第1章 喜びに換える引越

第5話 シュルツ家にて



「うわぁ、美味しいねぇ」


 ユーキは骨付き肉に齧り付いてた。ここはシュルツ家の食卓。黒いパンにチキンスープ、骨付き肉にはキノコや葉物野菜のソースが添えられている。大きなテーブルには、シンプルだが栄養価の高い料理が並ぶ。

 馬車で移動した彼らは、取り敢えずレオンの自宅に到着し、ユーキの行く末を話し合うことにした。


 テーブルには兄妹の他に母親のハンナが座っており、ニコニコとユーキを見つめている。彼女も兄弟と同じ金髪碧眼で、レオンの年頃の子供がいるようには思えないほど、若く見えた。

「若い子が沢山食べるのを見ると、嬉しくなっちゃうわ」

 ジャガイモを潰してチーズでまとめたニョッキを、ユーキの皿に取り分けながら、

「今日は夫のカールが、仕事で遅くなるみたいだから、沢山食べてね」

「ありがとうございます。旦那さんは何をされているのですか?」

「まぁ色々、手広くやっているけど、主な仕事は金融と流通かしら?」

 ユーキは小首を傾げる。仕事の内容が良く分からなかったらしい。エルマが後を続ける。

「それより外は、もう暗いよ。今晩は泊まっていくのでしょう?」

「何か悪い気がするけど……」

「まぁ、良いのじゃないか。先の事は親父が帰って来てから、明日話そう」

 レオンは黄金色の液体の入ったジョッキを、ユーキに手渡す。喉が渇いていたのだろう。彼は中身を確かめずに、礼を言って受け取ると、グッと吞み込んだ。


「これ、お酒じゃない!」

 ユーキは目を白黒させる。

「そうだ。この街の自慢のピルスナーだ。アルコールはそんなに強くないから、大丈夫だろう?」

「私だって吞んでいるのだから平気よね、ユーキ」

 ユーキの白い顔は、瞬く間にピンク色に上気する。トロンとした視線をエルマに向けた。潤んで何かを求めているような瞳で見つめられたエルマは、持っていたフォークをカチャンと落とす。彼女は一瞬で蛇に睨まれたカエル状態となる。物凄い色気であった。

「ゴメン。僕、お酒が駄目な体質なんだ。呑めば吞んだで、碌な事が起きないし」

「そ、そ、そ、そうみたいね! 何なの、その色気は!!!」

 ユーキは日本において体験した、飲み会での惨事を話し始める。

「……そんな訳で、女の人に囲まれるし、男の人にも身体をベタベタ触られるし」

「分かった。俺が悪かった。もう部屋で休もう」

 レオンはフラフラと立ち上がったユーキに肩を貸した。エルマも慌てて立ち上がる。

「ダメ! 二人きりにしたら…… キャー、私も行く!!!」


 一人残されたハンナは、食卓でクスクスと笑っていた。



 翌朝。軽い二日酔いの頭痛を携えて、ユーキは部屋を出た。うろ覚えで食卓のある部屋に辿り着く。そこにはレオンを一回り大きくした、熊のような大男が座っていた。

「初めまして、私はカールだ。昨夜は災難だったね」

「おはようございます。ユーキです。昨日からお世話になり申し訳ありません」

 カールは肩を竦める。近くの椅子に座るように身振りすると、立ち上がり厨房へ姿を消した。暫くしてマグカップを二つ持って戻ってくる。芳しい香りが一面に広がった。


「珈琲は大丈夫かな?」

「ありがとうございます」

 ユーキはカップを受け取り、これまでの経緯を説明した。気が付いたら郊外の森で倒れていたこと。レオン兄妹に見つけてもらい、夜を過ごしたこと。この先、着の身着のままで何の予定も無いこと。

 話をしている最中に兄妹も食卓に着いた。レオンは昨日と同じような服装だったが、エルマは学校の制服を身に着けている。

「父さん、昨夜の話だけど、俺は大丈夫だよ」

「そうか。それは助かる。少し人手が必要でね」

「何かあったのですか?」

「いや何、店の拡張で家財を運搬しなくてはならなくてね。人手が必要なんだ」

「それなら僕、役に立つかもしれません。昨晩のお礼にお手伝いさせてください」

 ユーキはフニャリと微笑む。カールとレオンは顔を見合わせた。


「本当は私も付いて行きたいのだけど、学校だから…… 良い、今日も家に帰ってくるのよ。急にどこかに行ったら駄目だからね!」

 朝食後エルマは、渋々ユーキと別れた。レオンが目を剥く。

「ユーキ、お前随分気に入られたな」

 ユーキは肩を竦めて、レオンと家を出た。改めて凄い豪邸である事を確認する。石造りの外壁に分厚い木の扉。尖った屋根には明り取りのガラス窓が設置されていた。日本だろうが異世界だろうが、お金持ちっているのだなぁと、ぼんやり考えるユーキだった。


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