第9話「立ち回り」
”
嫌な連中ですよ。街で目が合うだけで「何処へ行くんだ?」「鞄の中を見せろ」って。
あたしゃ漫画だのポルノだのはどうでも良いけど、あいつらの我が物顔にはむかっ腹が立ったね”
ランカスター市民(匿名)へのインタビュー
ぞろぞろとやって来た白衣の官憲たちは、警棒を抜いて会場を取り囲む。
あの白い制服は何だろう? 署長の部下なのだろうか?
「全員手を頭の上に! 諸君らをわいせつ罪及び騒乱罪で現行犯逮捕する!」
あーあ、運がないな。そう思う。
全員このまま連行されてこってり絞られる。スーファも潜入捜査の建前で前科はつかないだろうが、面倒くさい思いはするだろう。
他の参加者については、確かにやらかしている事には変わらないので、気の毒だが自己責任である。
まあ、静観が妥当だろう。
「ちょっと待ってください!」
恨めしそうに頭に手を乗せる参加者達の中から、女の子がずんずんと警官に向かってゆく。
先ほどターレット札を振り回しながら乗りに乗っていた子である。
「この広場では慣例としてスケッチなどで裸体を鑑賞する場として認められてきました! その条件として出入り口の封鎖も行っています!」
そうだそうだと声が上がる。
勇気ある抗議と言えなくは無かったが、この状況では恐らく通じまい。
実際、金縁の階級章を付けた隊長らしき警官が応えた。煩わしそうに耳をほじりながら。
「慣例より法律が優先されるのは子供でも知っている。そもそも芸術と体を使って男に媚びを売る商売は違うだろう。まともな教育も受けていないのか?」
法律論で言えばその通りだが、わざわざ侮辱の一言を付け加える必要は何処にもない。
ついでに、杓子定規に法律論で慣例を潰していたら、余計に秩序は乱れる。
スーファは早くもこの男が嫌いになった。
「では、騒乱罪の根拠は!? 他の場所でも歌の応援やオタ芸はやっている筈で……」
抗議は最後まで続かなかった。
隊長が女の子をビンタで張り飛ばしていたからだ。
このっ……!
身を乗り出すスーファだったが、それより前にブーイングが巻き起こった。
「この野郎っ!」
「ふざけんなっ!」
大人しくしていた観客が殺気立つ。何人かは頭から手を降ろし、拳を構えている。
(まずいわね……)
なるほど、初めからこれを狙っていたようだ。
暴行でまとめてしょっ引く気だ。
「なんでよ……、なんで……」
地面に転がる女の子が呻くように問いかけた。
その命題は、誰に向けたものだろう?
「……しょうがないわね」
こんな連中と女の子を取調室で一緒にしたら、確かに何があるか分かりはしないだろう。
故に、これからブレイブ・ラビッツみたいな手を使う。同類になるようで腹立たしいが、他に思いつかないのだからしょうがない。
「ちょっとあなた。レディに対する態度がなってないんじゃないの?」
抗議を口にしながら、隊長にずずっと顔を近づける。それはもう、鬱陶しいくらいに。
相手の顔が迷惑そうに歪む。また面倒くさい邪魔者が出てきた。そうとでも思っているのだろう。
「ねえ、聞いてます?」
顔に唾がかかる距離でがなり立ててやる。
隊長の眉間に深く皺が寄るのが見えた。
「五月蠅いぞ!」
突き飛ばす手は容易にかわせたが、敢えて避けずに後ろ向きに倒れて見せる。
さあ、
「皆さん! この人今私の胸を触りました!」
叫び声と共に、広場が鎮まる。
真っ先にスーファの意図に気付いたのは、倒れていた女の子だ。
飛び跳ねるように起き上がると、大声で叫び散らした。
「女の敵! こいつは性犯罪者よ!」
「きさまら何を言って……」
隊長の言葉は最後まで言い終われない。
続く観客たちの抗議で掻き消されたからだ。
「帰れよ痴漢野郎!」
「ダブスタはやめろー!」
青筋を立てて警棒を握りしめる隊長を、副官が何とかなだめようとする。
おろおろと観客と上司を交互に見つめている姿を見て、頃合いだと判断した。
「きっとこいつらは偽警官よ! 逃げないと私たちは●×△されてしまうわ!」
わーっと声が上がった。
群衆たちはこれ幸いと四方に分かれて、公園の茂みに飛び込んでゆく。
「あの……」
「いいから、行きなさい!」
振りむいてこちらを気にする女の子の背中を押し、警官たちに向き直る。
早速警官に足を引っかけて転ばせる。スーファをすり抜けて彼女たちを追おうとしたらしいが、もう遅い。
「……やってくれたな小娘!」
「あなたたちが女の子に暴力を振るわなければ静観してたわよ」
隊長は答えず、代わりに恫喝した。
「我々を監査室の人間と知っての暴言だろうな?」
監査室?
