第38話「狼煙はあがる」
”さあ、みんな! カウントダウン開始よ!”
5月31日 ブレイブラビッツの放送ジャックより
「さあ、ワンダバだぜ!」
「えっ! ワンダバですか!?」
嬉々として身を乗り出すオリガ。
今日の彼女は黒いジャケットに身を纏い、ラビッツ謹製のバイザーを装着している。これで彼女を見る者は第一印象がかく乱され、”彼女”とオリガ・バランを結び付ける事が出来なくなる。
「じゃあ、あの大きな車庫の天井が開いて〔アルミラージ〕が発進するのですね!」
オリガは目を輝かせる。どうやら彼女は特撮の中でも、特にロボットものを好むらしい。薬が効きすぎたと思うが、彼女の脳内では、既に
「ハイハイ、あまりいい加減な事を言わないの」
「もうすぐ出るわよん」
整備班のメンバーたちが、オーライオーライと引っ張り出してきたのは、7000ポンド級、タウゼント基準で3トンの中型蒸気トラックである。
「えっ? これが〔アルミラージ〕?」
「はっはっは、地下に格納庫でもあるかと思ったかい?」
オリガが驚く間に、もう一台、
「ここの車庫は運送会社が使っていてな。ラビッツに協力してくれている。木を隠すなら森の中ってわけだ」
ちなみに、仮にオリガがこのやり方を漏洩させた場合、まだやり方はいくつもある。
「じゃあ行こうか。ここで合体させたら、会社に迷惑がかかるかも知れねぇからな」
「合体するのですか!?」
マウサーキャットは再び、彼の頭をはたいた。
ラビッツたちは、示し合わせた通り深夜の公園にトラックを停める。
飛行ロボット〔アルミラージ〕の身長は8.8ヤード。タウゼント基準で8メートル強。重量は1230ポンド=6トンだから、分割すれば3トントラックに収まる計算になる。
官憲の目は〔アルミラージ〕に届かない。彼らはロボット運搬用の大型トラックを探すだろうから。こちらとしてはその間に懐に入り込むと言う寸法だ。
普通こんな事は実際にはやらない。腕や胴体を取り外すだけでクレーンがいるし、人手もかかる。それなら自分で歩かせるか、長距離輸送用の大型トラックを用いるかで対応する。そう、普通は。
〔アルミラージ〕が、飛行ロボットでなければ皆そうはしなかっただろう。
「よーし、重力偏向装置起動! オーライオーライ!」
技術長の
「〔アルミラージ〕! 今日も頼むぜ!?」
呼びかけた相棒は、その言葉を喜ぶように蒸気を吐き出した。
「じゃあスパイトフル、出かける前に”あれ”、やりましょ?」
マイクやらなにやら、機材の準備を終えて待っていた
「あれ? ですか?」
そう言えば、オリガが知っているわけがない。何分臨時の協力者なのだった。サイレンが時の声のようなものだと説明してくれる。
「えー、ごほん。諸君! 勇敢かつ苛烈に戦おう! ただし、ユーモアを以て」
仲間たちは、胸に拳を当て宣誓する。
「女神エリスの名のもとに!」
ブレイブ・ラビッツ2度目の大作戦は発動された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
31日は、大変な混乱から始まった。
人々は街頭テレビに集まる。ラビッツの悪戯を見届けてやろうという魂胆だが、そこには既に警官がいた。不穏な空気の中、彼らは宣言する。
「テロリストによる扇動を防止する為、今日一日街頭テレビを使用禁止とする」
街のあちこちで、警察に対する罵声が展開された。
警官だって好き好んで彼らの楽しみを奪っているわけではなく、上司に命じられただけである。その上司も警察OBの議員の「お願い」を聞いているだけなのだ。
当の
「こりゃ、今回ばかりは無理かな?」
そう呟いてその場を去る者が大半だが、持久戦に持ち込む者も少なくなかった。彼らは敷物を広げて弁当と酒を持ち込み宴会を始める。羨ましそうにワインの瓶を見つめる警官たちをよそに、彼らはブレイブ・ラビッツを待ち続けた。
一部不良警官がもう馬鹿らしいとその場を離れ、街人と一緒になってどんちゃん騒ぎを始める。
”場”は確実に温まっていた。
そのまま日は沈み、夜になる。
フェアリー・ワンダー・フェスが開かれていれば、夜の部が最高潮に盛り上がっているところだ。
誰かが持ち込んだ蒸気ラジオは、相変わらず退屈なニュースを流し続けている。
今日はもうないかも知れない。持ち主が欠伸して、スイッチに手を伸ばした時、待望の瞬間はやって来た。
『みんなお待たせ! ブレイブ・ラビッツのサイレンよ!』
だらだらと雑談していた待ち人たちが一斉に身を乗り出し、耳を傾ける。まってました! やってくれると思ってた! 自分勝手に感想を口にする。
