第21話「神官はかく語りき」
”聖者たちは我々新人類を創造された時、優劣をつけたりはなさいませんでした
なのに、武器を振るって他者を傷つける者たちがいる。これが我々の聖地転生を妨げているのです。
皆さん。武器を持ってはいけません”
とある清貧教司教の説教より
ユリア・リスナールは微笑みを崩さぬまま、カップを置いた。
中身は白湯である。清貧教徒はお茶を口にしない。ワインを水で薄めたものか、特定のハーブティのみ。それらはここに常備していないらしい。
それだけ救いの対象がいるという事だ。
有害表現監査室の思想は、彼女ら清貧教徒と重なるところも多い。
ただ、手段が駄目だ。
武器で言う事を聞かせては争いは終わらない。進んで
「それで正司教、本日はどのようなご用向きで?」
ユリアは直ぐに回答せず、ゆっくりと指を組んだ。
相手の焦りが見える。準総監と言うから、支部長クラスだろう。
自分は別に変な要求を突きつけに来たわけでは無い。ただちょっと、双方に有益な
「あれは、”良くないもの”です」
おもむろに告げる。
彼は「良くない」と言うネガティブな言葉をぶつけられ、鼻白む。本当に、怖い事は何も無いのに。
「あのロボット、〔アルミラージ〕です」
監査部長は得心が言ったと言うように、白湯のカップを傾けて見せた。
「あの黒い化物ですか? 目下調査部が捜索中でありますが……」
そしてまだ見つかっていない、と。
いくらなんでも遅すぎる。このままでは、あれを武器に利用する哀れな新人類たちは、また罪を重ねてしまう。なんとしても救わねばならない。
「あれはきっと、”聖遺物”を悪用した物でしょう」
「聖遺物? ああ、アーティファクトですか」
聖遺物をそう呼ぶのは
ああ、
彼らが呼ぶアーティファクトは、特に強力な力を持つ、旧人類の遺産である。旧文明の遺産の中でも特に強力な力を持つ物を言う。ロボットのコアも強力な力を持つが、その上位版だ。
愚かしい事に、屠竜王国などは聖遺物を戦いに利用している。巨大な魔導砲を首都に据え付けて、巨竜の襲撃に備えているのだ。
「聖なる力は、争いに用いてはいけない。あれは創世皇様にお返ししなければなりません」
勿論、聖遺物を欲しがるものは多い。手に入れても聖都に持ち帰るには困難が予想される。
それでも聖上の
そもそも国境などと言うものが存在するからこのような事になるのだが、それは今後の
「ま、まあその辺りは後々協議するとしまして、まずは調査部の成果をお待ちいただけないでしょうかと」
一瞬だけ検討するが、それでは駄目だ。
彼らは狐のように老獪で、
「仮にですが、再び聖遺物――〔アルミラージ〕が出現したとして、捕獲する自信はおありですか?」
痛いところを突かれ、準総監は黙り込む。
ユリアはそれを追求しない。創世皇は知恵無き者を御赦しになる。
「倒そうと思うなら人海戦術で操者とロボットを抑え込むしかないでしょうな。戦いの基本は数なので……」
案の定、帰って来たのは凡庸な意見だった。
それが可能ですかと尋ねると、予想通り頭を振った。
「法律の問題があります。それだけ大量のロボットや人員は軍しか用意できませんが、怪盗かぶれの愉快犯にそこまでしたくないと判断するでしょう。議会のお歴々は」
今度はユリアが首を振る番だった。
「それはいけません。武力を使う事は教義が禁じております。あくまでラビッツと言う者たちを捕えて、
監査官は、一瞬嫌そうに唇をへの字に曲げた。
この国では、聖上の教えは全く浸透していない。それを再認識せざるを得なかった。
「そうですな。平和的な解決を放棄するわけにはいかない」
返答は明らかにお
「まず、長期的な視野で……と仰るなら私ではなくメーカーの領域だと思います。なので現場レベルの改造の話になりますが、多少コアや蒸気演算機をブーストしたところで、あれに対抗できるとは思いません。飛行システムに至っては解析が始まったばかり」
飛行技術の先進国、タウゼント連邦に問い合わせたものの、まだ試作レベルの技術であることから関与を否定された。もちろん機密なので、詳細は教えて貰えない。
「そもそも、我が国の〔タイガーモス〕は民生品と共用です。初めから戦闘用に設計されたローラン王国の〔レイピア〕にも能力は劣ります」
祖国ローランを思う。
あのような戦闘マシンを造っているから、王国は滅びたのだ。共和制となったローランはいずれ国境が解放され、世界平和連合創設に向けて歩み出す事だろう。
”あの人”もそれを分かってくれれば……。
「……そうですね。〔タイガーモス〕を3機、犠牲にする事は可能ですか?」
「犠牲、ですか?」
準監査の目に色が浮かぶ。
何を躊躇しているのか。戦闘用ロボットが3機も無くなるのだ。創世皇もお喜びの筈だ。
「と、とにかく、詳細を」
ユリアは図上演習用の駒を持ってこさせ、ロボット達のフォーメーションを机上に再現して見せる。
このようなスキル、本来は必要ないものだ。だが、聖上は未だ混沌が支配する世界を纏める”悪”が必要だとおっしゃった。
自分の浅慮を痛感し、ユリアは戦いや
だが、準監査の表情は渋いままである。
ロボット3機の使い捨てがよほど嫌らしい。
「では、
話を閉じようとしたところ、彼が食い下がって来た。
それでも、創世皇は決断力の無さも御赦しになられるだろう。
「せ、戦力は良いとして、どのようにブレイブ・ラビッツをおびき寄せるのです?」
勿論、それも考えている。
「来週末、新人類の音楽を披露する会があるようですね」
準監査は一瞬だけ考え込んだが、直ぐに何のことか思い至る。
「フェアリー・ワンダー・フェスですか? 確かに我々も問題視していましたが、一般の人気も高く、
「中止にしましょう。今は聖遺物の事を考えるべきです」
「は?」
口をぽかんと開ける準総監に、話はこれまでと腰を上げた。
「待ってください! それでは反発が……」
反発?
清貧教の教義では、巷で歌われる乱暴な音楽は禁じている。これをきっかけに聖歌に目を向けてもらえれば、人々はまた聖地転生に近づくだろう。
「問題ありません。これから監査総監とお会いして説明に参りましょう」
同じく立ち上がる彼を振り切って、ドアノブを掴む。
「ところで準監査」
「何でしょう?」
帰り際に立ち止まって問うてみる。
「あなたも銃を持つ仕事など辞めて、清貧教に入信されませんか? 聖都では海岸掃除の仕事がたくさんありますので、ご紹介致しますよ?」
「……お心遣い感謝します。ですが、今の仕事を気に入っておりますので」
「そうですか。残念です」
後にした応接室から、何かを叩きつける音がした。
分かってくれなくて非常に残念だが、いつか彼にも救いは訪れる。
その時を待とうと思う。
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