第22話「フェアリー・ワンダー・フェス」

”毎年設営に参加してるけどさぁ。なんかこう始まるなぁって感じがするんだよ。

エリス様をお迎えしたら、大騒ぎをするんだって。心が弾むのさ”


ボランティアスタッフへのアンケートより




 首都ランカスターでは、初夏の祭りが多い。


 芸術の女神エリスが南風シロッコに乗って現れ、人々に供物を要求するからだ。

 彼女が求めるのはとびっきりの芸術。絵でも、歌でも、詩でも。箪笥から出てきた渡しそびれのラブレターだっていい。最高の芸術を受け取った彼女は、この地に祝福をくれる。


 だから、毎年世界中の人々が、これぞと思う作品を引っ提げて首都ランカスターに集う。街は大騒ぎになって、美術館は人であふれ、飲み屋では異国の人々と肩を組み合って歌う。


 大陸に誇る、ランカスターのお祭り。

 その始まりがフェアリー・ワンダー・フェスだった。


 だが、今年は例年ほどの騒ぎは無かった。

 隣国ローランの政変が人々を不安にさせ、女神を乗せる南風も程々にしか吹かない。


「女神エリスは、自分達を見捨てたのでは?」


 悲観的な者はそんな事を言う。


 不正解ではない。

 人々の歓びを貶める、八十神やそがみたちの陰謀は、今日も着々と進んでいるのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



ランカスター市 中央公園エラト広場


 翌日。

 予告通り始まった設営に、スーファ達は引っ張り出されていた。


「まあいいじゃないか。ラビッツと戦うなら、ナードオタクの事は知っておくべきだと思うよ?」


 と言うのがユウキ元凶の弁である。


「はぁあー。やっぱり肉体労働されてる女性は皆身体が引き締まっていて素敵です」


 くっついてきた助手がうっとりしているが無視。真面目に取り合うと頭痛がするのだ。


「テントを組み立てたことがある方、「あ-3」地区を願いしたいんですが」


 正規のスタッフが呼びかけに応じて、ボランティアたちは蒸気運搬機を伴ってきびきびと現場へ向かう。さながら工兵の如しである。ユウキもそれに続いた。物を運ぶだけなら、片手でも戦力になるらしい。


「勿論、忙しかったり興味なかったりするファンもおるし、それを悪い事だと欠片も思わへんけどな。ただ……」


 ドロシーはにへら、と笑って言った。


「どうせ祭りを楽しむなら、準備からやった方がお得やん?」


 そんなものだろうか。

 そう言えばボランティアの様子も、どことなくうきうきしている。祭りの為にエネルギーをチャージしているとでも言わんばかりに。


「まあ、確かに体を動かすのは楽しいけれどね」


 曖昧な返事を返したが、そう言えば自分も、遠足や文化祭の前日は随分はしゃいだものだった。調子に乗った男子が大量の食い物を持ち込んで宴会を始め、食い過ぎで保健室に列ができた。校医はその時の超強力下剤を間違えて担任に処方してしまい。あの時は戦争だった。


「せやろ? ステージには遊びに来てや! うちはこれをきっかけにスターダムを駆け上がるんや!」


 随分とテンションが上がっているが実際の所、彼女は日頃から暇を見つけては練習室に籠っている。他の連中にしても、ナードだからと言って不真面目に生きているわけではない事に気付いていた。

 ある者は夢に、ある者は学業に、仕事や趣味、恋愛にとても真摯だ。

 確かに痛々しい輩も多いが、それは彼らの言うカタギ非オタとて一緒だろう。


「ねえ、あなたは何故歌うの?」


 なんとなくそんな言葉が出た。

 スーファは、生きる為食う為探偵をしている。仕事は生きがいだが、「好き」と言うだけの理由で何かに情熱を傾けるなど、考えたことも無かった。


 ドロシーに何もないのなら、歌う事は趣味に留めればいい。ランカスター芸術学院を普通に卒業すればいい。箔は付くし基礎学力はあると証明されるのだから、大手企業で無ければ就職先は選べるだろう。

 素直に知りたいと思った。毎日練習室に籠る、その情熱の在りかを。


「そやな。反動と言うか、解放されたエネルギーがそうさせたいうか」


 要領を得ないが、彼女の中で言語化できていないことが分かったから、適切な言葉が見つかるまで待つ。


「うちは家が厳しかったからな、好きな歌を歌わせてくれへんかったんや。革命で両親と離れ離れになった時、寂しさから歌ったんや、禁じられとったアニメの歌をな」


 コメントを差し挟むには悲惨過ぎる話題だった。

 それでも朧気ながら推し量る事が出来る。絶望の中、ただ歌う事で希望の糸をつなぎとめようとした女の子の気持ちを。


「その時思ったんや。うちは歌が本当に好きで、ずっとずっと歌っていたい。もし神様が歌を禁じても、うちは逆らってやるんや」


 いつものように人懐っこい笑いを浮かべつつ、テントのフレームをどっこいしょと持ち上げる。

 初めて彼女たちを敬意を感じている事に気付いた。その情熱を羨む自分も。


「ま、スーファっちも何か見つけたら分かると思うで? キミ凝り性なとこあるからな」


 ちょっと待て。

 凝り性であることは否定しないが、それとナードを繋げるのは止めて頂きたい。あとスーファっちってなんだ?


「お姉さまの渾名素敵です! 私もそうお呼びしようかしら?」

「……是非やめて頂戴」


 これさなければ有能な助手なのだ。我慢我慢。

 会話を打ち切って、自分も残りのフレームを小脇に抱える。


 凶事は突然やって来た。

 運営職員が慌てたように走り込んできて、拡声器のスチーム・アーツを取り上げたのだ。


「皆さん、作業を中止して待機してください!」


 ボランティアたちは怪訝そうに職員を眺め、何があったのか憶測を述べ合っていた。

 手持ち無沙汰のスーファ達も、不思議には感じた。どうせちょっとしたトラブルだと、身体をほぐし始める。休憩はさっき取ったが、まあ延長だと思えばいいだろう。


 その日、いや翌日になっても作業が再開される事は無かった。

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