第8話「Anti Vicious法」

”成年向け芸能を取締り? 良いんじゃないですかね? ああいう良くない・・・・産業でこき使われる人を福祉産業に呼び込もうってんでしょう?

一石二鳥じゃないですか”


街頭インタビューより




 リパブリック共和国と言う名前を聞くと、誰もが思う。「リパブリック」も「共和国」も同じ意味じゃないかと。

 これには由来があって、専横を行う暴君を追放するために立ち上がった民衆。彼らの掛け声が「ヴィーヴァ! リパブリカ共和国万歳!」だった。その歴史的背景からこの名がついたわけだ。

 なので彼らの前で国号をネタにすると大抵喧嘩になる。


 建国から数百年は、魔法技術の国としてそれなりに栄えた。

 旧文明の遺物が埋蔵されたダンジョンが豊富だったからだ。それらを研究することで、大陸西方有数の技術レベルを持つ国家となった。


 為政者たちの中には旧貴族も多く、彼らは潤沢な国家予算を文化芸術につぎ込んだ。

 金が集まれば才能も集まる。多くの天才と呼ばれる人々が聖堂を建て、彫刻を刻み、最高の絵で飾った。

 それをひと目見ようと他国からの観光客が押し寄せ、天才に憧れる留学生たちはランカスターに設立された芸術学院の門戸を叩く。


 文化の華が咲いた。


 人々は芸術の女神エリスに寵愛された。

 美術館に飾られる新しい絵、劇作家が記した新しい活劇、貴族が下げ下ろした最新モデルの・・・・・・古着を楽しみに毎日汗をかいた。


 歯車が狂い始めたのは何時からだったろうか。

 愛する事を止めてしまったから、女神の加護を失ったのだろうか?


 皆が愛した共和国から、何かが消えようとしていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 噂に聞いたエラト広場は、確かに見ものだった。

 議事堂に隣接するこの大公園では、共和制施行当時からストリート・パフォーマーの聖地と呼ばれている。

 大道芸や演奏だけでなく、自分の絵を並べて客に値段を付けさせる者。詩や短編小説を手製の本にして販売する者。


 多くの者が仕事をしていて、終業後にここにやってくる。

 だから彼らを目当てにする愛好家や観光客も同じ時間に集まり、ちょっとしたお祭り状態になる。


 その盛況さを楽しみながら公園を練り歩く。


 「探偵」と言っても、今回の仕事は「密偵」に近い。

 警察が探偵に外注する仕事は大雑把に分けて2種類。


 第1に警察官にない独自の視点からの捜査や情報分析を行う事。

 第2に警察が法令上繋がりを持ちにくい人脈から、情報を引き出す事。


 スーファの得意分野は前者であり、今回期待されているのもそこだ。

 しかし、今回はそれだけをやっていられない事は予想できた。


 場合によっては裏社会の関係者に突撃捜査をする必要すら出てくる。

 そのために、この国の文化や気質を知り、肌で感じておきたい。


 ふらりと入った公園は、そこら中に布が敷かれ、アーティストたちが呼び込みに励んでいた。

 うろうろするうち、どうやら公園の区画ごとにジャンル分けがあると気づいた。

 音楽の広場、画の広場、パフォーマーの広場。

 ばらばらにやるより同ジャンルで固まった方が相乗効果も生みやすい。これも長年培った伝統なのかもしれない。


 想像していたのはアーティストの卵たちが研鑽を積む場だったが、それより有志の発表会や交流会と言った印象に近い。

 ギラギラしているような者たちばかりでなく、客やアーティスト同士で会話を楽しんでいる者が多数だ。


(新聞は「芸術の都は死んだ」なんて言うけど、ちゃんと生きてるじゃない)


