第34話「ひとつの決意」

”本職といたしましては、有害表現の取締りは急務と痛感しております”


内務省第一会議室 アレクサンドル・フェルディナントの発言より




「オーケー、君の事は良く分かった。次はお父さんの話を教えてくれないだろうか?」


 暴走したナードを前にした時どうするか。

 同族であるがゆえに知っている。話をぶった切って良し!

 オリガも無かった事で通すつもりのようだ。冷静な顔で話し始める。


「お話した通り、父はナードオタク文化に興味を持っていません。基本的に無関心です」

「無関心なのにわざわざ規制派に趣旨変えしたのかい? ってごめん。言い方が不躾だった」

「構いませんよ。私もあの時、父を問い詰めたんです。でもいつもと同じように『お前は余計な心配をしなくて良い』とだけ」


 結局謎は謎のまま。


 彼女に協力してもらう事があるとすれば、情報を探らせるか、人質にしてフェルディナント氏と交渉するくらいだろう。

 後者は当然ながら却下。自分の矜持やラビッツの主義に反すると言うのもあるが、露見した場合のダメージがあまりにも大きい。では前者はと言うと、今までの印象で彼女が密偵に向くとは思えない。逆に利用されて芋づる式に御用、などと言う落ちもただの想像では終わるまい。


 それから、アレクサンドル氏の人柄についてひとつひとつ確認してゆく。趣味嗜好、家族関係、仕事への姿勢、エトセトラ。

 どれも決定打となる情報ではないが、とりあえず頭に入れておく。


「さて、情報はボスに伝えておく。もし、彼と繋ぎを取りたいときは僕を通してくれ。合言葉を忘れずに」


 代金を置いて立ち上がる。

 ナードのお茶会にしか思われないと思うが、一応バラバラに出た方がいいだろう。


「待ってください! この情報は、どんな風に使われるんでしょうか?」

「大丈夫、お父さんを傷つけるような使い方はしないよ。少なくとも今のところはね」


 最期に付け加えたのは明らかに余計な一言だが、この子相手にきれいごとを並べても、恐らくかえって不審を招くだろう。


「いえ、ラビッツが何かアクションを起こしてくれれば、父の真意が分かるかも知れない。そう思ったものですから」


 とんでもない事を思っちゃったなこの子。

 ただ、それだけ板挟みになって苦しんでいたのだろう。自分の父親も相当な頑固者だったから、何となくわかる。


「気持ちは分かるけど、ラビッツは義賊であって、親子の中を取り持つのは専門外だよ?」


 苦笑と共にやんわりと幻想を否定する。

 彼女もそんな事は分かっているだろう。だからこそ口にするのが辛くもあった。


「ええ、ご迷惑をおかけしました」


 立ち上がりかけたオリガを手で制した。どこかしょんぼりした顔が、戸惑いに変わる。

 最近、人生相談が多いじゃないかと思う。人格者なんてものになった憶えは無いのだが。

 腹をくくって座りなおす。


「僕の父も職人気質でね。作家なんだけど、食事中だろうが家族で出かけていようが、アイデアを思いつくとすぐ書斎か手近な店に飛び込んで原稿を始めちゃうんだ。父の事は好きだったけど、誕生日の蝋燭を消そうとしてるときにガタッと立ち上がって書斎に行っちゃったときは流石に号泣したね。母も姉も激おこだったけど」


 訝し気に耳を傾けるオリガに、左の掌を差し出した。

 眉にしわを寄せながら首をかしげる様は、学院で課題を取り立てる姿を想起させた。


「何やってるの。君の番だよ?」

「それ、気遣ってるつもりですか?」


 オリガの視線が、痛々しいナンパ男でも見るように下目使いになる。

 キモいのは分かってる。自覚があるので正直許して欲しい。


「うん、別に余計なお世話ならいいよ。僕が勘違い男の烙印を押されて羞恥に悶えるだけの話だから」

「……妙な脅しは止めてください。分かりましたよ」


 わざとらしく溜息を吐いて。オリガはこの茶番に乗ってくれた。


「父は仕事人間ですが、年に1回は私たちを遊びに連れて行ってくれました。普段は許されないジャンクな食べ物も特別に許してくれて、皆でジェラートを舐めながら学校であった事を話して。父も笑顔で」


 父上への隔意は、決して憎しみではない。話の端からそれは感じていた。

 だからこそ余計にぶつかり合う。愛情の在りかを探して。


検閲官センサーが学校に来て図書館の本を引っ掻き回した時、それが父のせいだと噂が流れました。そこから、友達の目が変わってきて」


 辛かったのだろう。

 クラスメイトや教師からは趣味をいけない物だと馬鹿にされ、同じ仲間たちからは裏切り者と後ろ指を指された。それから彼女はひとりなのだろう。


「そんな時でも父は何も言ってくれなくて。私たちに笑いかけてくれた父と、裏切った父。どちらが本当のお父様か、分からなくなってしまって……」


 社会と戦うな? 理不尽は受け流せ?


