第35話「探偵、思案する」
”
お祭りが見られない皆の為に、ちょっとした余興を用意したわ。楽しみにして頂戴”
5月25日、ブレイブ・ラビッツによる電波ジャック放送より
「恐らくですが、見当が付きました。今回のラビッツが何を企んでいるか」
「本当かい? 随分早いねぇ」
報告を求める烏丸署長は、今日も胃薬を掌にざあっと出しては個数を数えている。ラビッツに面子を潰されて、偉い人は随分とお冠だと聞いている。
「逮捕するだけならすぐできますよ? 警官隊をお貸し頂ければ」
署長はスーファを恨めしそうに見やる。これは偉い人に随分絞られたのだろう。
「現状じゃ有罪を証明できないから泳がせるって提案してきたのは君だろ? おまけに逮捕までは暴れさせて検閲官の抑止力にするとか、君は本当にサクヤに似てきたねぇ」
あの無茶振り上司に例えられるのは多分に心外である。
とは言え、彼の口ぶりは苦言する時とは違う。スパイトフルの正体を突き止めたことで、一応の信用を得たようだ。
もっともラビッツはラビッツで、彼女の意図を見越して動いているようなのが大いに腹立たしいが。
「で、話を聞こうか?」
胃薬をパイプに持ち直し、烏丸が席を薦める。
スーファは席を辞退し、代わりに手帳を差し出した。
「今回中止に追い込まれたイベント、『
「ほう?」
「怪しいので断ったそうで、相手には会ってもいないそうなんですが。2人とも断られているところからすると、恐らくそれなりの人数に声をかけている可能性があります」
烏丸は続きを促すようにパイプを動かした。
「彼らが考えているのは『FWFの再現』です。恐らく長時間の放送ジャックで、出演歌手の音源を公開。それによって抗議行動を行おうとしているのではないかと」
ラビッツの放送ジャックがいかにして行われるかは、未だ解明されていない。何重にも施されたセキュリティ対策を幽霊のように掻い潜る様は、不気味ですらある。技術屋たちも匙を投げるありさまだ。
スーファは、週間の番組表をテーブルに置く。共和国で電波を使用している放送局、3つのものだ。この国の放送は1つのチャンネルの枠を3社でシェアする形で動いている。
「週末の稼ぎ時というのに、3社とも花形番組や企画を入れていません。恐らくラビッツが何かしでかすのではないかと期待して、
そこまで聞いて黙って聞いていた烏丸が、手帳から視線を上げた。
「なるほど、警官を動員して人海戦術でFWF関係者を捜査しろと言うんだね?」
「はい、加えて長時間の放送ジャックには相当量の
「良くわかった。確かにこのセンを攻めれば、ラビッツに大きく近づけそうだ」
そうでしょうと。自慢げに胸を張ったスーファを待っていたのは。
「――が、無理だねぇ」
烏丸はパタンと手帳を閉じた。
冷や水だった。しかも相当に冷たい。
「今警官は動員できない。FWF会場のエラト公園の巡回と警備に人を回すように言われている」
「それは……ラビッツの陽動に乗るようなものです!」
やっぱり怒られたとばかり、先ほどの胃薬を口に流し込む烏丸署長。
「治安局のお達しだよ。前回の事件で面子を潰されたからね。議会に『やってますアピール』をしたいのさ」
「またそれですか!」
スーファは額に手を当てるが、行く先を儚んだところで烏丸の権限が増大するわけでもない。
「でもねぇ。多分それだけじゃないよ」
「あの怪ロボット――『アルミラージ』の事ですね?」
「そーそー。あれのおかげで何日家に帰ってないか」
「それはお気の毒です」
ご愁傷さまだが、ねぎらいの言葉はぞんざいになってしまった。早く状況が知りたいのだ。
「性能は未知数だけど、軍用ロボットとしてはメソン連合製の最新鋭モデルと同等と見られているそうだ。ただ、飛んじゃったからねぇ、あれ」
まるで雀が飛び立つのをぼーっと見守るような言い草だが、実際あれはヤバイ。
「何処の国だって、軍人なら騎竜部隊を飛行ロボットに置き換える、なんて白昼夢を見るだろうからね。外務省には諸外国からの問い合わせが殺到してるんじゃないかな。知らんけど」
竜騎兵は有用な航空戦力だが、積載量が少ない。火力は乗り手の魔法に依存する。
それがロボットなどになったら、銃火を掻い潜って敵の中枢に降下。後は派手に暴れるだけで良い。
「これは私の勘だけどね。FWFの不自然な中止は”何処かの誰かさん”の思惑が反映されてるんじゃないか? 目的はラビッツをおびき出して、〔アルミラージ〕を
ありうる。外国が情報を集め始めているなら、軍や諜報組織が慌ててあれを押さえようとしても不思議ではない。もしそうだとしたら、表現規制への反抗が新たな表現規制を生んだことになる。ラビッツにとって最高の皮肉だが、何故か気分は良くない。
「でも、その”誰かさん”は何故ラビッツが〔アルミラージ〕を使うと言う確信があるんですか? まるで彼らの作戦を把握して……」
「どうしたね?」
烏丸の言葉は聞こえなかった。
スーファは壁に張り出したランカスターの地図を眺める。あちらこちらを指さし、縮尺を確認して再び地図を見る。そして振り返った顔は、大変不愉快そうだった。
「警官隊は必要ありません。ラビッツの作戦が見えました。”誰かさん”に先を越されたのは大変遺憾ですが」
烏丸は、教え子の負けず嫌いぶりに、大いに呆れた様子だったが。
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