 スチーム・アーツ魔道蒸気機関の普及以来、共和国の人間は余裕を失いつつあると言われる。コアな仕事は高学歴者に独占され、それ以外の者は単純労働に追いやられた。

 疲労した頭に従来の芸術は重すぎるし時間がかかる。人々の娯楽は蒸気テレビにシフトしつつある。


 それを以て芸術の死を嘆くわけだが、この場所にはちゃんとエネルギーを感じる。

 実際ここに足を運ばなければ分からない事だった。


 あちこちを冷やかすうち、人の居ない区画へ来てしまった。

 どうやらここでは何もやっていないらしい。


 回れ右をしようとした時、青年2人がこちらを見ている事に気付く。彼らは通路を見張りのように塞いで、スーファを見ている。居心地が悪そうに。


 探偵の血が騒いだ。


「ねえ、ここでは何をやっているの?」


 2人は顔を見合わせ、「困ったなぁ」と頭を掻いた。


「ここはほら、女人禁制と言うか……。いや、女性でも観に来る人いるけどさぁ」

「おい、余計な事言うな!」


 どうも要領を得ない。変な薬でもやってるんじゃないか?

 その時通路の先から悲鳴が上がる。女性の叫びだった。

 スーファは即座に駆け出す。


「あ、ちょっと!」

「あーもうしょうがないなぁ」


 見張り2人は積極的に追っては来なかった。

 そして、彼女は見てしまった。


 凄惨な光景を。




「きゃあああああ! お姉さまぁ! もう一枚、もう一枚お願いしますぅ!」


 先ほど悲鳴を上げていた女性は彼女らしい。ターレットさつを振り回しながら、舞台のおねーさんに脱げ脱げと叫んでいる。中等部? いや高等部には行っているだろうか。こんな場所でこんな事をしていていいのやら。


 それ以外の群衆も口々に歓声を上げ、舞台に置かれたトランクにコインを放り込んでゆく。


 お姉さんはそれを見て蠱惑的に笑い、ブラジャーを放り投げた。

 会場は熱狂に染まる。


「もう、困っちゃうなぁ。だから一般の・・・女性は不味いっていったでしょう?」


 追いかけてきた見張りが、声をかけてくる。もちろん言葉を失って思考停止したスーファにである。


「なんで公園でこんないかがわしいイベントを?」


 反社会勢力の資金集めだろうか?

 その割には飛び交う金は(比較的)慎ましい。


「AV法で会場が使えないからね。こういうところでゲリラ的にやるしかないんだよ」


 AV法――アンチヴィシャス反加害者法、そう言えばそんなものがあった。カタギの女性が無理矢理このような芸能に出演させられないよう、契約から4か月はショーに出演させない事を定めた法律である。


「なるほど、ダンサーとの契約が4か月前なら、劇場なんてそうそう確保できないものね」


 新聞での扱いがほぼ無かったためスルーしたが、これは業界を潰しかねない劇薬ではないか。


「4か月待たないと出演できないなんて、4か月仕事なしでいろって事だよ? みんな食べていけないよ!」

「……それで有志でこんな事をやっていると。でも実際無理矢理出させられる女性もいるんでしょう?」


 とんでもないと青年は頭を振る。


「ヌードダンスはプロの技だよ? いい加減な扱いで大切なダンサーを壊したら大ごとだから。定期的な健康診断を義務付けたり、業界も自主的に頑張ってたんだよ。それを話も聞かずにいきなり『今日から禁止です』って」


 そこまで聞いてスーファも黙り込んでしまう。

 仕事柄、こういった事に嫌悪感はあっても抵抗はない。欲望を満たさなければ社会が回らず、福祉や医療にも金が回らなくなる。それが獣欲であろうと、無制限に禁じるべきではないと思う。


 それに、このような重大な法律をメディアがスルーしている事も解せない。

 制定から施行まで、不自然に短い期間も。


 指摘されて初めて、何か嫌な感じがした。


 顎に手を当てて考え込むが、すぐに中止に追い込まれる。

 蒸気自動車の排気音と、呼び笛が会場に響き渡った。

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