第13話「法廷バトル」
”ラビッツってなんか良くわからん連中だと思ってたけど、けっこう格好いいな!
何故って? そりゃ敵がひしめく中にたった2人で乗り付けたわけだろ。昔話の騎士みたいじゃないか”
街頭インタビューより
そいつは真っ黒で、頭にはウサギの耳のようなアンテナと、額に付いた一本角。
体型は〔タイガーモス〕の輪にかけてマッシブで、強い威圧感を与えていた。
聞いた事がある。北西の都市国家群、タウゼント連邦で魔法動力による飛行技術が開発されたと言う噂を。
ロボットのような巨大な機械を飛行させるほどの出力があるとは思わなかったが。
「やあ、お待たせしたね。ブレイブラビッツのリーダー、スパイトフルと……」
「歌姫サイレンよ」
ロボットの肩から降り立ったのは、コートの男性とベレー帽の女性。2人とも衣装は黒一色だ。
「今日のめでたき日に、オレたちも新しい仲間を紹介させてもらおうと思ってね。飛行ロボット〔アルミラージ〕だよ。さあ、『皆さんにご挨拶だ』」
スパイトフルは右手の
〔アルミラージ〕は群衆に振り替えると右手を胸の前へ、左手を後方に向けて、右足をさげて見せた。「ボウアンドスクレイプ」と言う貴族の挨拶だが、これだけで搭載している蒸気演算機の優秀さが分かる。「ご挨拶」のコマンドだけで主人の意を察してこの挨拶を選択するなど、〔タイガーモス〕には無理だ。
「さて諸君! 表現の自由戦士ブレイブ・ラビッツは、先程の発表に異議を唱えたいと思う。つまり法廷バトルものだ。皆、そう言うの好きだよな!?」
スパイトフルが煽るように叫んだ。
先ほどまで〔アルミラージ〕に驚いて声も出なかった群衆は我に返り、そして熱狂した。
彼らはスパイトフルの言葉をこう受け取ったのだ。
「自分は正義を主張しに来たのではない。楽しいショーを見せに来たのだ」
と。
「静粛に! 市民諸君! 彼は公的な活動を暴力で妨害する犯罪者です! そんな者たちに味方をすれば、法に則って処罰されます!」
壇上の広報官が警告し、歓声がピタリと治まる。
熱くなった第三者を冷静にさせるには、自分も当事者であると自覚させることが一番だ。
まあ、それを脅迫と言うのだが。
「ふむ、この国の法律は、
公報官の表情が強張る。
当然だ。これで逮捕を強行すれば法の拡大解釈を記者たちの前で証明するようなものである。
「さて、
再び命令を与えると、〔アルミラージ〕は左手に握っている麻袋をゆっくりと桟橋に置いた。
「さあ、これがAV法が悪法である証拠だぜ!」
ずた袋の口を開けて、中身を広場に転がした。
「これって……!」
クロエが驚愕したのも無理はない。
転がり出たのは、縛られた
行方不明と言うのは彼だったか。
「急展開で申し訳ないけど、彼が真犯人、リー・サヴォナローラ君。検閲官……おっと失礼。監査室の分隊長、つまり現場指揮官だ」
最良のコンテンツは、ユーザーを飽きさせない事。より正確に言えば飽きる前に次のインパクトを与える事だ。
息を呑んで状況を見守る群衆を確認すると、スパイトフルはリー隊長の
「さあ、皆の前で懺悔するんだ。美の女神エリスは芸術を冒涜した者は許さないが、悔い改めて庇護者になった者には祝福をくださるのは知ってるな?」
ここでリーが反省の言葉を述べれば彼らの印象も悪くなる。弱い者いじめに映るからだ。
だが、そのような人物相手なら初めから強硬手段など取らない。ラビッツもそれは分かっているだろう。
「ふっ、ふざけるな! こんな非道が通ると思っているのか!?」
「酷いなぁ。あんた達のせいで劇場がいくつも潰れそうなんだぜ? そうなったら何人も職を失うんだが?」
リー更生官の双眼がかっと吊り上がる。
状況を察した壇上の公報が声を上げて制止しようとするが、もう遅い。
「だからどうしたと言うのだ! あんな下等で気持ちの悪いものを喜ぶのは、社会性のない幼稚な人間だけだ! それを
確かに、ヌードダンスの愛好家は後ろめたさを感じている者も多いだろう。「これから止めましょう」と言われて致し方なしと感じる者も多い筈だ。
だからと言って面罵されて当然と思うかは別の話だ。
そうでない者、状況が良くわからない者も、こうも口汚く
スーファは、群衆の空気がラビッツに傾きつつあるのを感じた。
