第12話「再戦」

”桟橋の完成、お慶び申し上げる。


つきましては、当方もささやかな余興を用意したく候。

皆様におかれましてはお誘いあわせの上、セレモニー会場へお越し頂きたく、お願い申し上げる。


ブレイブ・ラビッツ一同”


条約歴820年5月4日付 ランカスター・タイムズ夕刊




「本当に大丈夫なんでしょうか、お姉さま?」


 クロエが言う。何度目の質問だろうか?

 桟橋に据え付けられた演台を眺めながら。


 周囲は要人警護のように動員された警官が囲んでいる。

 会場の外周を取り囲む3体のロボット。シェフィールド社製の〔タイガーモス〕だ。民生用・警備用に用いられるベストセラーで、いくらスパイトフルでも拳法を使って何とかなる相手では無かろう。

 他に1体が演台の後ろに配置されている。警備用と展示品の兼用というわけだ。

 桟橋がここまで立派でなければ、ロボットの重量には耐えられなかったろうが。


 そう、発端は昨日の夕刊。

 ブレイブ・ラビッツを名乗る者たちから、予告状が掲載された。

 なにやらこの場で「余興」を行うので、皆さん来てくださいと言う内容だ。

 検閲官センサーは抗議したが相手は大手新聞社、強い者には弱いのが我らが検閲官である。


 おかげで会場はパンク状態。

 警備にもありえない程の人員が投入されている。


「大丈夫、仕掛け・・・はもう万全よ。……それより何で私までお姉さまなのよ?」


 はっきり言って怖いのだが。

 そこまでは言い出せず少女に視線を戻すと、なにやらもじもじと体を揺らしている。


「だって、スーファお姉さまは立ち振る舞いもかっこいいですし、武術で凄く良い体を……」

「……お願いだからやめて」


 矜持の問題とは言え本当に変な子を拾ってしまった。後悔はしていないが、頭を抱えてはいる。


「やあ、スーファじゃないか」

「偶然やなぁ」


 振り返ると、ナツメ姉弟が手を振っている。

 どうやら見物場所を探しているらしい。


「いやぁ出遅れたよ。中には夕刊を読んでそのままここに寝泊まりした人もいるみたいだね」


 まるで緊張感のない笑顔を見ていると、何か一言言ってやりたくなる。

 理不尽な事に気付いて止めたが。


「今までラビッツがここまで大騒ぎを起こす事は無かったからなぁ。皆何をやらかすか興味津々になるのは当然や」

「そーそー、創作のアイデアはこんなところに転がってるのさ」


 2人してがははと笑う。馬鹿姉弟は完全に物見雄山だ。

 この場のほとんどがそうであろうが。


 ふと、ユウキが顔を近づけ、小声で言った。


「……知ってるかい? 昨日の夕方、エラト広場で騒動があって検閲官数人がノックアウトされたみたいなんだよね。どうもそれがラビッツで、検閲官はその意趣返しにラビッツをしょっ引こうと必死らしい」


 クロエが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 確かに状況から言ってラビッツの一味だと思われても仕方ないが、検閲局も自分の正体ぐらい掴んでいるだろう。その上でラビッツを拘束する口実に利用した、と。


 署長の苦言が身に染みるスーファである。

 だからと言ってもうどうする気も無いが。


「じゃあ、うちらは他に見られる場所探しに行くわ。またなー」

「明日学院で合おう」


 ひらひらと手を振って2人を見送る。


「……これは私、なんかやっちゃったようね」

「お姉さま、大丈夫ですか?」


 大丈夫ではないが、どうせもう後戻りはできない。

 それこそ、自分は検閲官と敵対する行為を「やっちゃった」わけだ。それも決定的に。


「それよりも、出来ればラビッツも捕まえたいわね」

「ええっ!」


 クロエは面食らった様子だが、スーファにしてみれば当然の事だ。


「あんな質の悪い愉快犯を放置できないでしょ? それに、彼らが検閲官に拘束されたらどんな目に遭うか」


 とは言え、流石のスパイトフルもこの場に突撃するほど馬鹿ではあるまい。

 恐らくだが、この警戒態勢を見て計画を変更してくる。例えば別の場所で騒ぎを起こし、「桟橋の予告は陽動だった」と嘯くとか。


 まずは目の前のセレモニーである。


「桟橋の完成により、市の観光業界は多大なる恩恵を受け、市民やインバウンドの憩いの場として……」


 さっきから行われている市長の演説は、かわいそうだが全く盛り上がっていない。

 桟橋の建設計画は彼の市政では珍しく・・・正善な政策だと言うのに。


 誰もが退屈そうに欠伸をする中、いよいよ待っていたプログラムが訪れる。


「有害表現監査室公報のラルフです。えー、この場を借りて、市民の皆様にご報告があります」


 いつもならこの光景をつまらなさそうに見つめ、醒めた目で眺めただろう。

 今回の聴衆たちはこの瞬間に何が起こるか楽しみで、広報の演説を食い入るように見つめた。


「近年、Anti Vicious法による取締りにも関わらず、地下に潜って有害表現を強要する者たちがおります。その者たちは女性に暴力を使って闇のイベントを強要し、卑猥な行為を行わせていました」


 ざわざわと群衆から声が上がる。

 彼らとて事情を知る者はそう多くない。検閲官は嫌いでも、女性への犯罪強要はもっと忌むべき行為だ。


「更に昨日、被害女性を救出・・に訪れた監査官を暴行、更には1人を拉致し、犯人は依然行方不明のままです」


 拉致? あの乱闘を良いように解釈しているのは当然だが、拉致は初耳である。

 そもそも自分だろうとラビッツだろうと、検閲官をわざわざ捕まえて監禁する理由が何処にあると言うのだ?


「ここに証拠として、勇気ある女性の証言を公開いたします。彼女はこの場で自身の名前を出す事を快諾してくれました。これも性搾取の被害者を根絶するために必要な……」

「卑怯者!」


 叫び出したクロエの口を慌てて塞いだ。

 気持ちは分かるがここで騒いでも検閲官を利するだけだ。


「では、読み上げさせていただきます……」


 聴衆の関心が、ラビッツから性犯罪? に映りそうになった時……。

 彼らは現れた。


「異議あり! ”その証言は欲望のけがれに満ちている”ぜ!」


 上空から響く大声。会場どころか、街中に響き渡るかのような声だった。

 それが収まった後、見上げた聴衆の目が驚愕に染まる。


 3階建てのビルほどの身長をした真っ黒なロボット。

 それが真っ白な蒸気を吹き出しながら、空中からゆっくりと降下しつつあった。

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