第23話「ユウキとドロシー」
”祭りの中止が決まった時は大騒ぎだったよ。
俺っちはもう店を休みにするってんで、材料の発注止めちまったし、近所にもそう知らせちまったし。
ブレイブ何とかってお騒がせ者を応援したくなっちまったね。今回ばかりは”
とある店主のインタビュー
祭りの中止が発表された時、ドロシーは「そか」とだけ返事をし、練習室に飛び込んだ。そこからはやけくそのように歌い続けている。
彼女ほどでは無かったが、他の者たちも怒り心頭だった。
中止の理由は、「演奏される楽曲の中に、差別用語が多数含まれている事が問題となった」である。
仮にそれが問題だとしても、設営まで始まった時期に潰しにかかるとはいくら何でも酷過ぎる。悪名高い検閲官も今まではここまでやらなかった。
「……妙だね」
左手を顎に当て、ユウキ・ナツメは思案する。
いつもの検閲官から考えると、やり口が
今回の標的は
もし自分が検閲官なら、もっと時間の余裕を持たせる。例えば「差別用語が入った歌詞を書き直せ」と要求し、そのごじわじわと発言権を強めるとか。その位周到さが必要だ。
逆に言えば、その拙さが反撃のチャンスに繋がるわけだが……。
「ちょっと」
我に返したのは、スーファの叱責だった。
「貴方の考えている事は多分私と同じだろうけど、他にやることがあるんじゃない?」
そう言って、音楽棟の方向を親指で指して見せる。
しかし優しい人だ。こんなんでよく騙し合いとかやってられる。
ともあれ、彼女の言う事はその通り。
また嫌われ役をやる事になるが、まぁいつもの事だ。
自分は、弟だしな。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
空き教室を出てゆくユウキに、ナードたちはひらひらと手を振って見せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ユウキを見つけたドロシーは、喜びとは真逆の表情で彼を出迎えた。
特に言葉は交わさない。ただ、最寄りの空き教室を見つけて、中に入る。
「去年の予選落ち、どれだけ悔しかったと思うてるねん。今年の入選、どれだけ嬉しかったと……」
何だかんだで彼に愚痴を吐いてしまう自分は、きっと甘ったれているのだろう。
本気で歌う事を封じられた自分がチャンスを得た。そこに浮かれてしまった。愚かな話だ。
ユウキは何も答えない。言葉は必要ない。
自分だけではない。仲間たちは何かしら奪われているのだ。
放り捨てた紙が誰かにとって宝石ほどの価値があろうと、それが
「……なあ、何でうちらこんな想いしなきゃあかんのかな? ただ、歌を歌おうとしただけやで?」
あの日。
全てを失い、焼け出されたあの日。歌だけは残った。
その歌も今、燃やされた。
「……お約束した筈です」
ユウキが発したのは、いつもの馴れ馴れしい態度では無かった。主人にかしずく
「あなた
ドロシーは苦々しそうに顔をそむけたが、ユウキはそれを許さない。
ただじっと。彼女を見つめ続ける。
「……ただしその時、舞台にあなたは居ません」
ドロシーは決断を拒むように首を左右させた。
かつて下したそれは彼女にって、身を裂くほどの痛みを伴った。
おもむろに、胸のブローチを掴み、魔力を送り込む。
小さく
「……分かっています。
言葉を返すドロシーは、既にそばかすの少女ではない。
肩にかかった薄紅色の髪を払う。そこにいるのは、ブレイブ・ラビッツのひとり、サイレンだった。
彼女の言葉もまた、上流が口にするそれだった。文学かぶれも、下町の音楽好きも何処にもいない。2人のもうひとつの顔だった。
「でも、この怒りをどうすれば良いと言うのです!? 彼らは隣人のように笑顔で近づいてきて、全てを奪い、全てを焼いてしまった。やっと見つけた安らぎも焼こうとしている。それなのに……」
「その衝動を満たすのは、安らぎを失う事と同義です」
血を吐くような叫びは、冷徹に切り捨てられた。
彼女は焼き鏝のように現実を突きつけられ、ただ悔しさに震えた。
「それでも。自分は一度はあなたに忠誠を誓いました。だから、あなたが今の生き方を捨て、
ドロシーをかぶりを振った。
その決断はしてはならない。衝動に任せれば、自分の幸せは失われる。
「俺も、かつての私に立ち返って、あなたと共に立たねばならない」
はっきりと告げられる。
彼女が怒りに身をゆだね、信じる事をやめてしまうなら、ドロシー・ナツメは弟を永久に失う事になる。有用な”手駒”と引き換えに。
辛いのは自分だけではないのだ。右腕と一緒に夢を剥ぎ取られたユウキや、大小あれど何かしらを奪い取られた仲間たち。
再び誰かを見捨てる事は絶対にしたくない。二律背反で心臓が潰れてしまっても。
「まあ、嫌々ですけどね」
突然、ユウキはやれやれと肩をすくめて見せた。
まるで、いつものおどけた様子で。
「あなたが命じれば今の生活ともおさらばします。あなたのためならば誰でも殺しますし、何でも壊します」
ユウキは一呼吸置く。役者のような大振りで肩をすくめ、頭を振って見せた。
「……でも、超嫌々やります。文学も漫画もアニメも捨てて、戦争の真似事とか超下らない。でも
「あー、分かった分かった! もうええわ!」
思わず、ドロシーの口調で叫んでしまう。
要するに彼は励ましてくれたのだ。ほんとうにむかつく言い方だが。
ひとこと言えば良いじゃないか。
『今の関係を気に入っている。
だから、姉としてそばにいてくれ』
本当にこじらせた奴だ。
「ほんまに嫌らしい
「それでこそ自慢の
ウインクひとつ、ユウキは椅子にどっかりと腰を下ろす。さっきの礼儀正しさが嘘の様に。
復讐はする。完膚なきまでに。だからと言って皆の笑顔を奪うやり方は望まない。正義の為に誰かを不幸にするなんて、奴らのやり口と同じではないか。
「まあ、僕は姉さんの幸せを祈ってるけどね」
長い付き合いだから分かる。今のは、皮肉ではなく照れているのだ。
その苦しみは分かっている。自分の苦しみは、彼の物でもある。
本当に良いのか? 本当にこれで救えるのか? 捨ててきたものは、本当にそのままで良いのか?
悩まない日はない。それはきっと彼も同じだろう。
だが、決めたのだ。憎しみではなく、希望を追い求めると。人々の幸福を奪わせないために。その為に戦うと。
だから、ブレイブ・ラビッツを立ち上げた。
勇敢なウサギは告発者。復讐者ではない。
「さて、じゃあそろそろ作戦会議と行きますか!」
ユウキが机からとん、と降り立つ。
彼女も胸のブローチに魔法薬を装填しなおし、再び発動させる。
ちんちくりんのドロシーのおでましだ。この体も結構気に入っているのだが、まだ元の体ほど上手く歌う事は出来ていない。
「今回はどんな作戦なんや? ばーんと派手なのがええなぁ!」
「まあ、任せといてよ!」
教室を出る時、少しだけ思ってしまった。
主従で恋愛は出来ないけど、姉弟だってできないじゃないか。難儀な男に惚れてしまったと。
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