第20話「文学は死んだ?」

”ついに来たかぁって感じ。

前の学長はそういうのに寛容だったけど、今度のはそうじゃないみたい”


ランカスター芸術学院有志のアンケートより




「文学は死んだっ!」


 スーファ・シャリエールは、原稿用紙を前に呪詛を吐いている馬鹿と出会う。普段ナードオタク共がたむろしている空き教室に顔を出した時だった。


「おはよう。今日はいつにも増して頭が変ね」


 頭をがりがりやっている同期生ナツメ・ユウキは、こう見えても怪盗団の頭目である。普段の姿を見ると、ただの文学かぶれの駄目ナードであるが。


「おう、同志よ! これ以上の悲しみがあろうか!?」


 誰が同志だ。

 こちとら捜査の為に来ている。ナード連中に溶け込む必要が無ければ、宴会の飯だけ食っている。

 本人に聞いても要領を得ないので、横で弟をげらげら笑っている姉のドロシーに聞いてみる。


「理事会が方針を変えてな。今までOKだった”差別的表現”が一斉禁止になったんや」

「差別的表現? ああ、”きちがい”とかそういうの?」


 そう言えば、掲示板にそんなような事が張り出してあった気がする。

 今までは「作品として必然性があるなら使って良し」だったのだが、今後は課題に1文字でもそう言った表現が見られれば提出を認めず、学内での自主活動もこれを認めないとか。


 いかにも「検閲官センサーの圧力でやりました」みたいな案件だ。


「こうして文学は退廃していくのか!? 言葉の美しさも分からぬ俗人どもめ!」


 馬鹿は自分のアイデンティティと真逆な台詞を喚いている。

 落ち着くまで放っておこう。


「”俗人”はNGワードやで?」

「くおおおおおおお!」


 落ち着くのだろうか? こいつ。


「まあ、つい茶化してもうたが、実のところ相当にやばいで?」


 ドロシーは弟の肩をポンポン叩きながら、大げさに溜息を吐いて見せた。


「だって、極端な言葉だけでしょう?」

「じゃあ問題や。次の単語の内どれがNGワードでしょう? ①姦しい ②令嬢 ③女傑」


 3つともよく使われる単語である。3つともOKと言う引っかけもあると思ったが、馬鹿正直に答えてみることにした。


「①の姦しいかしら? これだけ女性を揶揄する言葉で、残り2つは誉め言葉だもの」

「ブッブー、答えは『3つともNG』や」

「はぁ?」


 ②と③の何処に差別の要素があると言うのか。


「何かを形容する時は、両性に使える単語を選ばなければならないそうやね。例え誉め言葉ゆうてもや。それこそきちがい・・・・染みた話やけど」


 確かに尋常な人間では思いつかなそうなネタだ。

 これを言い出した人間はずっとこんな事ばかり考えて給料をもらっているのだろうか? ある意味上級国民だ。


「そう言う理由で”レディース&ジェントルメン”も禁止や。”アミーゴ”も男性を差すからダウト」

「……」


 ユウキが悶えていた理由がようやく理解できた。

 表現を志す人間は飯のタネを奪われるようなものだ。


「もう出版社もいくつかNGワードを導入してるみたいだね。推しの作家がそこのレーベルで出ると複雑な気持ちになるよ。結局買うんだけど」


 ようやく復活したユウキが話題に加わる。


「もう出版社までそうなのね……」

「圧力団体が毎日のように押しかけてくるからね。それが面倒くさい経営者は被害届出すより言う事聞いちゃうのさ。しかも、ユーザーに発表せずこっそりと」


 そう言えば先日エラト広場でも、有害表現を無くせとか大騒ぎする一団がいた。

 あれを毎日会社の前でやられたら、言う事を聞いてしまいたくなる気持ちもわかる。だがそれは終わりではなく始まりだろう。一度言う事を聞けばそれが成功体験になり、次の要求に繋がる。


