第24話「街人は怒る」
”Bブロックにいつも来てる屋台のカレーがさぁ、本当に絶品なんだよな。毎年半ば無理やり参加させられるけど、子供たちとであれを食うのが毎年の楽しみだったんよ。
そうかぁ、今年は食えんかぁ”
ランカスター市民のインタビューより
事務所に戻った時、スーファを出迎えたのは、三角頭巾を被った助手が、ご近所の行列にブイヤベースを配る光景だった。
「あっ、お姉さま! お帰りなさい!」
彼女の奇行は初めてではないが、今回のはでかい爆弾だと溜息を吐いた。
ご近所さん(
お皿は自前のようだ。そんなことしたら量がばらついて不公平が出るが、クロエもご近所さんも気にしてないらしい。ついでに代金も随分とお安い設定だ。
「お兄さん、良い体してますねー」
「そうだろうクロエちゃん。俺
自慢げに口説きにかかるボクサー青年だが、いつもの彼女を考えたら、返事の予想はついた。
「あの、もしボクシングされてるご
「あー、そう来るかぁ」
がっくりうなだれたボクサー青年は、とぼとぼと去って行ったが、それでも通りのベンチでブイヤベースを旨そうに食っている。あの食べっぷりならお代わりは必至だろう。
「で、どう言う事?」
「それがですねぇ」
説明しようとしたクロエに、スープ皿がいくつも差し出された。
鍋を覗くと、スープはまだまだ残っている。
「とりあえず、全部売り切っちゃいましょうか」
「ハイ! ありがとうございますお姉さま!」
「……いい加減所長と呼んでちょうだいね?」
まあ、いつも何かしらやってくれるので楽しくはある。
アフターケアは大変だけれど。
事務所に戻り、最後のブイヤベースと一緒に出てきたのは、
「今日お買い物に市場に行ったら、食材が山のように売れ残っていまして」
売れ残る? ちょっと仕入れを間違ったくらいであの大量のブイヤベースは出来ないと思うのだが。
「詳しく聞いたら、フェアリー・ワンダー・フェスが突然中止になったせいで、大量に取り寄せた食材の行き所が無くなったそうなんです。それで、屋台の人どころか問屋さんも凄く困ってて……」
……ああ、だんだん話が見えてきた。
「それで、何か力になれないかと思って、食材を安く買ってご近所の皆さんに食べて頂いたんです。お代はチャリティーにしました」
どうですか? とドヤ顔な助手に頭を抱えた。なまじやった事が善行であるだけに。
「……クロエ、あなたのやった事は素晴らしい事だけど、せめて事前に相談をしてちょうだい。心臓に悪いから」
苦言を呈したつもりだったが、この突撃少女はただ目を輝かせた。
「次やる時は、お姉さまもご一緒して頂けるんですね!?」
ああもう勝手にしてと、スーファは眉間を押さえた。この助手を制御できるようになるまで、自分が一人前と名乗る日は来ないのかもしれない。
「それで、お上の事情でイベントが中止になったんでしょう? 何か保証は無いの?」
「それなんですよね! 酷いんです!」
これでもかという程、顔を近づけられる。
「何でも、イベントはランカスター市の管轄らしいんですが、中止を命じた検閲官の管轄は内務省で、お互いの責任を押し付け合って全く補償の話が出てこないそうなんです!」
スーファは額に手を当てた。この国の行政は始終こんななのだろうか。
とは言え、今回のイベントで失われた経済効果は相当額になるだろうし、損害を被った人々はより大勢になるだろう。さっきの炊き出しが焼け石に水となる程度には。
「うちの近所だけでも、3日も煮込んだカレーを廃棄口に流し込むように言われた屋台の御主人が、過呼吸で病院に担ぎ込まれたとか、当日の為に用意した蒸気冷蔵庫のレンタル代が返せなくなったバーのマスターも……」
予想通り酷い事になっている。
歌を奪われたドロシーだって、すぐに
それを「良くないワードが使われているから」などと言う曖昧な理由で丸ごと潰してしまったわけだ。
何たる想像力の欠如。そして何より腹立たしいのは、この件を掘り下げて考えなかった自分の至らなさだ。これをスルーしていたら、事件の本質すら見落とすところだった。
「……クロエ」
「なんでしょう、お姉さま」
「ありがとね」
クロエは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに花が咲いたように笑う。
「どういたしまして! お姉さまの為なら火の中水の中ですよ!」
何故お礼を言われたかは分からないようだったが、教えてやらない。何か悔しいから。
「そうなると、ブレイブ・ラビッツの作戦は、イベント関係者の救済も兼ねていそうね」
「えっ、そうなるとあんまり邪魔するのは……」
クロエが恐る恐る尋ねてくる。まあ、そう返してくるのは予想が付いたけれど。
「いいわ、それも考えるから仕事の手を緩めちゃだめよ?」
「はいっ!」
また安請け合いしてしまったスーファである。
とにかく、ラビッツの作戦の全容を知る事。それからだ。
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