そう言えば、新聞にそのような名前が載っていた。警察の1セクションで、署長の指揮下に入らない特殊な組織らとかだったか。残念ながらうろ覚えだ。
とは言え考えてみれば、烏丸なら部下にこのような暴走はさせまい。
「生憎と、昨日この街に来たばかりなのよね」
「……なら教えてやるよ!」
警棒の突きは、的確に喉笛を狙ってきた。捕縛ではなく完全に倒す気だ。
が、昨日の手合わせを考えると物足りない事この上ない。スパイトフルならフェイントを混ぜるか軌道をずらすか。とにかくこんな単調な一撃ではない。
隊長はあっという間に宙に舞う。
ステッキを持っていないので魔法が使えないが、これなら大丈夫そうだ。
その考えを読んだか、警官たちが次々警棒に
スーファも構えを取った。
第一に杖術によるロングレンジの打撃によって相手の武器を無力化。
第二にボクシングによるミドルレンジの強打で体力を削る。
最期に柔術による組手で敵を拘束し、捕縛する。
頑丈な杖があれば無敵だが、そこいらの傘でも代用できる。
今は学院の制服を着ていて愛用のステッキを持っていない。
警棒を奪う事も出来るが、後々不利な証言をされない為、武器は使わないと覚悟を決めた。
「何をしてる! やれっ! 魔法を使って構わん!」
隊長の一声で警官たちが我に返る。一斉に魔法薬を装填した警棒を振り上げた。
「……連携が甘いわ」
取り囲んでの攻撃だが、時間差が大きすぎる。魔法で身体強化したところで、当たらない攻撃など魔法薬の無駄である。1人ずつ警棒をかわし、力の方向を誘導してやれば、後は自分の膂力で吹き飛ぶだけだ。
気が付けば更に4人が地面に転がっていた。
とは言え、このままだと消耗戦になる。ここで締めるとしよう。
「突然だけど、そろそろ手打ちにしない? セクハラに抗議されて逆上して返り討ち。そんな悪評の上に1個分隊10人の警官がノックアウトされたなんて、外聞が悪いでしょう?」
起き上がった隊長が黙り込む。これ以上騒ぐとお互いの為にならないぞ? それよりはお互い無かった事にしないか? そう持ちかけているのだ。
「……貴様、名前は?」
素直に答えてやるべきか考えたが、自分は学院の制服を来ているし、もうノースアベニュー署に出入りしている。放っておいても面が割れるだろう。
「スーファ・シャリエール。探偵よ」
名前を聞いた隊長は、不快そうに鼻を鳴らした。
「良いだろう。勝手にしろ。ただし今夜中に状況は覆るがな」
負け惜しみか本当の予告か……。
気にはなったがここに居ても状況は良くなるまい。スーファは隊長と目を合わせず、怯む警官たちをすり抜けて広場を離れた。
後に、ここで無理やりにでも聞き出すべきだったと後悔する事になるが。
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