしましたわ」


 スーファは第一印象で相手を評価していないつもりだ。だが、何かおかしいと違和感を感じた場合、即座にブラックリストに追加する事にしている。

 彼女のブラックリストは、久しぶりに更新されることになった。

 自我が強そうな女性ではない。むしろ温和で母性的。赤ん坊でも抱えていたら、それだけで絵画の題材になりそうだ。

 それでも、最初の会話から悪印象はぬぐえなかった。理由は――。


「スーファさん、でしたね。あなたは銃を持っていますね?」


 いきなりなんだと思うが、実際〔パピードッグ〕を受付に預けているのでそうだと答えるしかない。


「あれは、悪いものです。あなたさえ宜しければ、私達の方で解体致しましょうか?」


 いきなり言われるのだから、怒るべきなのか呆れるべきなのかすら判断がつかなかった。

 思ったのはひとつだけ。


(こいつ、嫌いだわ)


 〔パピードッグ〕はスーファが初めて正規の所員と認められた時、奮発して買ったものだ。以来欠かさずメンテナンスをしているし、訓練も欠かしてはいない。言わば相棒である。それを一切の顧慮こりょもなしに「悪いものだから捨ててしまえ」と言ったのである。


 もちろん、好き嫌いで扱いを変える気もないが、何の悪意もなしにこちらの愛着を踏みにじってくれたのだから警戒して当然である。


「御厚意はありがたいですが、商売道具ですので」


 切って捨てられた正司教は、特に怒りもせず反論もせず、残念そうに微笑むだけである。その様子に、何故か嫌悪感が深まった。


「スーファさんは、私と清貧教会がご自身の味方か敵か? それを見極めに来られたんでしょう?」


 微笑を崩さず、ユリアが問う。話が早くて大変に助かる。


「ええ、あなた方は次のラビッツの作戦を予想された。その見識をお貸しいただけるかどうかを伺いたいです」


 スーファの誘いは断られるだろう。先方が自分より早く状況を読んだ段階で、わざわざ力を借りようとは思わないだろう。

 ところが、反応は斜め上だった。


「ラビッツ? そう言えば聖遺物を持った罪人たちはそう名乗っているようですね。ごめんなさい。聖遺物以外あまり興味がありませんの」


 興味がない? ラビッツなど物の数ではないという事だろうか? いくら何でも相手を舐めすぎだ。


「聖遺物……ですか?」

「ええ、あの黒いロボットは聖遺物で動いています。あれは創生皇そうせいおうにお返しせねばなりません」


 ”創生皇”とは、清貧教の信仰対象だった筈。要するにラビッツのロボット〔アルミラージ〕を鹵獲して神様に捧げたいらしい。あれをどうするかは政治家が決めればいいと思うが、祭壇に並べようというのは彼らくらいではなかろうか。

 彼らは教典にラビッツと戦えと書いてあるから戦う。ただそれだけなのだろう。


「では、ブレイブ・ラビッツには用は無いと? 逮捕したら官憲に引き渡していただけると考えても?」

「それはいけません。罪人を牢に入れるなんて。彼らは悔い改めて、聖地転生のため修行を積むべきです?」

「いえでも、刑法では……」

「スーファさん? 法は人のためにあるのですよ? 牢に押し込められるより、創生皇の下で修業した方が有意義ではありませんか?」


 さっきから全く会話がかみ合わない。彼女はこちらの意図を慮る一切の努力を放棄している。その上で言いたいことだけ言うので、話しているのに・・・・・・・話にならない・・・・・・


 法は人のためにある。ユウキあたりがしたり顔で言いそうだが、意味は全く違う。ユリアは自分達だけ・・の美意識や価値観に従って法を曲げろと言っているのだ。


「スーファさん。あなたも探偵などと言う人の粗を探す仕事はやめるべきです。聖徒では、あなたのような人のために介護や保育士の仕事が任されます」


 思わず押し黙ってしまう。こうもコケにされたのは初めてだ。

 この女は、人間を勝手にカテゴライズしてそれを並べ、良いとか悪いとか品評している。


 ユウキ・ナツメの言葉をようやく理解できた。

 「共和政は内側からの攻撃に弱い」と言うのは、共同体の中に「法」を尊重しない勢力が力を持った場合、法が死文化する事を言っているのだ。


 法は、性格も生き方も性向も何もかも違う人間が、とりあえず喧嘩せずやっていくための発明である。しかし、その中でむしろ喧嘩したい集団が大挙してやってきたらどうなるか。


 そして、今目の前に清貧教と言う「異物」が立ちふさがっている。彼らは法の必要性を感じていない。少なくとも目の前の幹部はそうだ。


 彼女たちとの協調は無理だ。そんな思いを匂わせて、やんわり拒絶を告げる。


「残念ながら、あなたとは考え方が違うようです」


 だがその回答も斜め上だった。ユリアはにっこりと笑いかけ、告げた。子供を諭す母親のような口調で。


「大丈夫です。あなたにも分かる日が来ますよ?」

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