「『潰す』なんて単語が出てきたのは流石に予想外だったけど、彼が私的な感情の為に供述書を書かせ、半ば脅迫のような形で自分達に都合の良い法律を定めようとした。それが真相だ」
「うそじゃありません! この人私をぶちました! メリーお姉さまも、仕事を辞めたいなんて1度も言ってません!」
突然の大声に、傍らにいたはずのクロエが居ない事に気付く。
公園のオブジェをよじ登った彼女は、マイクの
すっかりラビッツに感化されたらしい。
フラッシュの光が四方で輝き、群衆からは罵声が上がる。
(やれやれ……)
このままラビッツが収めてくれれば自分が騒ぎを作る必要もないと思ったが、そうもいかないらしい。
人ごみをかき分けてクロエに近づき、手を伸ばしてマイクを受け取る。
「えー、私立探偵のスーファ・シャリエールです。このままではらちがあきません。まず証言者の名前を伏せた上で、供述書を読んでみてはいかかでしょうか?」
群衆から「そうだ!」「証拠を見せろ!」とヤジが飛ぶ。
広報官は戸惑い、やがてにやりと口元を歪ませる。
それはそうだろう。
もちろん織り込み済み。
広報官は供述書を広げ、青ざめた。
「どうしたんだ!」
「早く読め!」
ヤジの中蒼い顔で震えている。
それはそうだ。
(まったく、有名な探偵も泥棒をしたことがあるって聞いたけど、
種はスーファが警察署に出入りできる事である。
より大きい施設が建設中らしいが、現時点での検閲官は警察から召し上げた施設を使用している。
つまり警察時代の資料を漁れば、間取りや警備室の位置など皆分かってしまうのだ。書類をしまう金庫を見た時には失笑が漏れかけた。警察時代と同じものを番号だけ変えて使用していたのだ。同じ商品を調べて開け方も把握済みだった。
あとは、街で流行っている「消えるインク」で書いたものとする変えるだけ。これは魔法薬を混ぜたインクで日の光に当てると消えるジョークグッズである。
ジョークグッズで一杯食わされるとは彼らも思うまいが。
広報官が怒りに染まった目でこちらを見つめてくる。
優雅に笑い返したが。
「やあお見事お見事! 是非ラビッツにスカウトしたい手並だね!」
「……何の事かしら?」
スパイトフルの見え透いた煽りを聞き流す。そもそも全く嬉しくない。
とは言え、これで分水嶺は越えた。
(さあ、検閲官はどう出るかしら? リー隊長に責任を被せて手打ちにすれば、ダメージで済むと思うけど……)
だが、壇上の広報官はまだ巻き返せると判断したらしい。
マイクに向けて声を張り上げる。
「皆さん! 騙されてはなりません! いままでの証言は全て彼らがリー隊長を脅迫して無理矢理言わせているのです!」
どうせ、この対応は想定済みだろう。
スパイトフルの傍ら立つ女性、サイレンが書類を取り出す。
皆が彼女の優雅な所作の見惚れた。そして番組での美しい声。
今ここに舞踊や音楽の関係者が居たらすぐにスカウトにかかるだろう。そう確信させる程だ。
きっと、バイザーに隠された顔も、さぞ美しいだろう。
皆が想像して溜息を洩らした。
「こちらの誓約書を見て頂戴。リー更生官が行った犯罪行為が、全て真実であると署名したものよ」
「そんな物は捏造だ! 俺は無理矢理書かされたんだ!」
その一言を待っていた! 壇上の広報官は青ざめ、スパイトフルはにやりと笑う。
(勝負あったわね)
本当に意地悪いが、これで検閲官の主張は崩れた。
「そうだよねぇ。こんなものは
「そうだ!」「証拠になんかなるわけねえ!」と次々ヤジが飛び込んでくる。
リー隊長に書かせた誓約書が信用できないなら、検閲官がメリーに書かせた誓約書もまた本物と証明できないのだ。
先ほど彼が吐いた暴言も、脅迫を連想させる傍証となった。
誓約書は
「ちなみに、リー隊長に尋問した経緯は後日動画にて公開させて頂こう。彼の様子から拷問や誘導尋問の類は一切していない事が分かって貰えると思う。どうかな。証明終了で良いかい?」
見つめる検閲官幹部は数秒沈黙する。
ここで手打ちにするか検討しているのだろう。だが、その選択肢はありえない。
「諸君らはリー隊長の拉致監禁、ロボットの不法所持を始めとした数々の犯罪容疑がかかっている。大人しく投降したまえ!」
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