第11話「ふたつの依頼」

”「探偵」と言ったって色々居まさぁ。いまじゃ浮気調査とかかなり儲かるし、何でも屋みたいにきつくても安全に仕事する奴もいる。


だが王政末期の頃は「王の悪政を暴く」なんて息巻いてレナウン湾に浮かんだ探偵が山ほどいたらしいぜ”


あるベテラン探偵の証言より




「私、その……鍛えられた女性の体が好きなんですっ!」


 夕食時の喫茶店。クロエ・ファーノと名乗った少女は、開口一番爆弾を投げてきた。

 スーファはゆっくりと頷いて……、懐から財布を取り出した。


「そう、それじゃあ私は忙しいから。これ代金で……」

「待ってください! そうじゃないんです! あと私ノーマルですからっ!」


 変な悪霊にでも憑かれたのだろうか? 今日は変なのばかり寄って来る。

 御宗旨である女神ヘスティアには、文句のひとつも言ってやりたい。公正の神なのだからまともな人間も寄こせと。


 とは言えこの時間に女の子を放り出すわけにも行くまい。観念して椅子に座りなおす。


「その私、両親と上手くいっていなくて、夜出歩いているうちに……」

「ヌードダンスにハマったというわけね」

「はい。それでチケット代を稼ぐために知り合いのお店を手伝ったり……」


 なんて危なっかしい子だ。

 性癖は自由ではあるが、両親への反発にしてものめり込み過ぎはしないか。


「だって、とってもかっこいいじゃないですか。体のカタチとか、技術とか、突き詰められた美しさと言うか、一点突破と言うか」


 紅茶を飲む手が止まる。

 彼女のいう事は理解できる。自分の武術バリツ家の端くれだ。無駄をそぎ落とした身体と、理合を突き詰めた所作は美しい。

 どうやらただ物珍しさやミーハーでダンサーの追っかけをやっているわけでは無さそうだ。


 ヌードダンスと同列に並べられるのは遺憾だが。


 とりあえず続きを促す。


「みんな変わってるって言うんですけど、メリーお姉様だけは『分かる』って言ってくれて、食事に誘ってくれたり、こっそりダンスを教えてくれたり」

「メリーって言うと、さっき踊っていたダンサー?」


 クロエは頷く。両手を握りしめて。


「ヌードダンスって、汚いもののように言われますけど、お、男の人を興奮させるのって、凄く技術がいるんです。メリーお姉さまは劇場で踊る為に一杯勉強して、何時間も練習してました。『悦んでくれるのが嬉しい』って」


 そうだろう。例え下らないものだったとしても、それが存在を許されるには努力がいるはずだ。

 もし今この瞬間、犯罪と言うものが消滅したら自分の探偵式格闘術バリツも不要なものと蔑まれるだろうか?


「たとえそれが悪いもの、害があるものだったとして、何の説明もなく突然取り上げるなんて酷過ぎです! それを本当に愛している人もいるのに!」


 スーファは自分の不明を恥じた。今まで自分は、検閲官センサーへの義憤だけでこの話に首を突っ込んできた。

 だが、自分と検閲官は完全に違うと言い切れるのか?


 有害書籍やヌードダンスなど下らないと思う。しかし万人がそう考えるべきと思うなら、独裁者の思考と変わらないではないか。

 それを決める権利は国民それぞれにあるべきだ。自分にあってはならない。


「……続けて頂戴」

「はい、でも私なんかと関わったために……!」


 ガタッと両手をついて立ち上がる。

 まあ落ち着きなさいと着席を促し、お茶のお代わりを注文する。紅茶には鎮静効果があるのだ。


「あの後、お姉さまが検閲官に連れていかれて……」


 彼女には悪いが、まあそうだろう。

 顔も見られているし、検閲官が探せばすぐに身元も割れる。


「そうしたら、私の事を公にしたくなければ、供述書にサインしろって」

「供述書? そりゃあ勝手にあんな舞台やったんだから多少の事は……」

「そうじゃないんです!」


 今度は前のめりで大声を出す。

 再び手で着席を促し落ち着かせる。


「落ち着いて。ちゃんと全部聞くから」


 クロエが頷く。ショックな事だったようで、それが語られるまで数秒の間が開いた。


「『自分は暴力を受けて無理矢理ダンスをさせられていた。本当はAV法に賛成だった』って」


 黙ってしまう。

 いくら何でもあんまりだった。


「明日その供述書を発表して、AV法の更なる強化を訴えると言われたって」


 なんだそれは?

 軽犯罪に触れただけの人間を脅しつけて晒し物にするというのか?


