第7話「ナードたち」

”教室の不正使用について


申請の無い使用には罰則があります。

特に反社会的な演劇・集会などは厳正に対処いたします”


ランカスター芸術学院の張り紙より




 まあ、仮にその「友だち」とやらが良からぬ行為を働こうとしても、いくらでも対抗策はあるわけで。

 そんな事より早急の問題として、消化器官から上がって来る救難信号の方を何とかすべきだ。ついでに、学院の状況について探りを入れてみてもいいではないか。


 うん、まことに合理的な決断である。


「味も量も保証するけどさ、何と言うか濃い連中だから……引かないでくれよ?」


 彼以上に濃い連中とは、どんな人間なのやら。若干の好奇心を抱く。


「こんな人のいない校舎で食事会?」


 周囲はろくに使われていないような空教室が並んでいる。

 それでも周囲はちゃんと掃除されているから、何らかの用途に使われているのだろう。


「昔はもっと規模の大きな学校だったからね。使ってない教室が山ほどあって、それを拝借すれば色々出来るのさ。ゲリラ的に演劇会とか朗読会とかもやるよ」


 それは何と言うか、フリーダムな話だ。学生らしいと言えばそうかも知れないが。


「おっ! 新入りやな?」


 空き教室から顔を出した女学生がこちらに手を振って見せた。

 背格好から中等部の生徒だろうか。ユウキと同じ奇麗な赤毛の少女だ。そばかすの浮かんだ童顔をにへらと崩して、眼鏡の蔓を摘まむ。


「やあ、姉さん。もう始まってるかい?」

「ぼちぼちな。でも入刀にゅうとうはまだやでー」


 姉さん? この2人はどうやらきょうだいらしいが、彼の方が弟なのだろうか?

 「入刀」なる妙な単語も気になったが。


「彼女は新入生のスーファさん、こっちは姉のドロシー」

「ええと、よろしくお願いします」


 とりあえず頭を下げて見せたが、彼女が話す東方の方言が気になった。それも九頭竜地方のごく一部で使われているものだ。

 西方では向こうの商人を介して広まり、スラングのような使われ方をしている。あまり上品なイメージは持たれていないので、芸術の徒が使うには少々違和感がある。


「ああ、この話し方か? ちっこい頃に九頭竜から来た一家の世話になった時があってん。それよりよろしゅうな。ささ、立っとらんと入り」


 質問を先取りして答えを言ってくるドロシー。

 何だか上手く誤魔化されたが、教室に入った時そんな違和感は吹き飛んでいた。


「レーゲンたんの誕生日を祝って、乾杯!」

「かんぱーい!」


 目の前に展開されたのは、コップを掲げてバカ騒ぎをしている学生たちと、窓際に置かれた人間サイズの建て看板。そこには、漫画のキャラクターがデカデカと描かれている。

 テーブルの上にはやっぱりキャラクターが描かれたバッジや置物が並べられ、中心に置かれたバカでかいケーキには「レーゲンちゃん誕生祭おめでとう」とデコレーションされている。


「いやあ、今年も無事迎えられましたなぁ」

「秋からの新作は主役だもんねぇ。夏の本は張り切らないと」

「おい、来月はねーさんの誕生祭だぞ。お前ら金はとっておけよ?」


 どういうことかしら?

 務めて笑顔でユウキを見るが、どうやら失敗したらしい。

 怯えた顔でぺこぺこ頭を下げ始めた。


「なんや、姉ちゃんカタギ・・・さんか」


 いきなりカタギ呼ばわりしてくるドロシー。

 自分は確かにカタギだが、それならあんたたちは何なんだ。


「だから言ったじゃないか。味と量保証するって。食べ物のテーブルはあっちだから」


 手で示された先には、お重に詰められた食べ物が並べられている。確かに美味しそうだ。


「ここは、何ていうか同好の志の集まりなんだよ。月一でお金を出し合って宴会やるのさ。料理役の腕は確かだから、そこは安心して」


 このサバトみたいな集まりはそう言う事か。

 とは言え好都合とも言える。ブレイブ・ラビッツが扇動しているのは、まさに彼らのような人間だ。とにかく話を聞いて情報を集めてみるべきだろう。


「まあ、一見さんからはお金取らない方針だから、好きに食べてよ」


 確かに彼は嘘は言ってないし、昼食を御馳走してくれたのも事実だ。文句を言ういわれなどない。

 目の前の混沌カオスにドン引きしていなければ素直にそう判断できるのだが。


「まあええやんええやん。最初に拒否反応示すモンほど後でドはまりするもんや」


 冗談ではない。

 何が楽しくて絵に描いた女性を偶像崇拝せねばならんのだ。

 なんか水着で妙に目が大きいし。


 だが、そんな反発は手に取ったフィッシュアンドチップスに吹き飛ばされた。


「……ナツメ君」

「な、なんだい?」


 眼光をあてられたユウキは後ずさるが、迷わず距離を詰める。

 そして、宣言した。


「会費はいくらかしら?」

「え? だから一見さんは……」

「そうはいかないわ! この料理にはお金を払う価値があるの! 会のルールを軽んじる気はないわ。シェフへのチップとして受け取って頂戴!」

「そ、そこまで?」


 横でドロシーが爆笑していたが、もはや些末な問題である。

 彼女は群衆の声から、有用な情報を選別して拾うことが出来る。これは技術と言うより癖のようなものだ。

 スーファは咀嚼活動の間も常に周囲の情報を収集している。だが逆に言えば情報収集以外のリソースは、全て美食につぎ込まれていた。


「タラは冷凍の物だけど、油が違うわ。使いまわさず揚げる度に新しいものに交換してる。プロだって使いまわしてる店が多いのに。後は温度管理ね。機材はどんなものを使ってるのかしら? 一般的なスチーム・アーツ魔道蒸気機関だとするなら……」


