第33話「堅物の正体は」
”最近変な子供が目につきますな。男の子が女の遊びをしたり、その逆だったり。テレビの影響なんじゃないかと思っとりますが、困ったものです。
もちろん、そんな生徒はちゃんと指導しております”
とある初等部教師の雑誌インタビューより
「考えても見てよ? 昨日の事があって警戒されてるのに、初対面の人物を差し向けるわけ無いだろう? どうせ今日だって家を抜け出したんだろうし」
二の句も告げなかったのか、オリガは悔しそうにフィッシュアンドチップスにフォークを差した。
あれから彼女を追いかけて「アホイ」の合言葉を告げる。どういう反応をされるかと思ったが、ものの見事にがっかり顔だった。
「スパイトフルの仲間なら、もっとかっこよくて有能そうな人が来るかと思いました」
「ははっ、ヒーローの周りには太鼓持ちやにぎやかしがいるものだろ?」
ここは
キョロキョロするオリガに吹き出しそうになる。
今日は制服に伊達眼鏡の優等生スタイルだから、場違い感はある。あるが、共和国は学生の飲酒をそもそも気にしない。
「普段不良スタイルなのに、飲み屋は初めてなのか?」
「……私には一緒に飲みに行く人は居ませんし、ただでさえ音楽の事で迷惑かけてますから」
それも調べてある。
初等部時代は、彼女にも歌を志す仲間がいたらしい。
しかし父親の変節で恨みを買い、結局は孤立したようだ。
それにしても、父親に対して遠慮があるのは予想外だった。件の問題が無ければ、何だかんだで仲の良い親子なのかもしれない。
あれから、早速彼女について調べさせてもらった。本名はオリガ・フェルディナント。「バラン」はクラン族である母方の姓だ。
彼女の父親が逓信官僚アレクサンドル・フェルディナント。
フェルディナント氏はこの国では珍しい、趣味は仕事な御仁。ナード文化どころか、クラシックな音楽やら古典美術にすら関心を示さないようだ。
そんなだから、音楽家、それもロックンロールで身を立てようとするオリガがの生き方が気に入らない。本人が希望していたランカスター芸術学院も、音楽科ではなく文学科に放り込まれたのが実情。溝の深さが伺える。
「じゃあ
「……冗談でしょう。友人関係に時間を取られるなんてまっぴらです。ただでさえ私は正規の音楽教育を受けてないんですから」
これは相当にこじらせていらっしゃる。
ユウキは苦笑を隠さず、話題を元に戻す。
「まず、私の質問に答えてください。先輩は、ブレイブ・ラビッツのメンバーなのですか?」
声を抑えてオリガが問う。
まあメンバーですかと言うか、リーダーなんですけどね。
「半分正解。僕はあくまで協力者。ラビッツがどんな組織かとか、どんな作戦を考えているかとか全く知らされてない。だから『自分も入りたい』とか僕に言っても無駄だよ?」
腹の内を見透かされたオリガは、無言でフライを頬張る。一瞬動きが止まった。
「旨いだろ。うちの料理番もここで揚げ物を習ったんだ」
ぷいとそっぽを向く。全く素直じゃない。
「ところでさー。やっぱり君もナードなわけ? どっち系? 好きなキャラは?」
「……」
黙り込んで答えない。まあそうか。警戒してる相手に
雑談はこのくらいにしよう。
「そもそも何でそんなにスパイトフルに拘るんだい? 命の恩人ってわけじゃないだろう?」
オリガは思案する様子だ。ユウキを信頼するに値するか迷っているのだろうが、合言葉の件もある。結局、ゆっくりと語り出した。
「……中等部に上がってばかりの時でした」
彼女が中等部と言うと、ユウキがこの街に来た頃。抜け殻のようになって生きていた頃だ。
まだスパイトフルは存在しない。つまり、彼女の勘違いと言う事になるが……。
「どうしても欲しいグッズがあったんです。ええと、仮にバッジとします」
以外にも言葉はすんなりと出てきた。
誰かに話したかったのかもしれない。周囲に自分の事を語り合える人間はいないのなら。
「お店のポイントを一生懸命貯めて。初等部の子と一緒に列に並ぶのは恥ずかしかったけど、とっても嬉しくて。そうしたら課外授業でクラスの男子に見つかって」
ああ、ナード虐めが始まる典型的なパターンだ。
本当に胸糞悪いが、巷でありふれた光景でもある。
「その後に先生のお説教でした。皆の観てる前で、『こんな子供みたいなものは卒業しろ』って。それで、バッジをポケットに仕舞って『ご両親に返しておく』って」
聞き慣れた話だ。
聞き慣れた話なのだが、妙に懐かしさと後悔を感じた。
あれは確か……。
「そうしたら、誰かが『うぜぇな』と吐き捨てる声がしました。振り返ったらフードで顔を隠した男の人がいて、先生の顎をボカッと」
「……そ、そうか」
やった。確かにやった。憂さ晴らしにやっちまっていた。
最高にやさぐれていた時に、泣いている女の子を見て、ついガツンと。
先生にはちゃんと手加減はしたが、後で罪悪感に悶えた。
「それで、私にバッジを返してくれて、『頑張って守りな』と言って去って行きました」
思えば考え無しの行動だった。
信念も義憤すらも無い。ただ苛立ちをぶつけただけだと言うのに。
やべー。
「その時、彼の姿が残っていて、思うようになったんです。ヒーローを応援したい。ヒーローの為に歌いたいって」
沈黙で答えるしかない。
あの時の自分は、褒められたものでは無かった。それなのに、彼女は。
「AV法騒動の時驚きました。あの時
「……ボスには伝えておくよ」
と言うか、今伝わった。
そして危惧は強まっていく。彼女にラビッツは
一方、ユウキの考えとは違うところで、オリガは
「それに! サイレンさんの歌も素晴らしいです! 『人造超人メタルガン』は放送の度に聞かせて頂いてます! タクミ・サザキの原典とはまた違った持ち味で、是非スピンオフの『破壊超人ディストガン』も……」
ああ、これはあかん。
スイッチを押されたナードがどうなるか。ユウキは痛いほど分かっている。
エネルギーの続く限り語り続けるのだ。
「あの、オリガさん?」
「ディストガンはのろのろ動くって言うのが不満って言う人がいますけど、私は逆で、死んだ恋人を抱きしめながらセントラルコンピューターを破壊に向かう雄姿は軽快な動きでは決して……」
トリガーを引いちまった。
そう思っても、オリガの暴走はとまらない。
「ヒーローロボには夢が詰まってるんです! 巨大な腕は力の象徴で街を襲う巨大怪人をねじ伏せるんです。そしてその姿は夕日に照らされて……」
特撮、特殊撮影技術を用いた主に子供向きのアクションドラマ。
巷の少年たちと、一部少女、そして
――ユウキは思う。
他人の
「す、すみません。調子に乗りました」
隠していた一切合切を自爆により暴露した後輩は、居心地が悪いのか後悔なのか、猫背になってストローを咥えた。
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