「……今のは、確かに本当ね?」

「はい、お姉さまは凄く苦しんでいて、『自分は裏切り者だ』って! 全部私が悪いのに!」


 烏丸署長の顔が浮かんだ。

 これから彼女がしようとする事を、彼は傲慢だと言うだろう。


 でもやる。


 法に正義が介在するべきではない。だが、やはり正義が必要な時がある。

 法が機能していないなら、その為に誰かが踏みつけられるなら。


 「正義」が代替するしかないではないか。


「クロエさん、だったわね。あなた今いくら持ってる?」


 びくっと震えたクロエが、財布を取り出して覗き込む。あれでは期待できないだろう。


依頼料・・・を払えないなら労働で返してもらいましょうか。お店の手伝いやってたのよね?」

「えっ? それって……」


 状況が飲み込めない様子のクロエを微笑ましく見つめる。

 腹をくくればそれだけの余裕も生まれるというものだ。


「私はスーファ・シャリエール。仕事は探偵よ。で、あなたはシャリエール探偵事務所最初のお客様って事ね」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「さて諸君、そろそろ雌伏の時を終えようと思う」


 ランカスター市内のどこか、ブレイブ・ラビッツのアジト。

 黒衣の男は机の上で指を組み、メンバーを順番に眺め。そして宣言した。

 リーダーのスパイトフルである。


「すると、何かあったわけねぇ?」


 気の抜けた声で問いかける女性は”マウサーキャット”。作戦立案担当だ。

 メンバーの中で年長とあって、場を仕切る事が多い。


「情報提供者がいてね。ほら、明日観光用の桟橋がお披露目されるよね。僕も行くつもりだったけど」


 情報分析及びメカニックの少年、”ピンヘッド”が1枚のチラシを置く。

 ランカスターはレナウン湾に面した港湾都市である。最近中心部が蒸気で薄暗いせいで、余暇を明るい港湾地区で過ごす者が増えている。

 明日のお披露目は釣り船や遊覧船が停泊する観光用のインフラだ。


「そこで、検閲官センサーの広報が出しゃばってきてスピーチをする。『AV法を強化しろ』って。その時根拠として読み上げるのが……」

「ヌードダンサーを脅しつけて書かせた供述書だそうだ。中身は想像できるだろう? いつもの奴だ」


 代弁してやると、ピンヘッドが我が意得たり頷いた。

 情報ソースはここで明かさないが、依頼してきたのはダンサーの所属事務所だ。元とは言え自社の所属ダンサーがAV法に沿う発言をしたら、それはもう詰みである。


「それで、どうしましょうか? 『雌伏の時を終える』のなら当然堂々と式典に乗り込むのよね?」


 薄紅色の髪をした歌姫は”サイレン”。広報担当プラス潜入要員だ。

 人を惹きつけるのは容姿や歌だけではない。振るう武技もかなりのもので、実戦でも得難い相棒だ。


「そりゃそうさ。考えても見ろ。桟橋と言っても観光用だからそうロボットが何体も入り込めるわけじゃねぇ。”アルミラージ”で脅してやれば10分かそこらは自由に振舞える。アホだねぇ。これが中央広場の記者会見だったら警官とロボットに阻まれて近づけなかっただろうになぁ」


 つまり、検閲官の勇み足が付け入る隙を生んだことになる。流行りの小説風に言うなら最高の「ざまぁ」である。

 検閲官には恨み骨髄のメンバー達は人の悪い笑みを浮かべる。


 この4名が、ブレイブ・ラビッツの実戦部隊となる。


「でも供述書を読まれてしまえば、ダンサーは守れないわよねぇ。彼女を見捨てるなんて、ラビッツの理念に反しないかしら?」

「私が忍び込んで奪ってきましょうか!?」


 いきなりやる気満々の発言をするサイレン。

 まあ、現実はそれほど楽ではあるまい。


「残念ながら、供述書が何処に仕舞ってあるか分からん。お前さんの魔法で忍び込んでも、施設全部を洗いざらい見て回るわけにもいかねぇだろ」


 血気にはやる提案を宥め、方針を明かした。


「今回は敢えて供述書は奪わない。無効化・・・する」

「無効化?」


 ピンヘッドが不思議そうにオウム返しをするが、スパイトフル意地悪な奴は笑って答えない。


「説明する前に、いつものやつ行こうか」


 立ち上がって、胸に拳を当てる。メンバーもそれに倣った。

 ブレイブ・ラビッツ結成の日、この国の人々にあのような責め苦・・・・・・・・を負わせないと誓った日。それからずっとこの言葉を胸に刻んでいる。


「諸君! 勇敢かつ苛烈に戦おう! ただし、ユーモアを以て!」


 リーダーの宣誓に、メンバーたちもまた一斉に拳を胸に当て、叫んだ。


「女神エリスの名のもとに!」

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