 一通りの料理を胃袋に収めた後、両手を合わせてお辞儀した。

 西方の礼儀作法ではないが、先祖代々のマナーである。


「いやー、良い食べっぷりやった。ほんまユウキの奴はオモロイ新人ばかり発掘してくるわ」

「姉さん、僕は別にコメディアンをスカウトしてるわけじゃないんだけど?」


 なんだか既に仲間にカウントされてしまっているのが癪ではあるが、文句は言えなかった。次回も誘われれば参加してしまう事を確信していたからだ。


「誘ってくれてありがとう。ところでシェフに挨拶したいのだけど……」

「ああ、あいつなら後で挨拶させたる。それよりそろそろ入刀や」


 安物のワインを手渡され、訳の分からないまま彼女に倣ってそれを掲げた。


「レーゲン誕生祭を祝って、ケーキ入刀!」


 全員が杯を傾け、わあっと歓声があがった。


「レーゲンって誰なの?」


 さっき聞き耳をたてて得た情報は、「おさげが可愛い」「中性的な口調が可愛い」「ロリキャラなのに影があるところが最高」等と言った話ばかり。ろりきゃらとは?

 得られた情報がこんなのという事は、つまり今までに彼女が得たのは味覚と胃袋の満足感のみという事になる。


「見んへんかったか? 窓際にポップ置いてはるやろ? あの黒髪の子がレーゲンや。かわええやろ」

「え? 絵の誕生日を祝うの?」


 理解の範囲外である。

 世の中には子供の誕生日すら祝えない、祝わない親がいると言うのになんとまあ。


「絵じゃないよ、キャラクター。競走馬だって優勝したらお祝いするし、ペットや人形も供養するだろ? 人で無いものを擬人化して愛情を注ぐのは人間の習性だよ」


 ユウキの説明は確かに的確ではあると思う。

 そう言われれば納得できない事も無いが、まあ奇特な話である。


「前は有志が公共施設を借りて、百人単位でやっとんたんやけど、最近風当たり強うてなぁ」

「風当たり?」


 ようやく有意義な話が出てきた。

 彼らはブレイブ・ラビッツをどう思っているのか。


「議会の偉い人とか法律家のセンセイが『社会に悪影響を与えるから施設を使わせるな』ゆーてな」


 こっちにも手が回っているわけか。

 そう思うとこのサバトも異様なものとは思えなくなってきた。

 どんな異様な趣味であろうと、それを取り上げる権利は公権力にはない。権力が取り締まるのは「思想」や「表現」ではなく「行動」であるはずだ。


 つまり、この騒ぎは半分憂さ晴らしなわけだ。

 きっと日常に不満のある者が集っているのだろう。そう思った。この時は・・・・だが……。


「味方は居ないの? 理解のある議員や弁護士もいる筈でしょ?」


 「味方」と言う言葉に2人は笑った。失笑でも哄笑でもなく、諦観の笑いである。


「僕らは昔から嫌われ者だからね。味方はいるにはいるけど、ナードオタクを守っても票にも金にもならないのさ」


 なるほど。確かに有益な情報だった。

 実際にラビッツに扇動される視点に立つと、また別のものが見えてくる。ある日公権力にふかし芋以外の食事を禁じられたりしたら、自分だってラビッツ支持に回るだろう。


「そういえば、電波をジャックして番組を流してる人がいるそうだけど、あなた達の仲間?」


 なんとなくを装ってラビッツの話題を振ってみた。


「あー、あの人たち? 面白いよね」

「なかなかのセンスやわ。痛快やし」


 少々淡白なのが気になったが、ある程度想像した通りの反応ではある。

 雑談の体で少し話してみたが、彼らは基本的に消費者として番組を楽しんでいるに過ぎないようだ。

 本気で真に受ける様な同調者が少数派なら、それに越した事はない。


「ねえ、次も誘ってもらえないかしら? ここ……はともかく、ここの料理は気に入ったわ」


 2人は苦い顔で顔を見合わせると、にたりと笑った。


「その正直さ気に入ったわ!」

「来月はフェブラちゃんの誕生日だよ。誕生月の夏野菜料理がいっぱい出てくるから」


 勿論、今後の調査の為に繋ぎを取っておく目的もある。またシェフの料理をご相伴に預かりたい気持ちも少しだけ・・・・ある。


 一方で彼らに対してそれなりの好感を覚えたこともまた事実。

 趣味嗜好の方は受け付けないが、ゲリラ的に催しを実行してバカ騒ぎなど、わくわくするではないか。


「じゃあそろそろ、ヴァンガード音頭、いってみよか!」


 ドロシーの掛け声に、談笑していたナードたちが腰から何かを引き抜いた。どうやら警備灯のような照明器具らしい。


「踊るんもんは中央に、歌うもんは端にはけてや。スーファも、巻き込まれるで?」


 掛け声ひとつ、ナードたちが踊り出す。ライトを打ち合わせながら、一糸乱れぬ無駄に統制された動きと、珍妙な掛け声で掛け声で。


「こ、これは何なの?」

「ああ、オタ芸知らない? こうやって対象への愛を表現してだね……」


 怪しい宗教かよ!


 食べ物に釣られた自分を少しばかり後悔した。

 でも、夏野菜料理も食べたい。


 彼女は大いに葛藤したのだった。


 正直、この時は良い人脈が見つかった程度に思っていた。

 スーファ・シャリエールはまだ理解していなかった。


 この国で何が起きているかを……。

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