『空を見上げてみて! 私たちがいるわ!』
街人たちは一斉に立ち上がり、見晴らしのいい大通りに向けて走り出す。
警官の制止を振り切って。
『さあ、ブレイブ・ラビッツのお出ましだよ』
巨大なフィンが風を切る。この街の霧を振り払いながら。
そして、音楽がはじまる。
始まりは『破壊超人ディストガン』。マイナーだが密かに人気のある特撮ソングだ。
「すげえ、サイレンが飛んでる!」
誰かが興奮して、すげえ、すげえと連呼した。
彼女たちは、歌っていた。ロボットが持つ巨大なゴンドラにその身を委ねて。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
突然起動し、自己を認識した戦闘ロボット、ディストガン。
彼は自分が何者かがも分からないまま、唯一与えられた「人の尊厳を守れ」と言う
「尊厳」とは何なのか? 何故守らねばならないのか? 次々襲い来る元老院の戦闘ロボットを破り、黒い死神は答えを求めてディストピアを疾走する。
そう、守らねばならないのは尊厳。
人が人である誇り。
守らねばならない、大好きなヒーローのように。
オリガ・バランは言霊に思いを込める。精一杯に。
彼女が立つ場所は夜空のランカスター。
飛行ロボット〔アルミラージ〕が吊るしたゴンドラの上に、彼女たちは居た。
『2曲目に行く前に本日のパートナーを紹介よ! 謎の美少女シンガー、”ナイトサイレン”よ!』
『皆さん、よろしくお願いします!』
スパイトフルによると、ブレイブ・ラビッツのバイザーは「第一印象にジャミングをかける」と言うスチーム・アーツと言う事だ。
例え彼女を知る者に姿を見られても、他人にしか見られないらしい。顔を見られるんなど、決定的な要素が無ければだが。
とは言え、この霧の中だ、〔アルミラージ〕の体中に取り付けたライトがあっても影しか映らないだろう。
『次も特撮で行くわよ! 『機面ライダーJ4』
最初は好きとか嫌いじゃなかった。
運動も勉強も負けなかったオリガが、歌の授業で負けた。それが悔しかっただけだった。
毎日毎日必死に歌った。彼女を負かした子が音楽に飽きてしまっても、ひたすら練習した。
気が付いたら、好きになっていた。
音楽家になりたいと言ったら、父は怖い顔をして駄目だと言った。
毎日泣き続けたが、それでも歌う事は止めなかった。止めると言う発想も起きなかった。
子供番組の歌に魅せられたのもその頃だったろうか。男子たちに指をさして笑われた。それでも歌った。
そろそろ頃合いかな? 歌なんて趣味で歌えばいいじゃないか。頭の中をよぎったのは、必死で手に入れたバッジを取り上げられた時だ。
なぜ自分だけ後ろ指を指されるのだろう? 自分はただ、人と違うものが好きなだけ。それだけなのに。
教師のポケットにバッジが滑り込んでゆくのが、パラパラ漫画のようにゆっくりと見えた。
そして、あの人が現れた。
『うぜぇな』
発したのはそれだけ。気が付いたら先生が崩れ落ちて気絶していた。
フードを被った男性は、ポケットからバッジを取り出すと、オリガの掌にそっと置いた。
『頑張って守りな』
去って行く彼の背中に、オリガはヒーローを見た。
護身用を口実にスチームガンを持つようになったのはそれからだ。身体も鍛えた。肺活量が増えて、歌も上手くなった。
良くわからないけど、追いかけねばと思った。いっぱい歌って、上手くなって。何かを振り切って、何かに追いつこうと。
夢中だったけど、楽しかった。
そんな思いが、焦りに変わっていったのはいつ頃だろうか? イントロが始まる興奮の中に、わずかだけれど苦しさが混じって行く。
父の変節で、
まだ自分は歌を極めていない。まだ歌い足りない。それなのに……。
歌が、無くなってしまう。
そんな時、彼が再び現れた。
検閲官を颯爽と叩きのめし、表現の自由を高らかに訴えた彼を――。
『皆さん! 今日は寝かせませんよ!? 次『イモータル・バード』です!』
Immortal birds=不死鳥。
どんなに打ちのめされても、時代に取り残されても。
これを発表したアニメ歌手は方々からバッシングを受け、この歌を封印せざるを得なかった。
理由は「軍歌のような歌を子供に聴かせるな」だそうだ。力強い歌詞に励まされた人も大勢いるのに。
戦ってやる。こんどこそ負けない。
大好きなものは、奪わせない!
最後まで歌ってやる! 喉が裂けるまで!
夜の
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