「でも、何でそんな事をするわけ?」


 マフィアの類なら何度かやり合ったことがあるが、彼らの目的は金銭であり、割に合わないと判断すると撤退も早い。

 一方差別的表現がどうとか騒いでも一文にもならないと思うのだが。


「そりゃ気持ちいからだよ」

「ちょっとそれは……」

「待って、セクハラじゃないから! バッグから拳銃出すの止めて!」


 取り上げたハンドバックを静かに置く。

 勿論半ば冗談だが、こいつには多少辛らつに対応するくらいでちょうどいい。


「考えてみなよ。自分たちが門前で騒ぐだけで大会社があたふたするんだぜ? そいつが今まで社会で生き辛い思いをしていたら、これ以上ない快楽じゃないかい?」


 沈黙で答えはしたが、内心では思っている。「確かに」と。

 社会に自分を知ってもらいたくて犯罪を起こす輩は少なくない。大抵は生い立ちや境遇から鬱屈した思いを掲げているわけだが。


「人を撃ち殺さないだけマシ……とはいかないわね。より有害だわ」


 先のAV法事件を経験する前なら、答えは違っただろう。今はそうではない。ひとつNGワードが生まれれば、それだけ検閲官が市民に狼藉を働く口実が増えるという事だ。


「で、貴方はどうする・・・・の?」


 ドロシーを警戒して遠まわしに聞いてみる。

 彼女の立場上、ラビッツと無関係な筈もないが、あくまで念のためだ。

 ユウキは万年筆のキャップで頭を掻くと、高らかに宣言した。


「もちろん、NGワードなんかに負けないよ! 次凄い作品をぶち上げるさ!」


 それはまあ、予想通りの犯行声明・・・・だった。


 表の意味は言葉通りだろう。こいつの文学バカは本物だ。


 裏の意味はスパイトフルとしての言葉。

 すなわち「次に引き起こす事件を見ていろよ! 次も凄いぞ!」であろう。


「でも姉さん、他人事だと思ってない? フェアリー・ワンダー・フェスだって近いんだよ?」


 ユウキがふと話題を変え、とあるイベントについて発言する。


「聞いた事ないけど、音楽のお祭り?」


 何故か得意げに、ドロシーが指を振る。


「うん、共和国中のプロアマを集めたアニソンの祭典だよ。姉さんも毎年挑戦してるんだ」


 アニソン? 聞き返しかけて思い出した。ラビッツが放送ジャックで流しているアレだ。


「毎年FWSで優勝した歌手は、夏の大イベント歌唱祭でメジャー歌手と競えるんや。まだメジャー歌手を倒したアニソン歌手はおらんのやけど……」

「まあ、芸能プロダクションへの忖度もあるからね。『ナードオタク幼稚な・・・歌』が勝っちゃったら不味いんだよ」


 ユウキはあくまで冷静だが、ドロシーはそうではない。

 拳を握りしめ、雄弁に語る。


「考えてみぃや? 絶対勝てない、お情けで出してもらう枠のナードの星が、颯爽と観客の声援をかっさらって言ったら……痛快やと思わん?」


 向き直ったドロシーは、にやりと悪い笑い――ただし、いつもの人懐っこいそれを向けてきた。


「確かにねぇ。何かこの間薦められたスポーツ漫画がそんな感じだったけど」


 あくまで仕事で一読したが、興味深くはあった。つい夜更かししてしまう程度だが。


「で、その第1号がうちってわけや」


 そこで、ドロシーが声楽科だった事を思い出す。

 確かに彼女の声は良く通る。喉の湿度や辛い食べ物などは気を付けていた。


「ふっふっふ、去年一昨年と予選落ちに終わったけど、今年は一次予選突破や! 今の内サインが欲しいなら3ターレットでええで?」

「……お金取るのね」


 手でマイクを作って、くるくる踊って見せるドロシー。余程嬉しいのか、気分は既にステージにいるらしい。


「と言っても、まだ一次予選だから、6か所あるサブステージで投票1位を取らないとメインステージに上がれないんだけどね」

「そんぐらい軽いわ!」


 まあ、楽しそうで何よりである。今日は何時になくテンションが高い。


「でも、あれって来週末からでしょう? 流石に今から中止にならないよ」


 出場者はほぼポップカルチャー寄りだから、割と尖った歌詞も出てくる。ユウキはそれを心配したのだろうが、いくら何でも杞憂だろう。


「明日から設営やし、そんなん潰したら流石に運営も怒るわ。何よりウチも怒る」


 浮かれ切ったドロシーは、もうステージしか見えていない。

 だが、好事魔多し。ナードの世界にはこんな言葉がある。


 それを”フラグ”と言う。

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