 そんなものは戦う力を持っている者の理屈だ。そうでない者はふたつしか選択肢が無い。足蹴にされながら来るか分からない救いを待ち続けるか、一縷の望みをかけて抵抗するか。


 だから告発者が必要なのだ。踏みつける者たちの醜さを衆人に見せつけ、これで良いのかと問いかける者が。


 それを愚かと嗤うなら、好きなだけ嗤えば良い。


「えーと、うん分かった。でも君は悪くないよ。僕が保証する!」


 頼りない返事をしてしまうが、姉の時と違い自分に答えがあるわけでもない。


「えらく適当な感想ですね」


 目の前に、呆れ顔の後輩がいた。実際その通りだから言われてもしょうがない。だが、その表情からは苛立ちや不満は感じない。心なしか楽しそうだった。ユウキの希望的観測でないとすれば。


 それから少しだけ雑談をして、お開きにする事にした。話としては空振りだが、悪い気はしなかった。

 同族ナード同士と言う事もあるが、彼女の熱量に魅力を感じた。学院でのぞんざいな話し方とは違う、何かを必死に追い求める者の目。


 その感傷は、彼に余計な一言を言わせた。


「スパイトフルが言ってたよ。『歌、良かったぜ』って」


 これぐらいのご褒美があってもいいかな、と。それは自分に対する言い訳で。


「え!? 聴いたくれてたんですか!」

「うん、まあどうやって聴いたか明かせないけどね」


 ガタッと音を立てて立ち上がる彼女は、完全に赤面していた。


 別におべっかを使ったつもりはない。歌を聞いた時驚いたのが本音だ。サイレンのサポート要員として、直ぐにでも欲しいくらいである。

 スパイトフル本人・・・・・・・・から伝えるべきなのかも知れないが、それをやると変な誤解をさせるだろう。

 支援部隊ならともかく、サイレンの補佐はリスクがあり過ぎる。


「ナツメ先輩! やっぱりラビッツに紹介してもらえませんか? 31日、何か作戦があるんですよね!? 手伝いたいんです!」

「だから、僕にはそんな権利ないって」


 ドロシーには釘を刺されたが、やはり思わずにはいられない。

 あんまり素直で真っすぐな歌声だったから、そう言えば自分もあんな顔をして聯星れんせい流の稽古をしていたと思い出した。

 右手と一緒に何もかも放り出して逃げ出した自分。こんなちゃらけて不真面目に振舞う自分。多分、あの頃のは自分を見てさぞ軽蔑するだろう。


 そんな失望を彼女にまで味わわせる必要はないだろうと思う。彼女は表の世界で歌うべきだ。

 彼女は、ウサギのように生き汚くはふるまえない。


 スーファもきっと、それを気付いている。気付いているからこそ彼女に手を出さないと思ったのか、ユウキを信頼してくれたのか。


 距離を取った方がいい。

 今この時必要だからと、彼女に声をかけるべきではない。今なら間に合う。


 オリガ・バランはまっすぐ過ぎるのだ。


「……ナツメ先輩、私の事を舐めてませんか? 勝手に推し測ってはいませんか?」


 突然そんなことをいわれて、エールを呑む手が止まった。

 自分が彼女の何を推し測ろうとしているというのだ?


「先輩の事は、まあこの件限定で感謝しています。でも今浮かべた表情は看過できません。『お前はどうせこの程度』って思ってましたよね?」


 久しぶりに頭をぶっ叩かれた気分だった。それでも快刀乱麻のように煩悶を断ち切る、そんな言葉だった。


「悪かった。君を侮辱するつもりはなかった。……土下座とかした方がいい?」

「やめてください気持ちが悪い。まあ、中等部の時、音楽教師がそんな顔してたんですよ。だからいらっときただけです」


 本当に耳が痛い。

 オリガ・バランは、音楽で生きていく事を選んだ一端の表現者だ。世間が彼女を評価していなかろうとだ。

 そんな彼女を、こちらの事情で縛るべきではない。こちらが彼女がいれば助かると判断して、彼女もそれを為したいと望んだ。その他に何が必要と言うのだ?


 スーファに対しても同じことだ。あの生粋の善人と腹を割って話すこともしないで、何が信義だ。作戦が終わったら、全力で土下座しよう。


「分かった。今回の作戦は喉を酷使するから、十分に備えておいて」

「はいっ!」


 破顔する後輩に、ユウキは思う。自分の選択は間違いなかったと。多分であるが。

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