第4話 異世界へ
「兄さん、あそこに人が倒れていない?」
金髪碧眼の少女、エルマ・シュルツは兄のレオンに声を掛けた。レオンは御者に声を掛け、馬車を止める。確かに山道の外れに、倒れた人影が見える。
「……何だか不思議な服装をしているな」
倒れている人物は、オレンジ色の上下が一体化した服を着ている。うつぶせに寝ているから、背中に妙に愛嬌のある鳥が描かれているのが分かる。この辺りでは珍しい黒髪だ。
「おい、大丈夫か?」
レオンは胸から薄い黄色の眼鏡を取り出し、装着した。レンズに妖精や悪霊などの影は映らない。大丈夫、唯の人間だ。レオンは倒れていた人物を、そっと仰向けにした。
「……これは」
後から来たエルマも息を呑む。流れるような黒髪に透き通った白い肌。この辺りの人種でない変わった目鼻立ちをしている。
「ねぇ、綺麗すぎる。妖精じゃないの?」
「いや。
「女の人なのかな?」
「さてな。それにしてもこんな人気のない所で倒れていたら、ゴブリンやリザードマンの餌食にされてしまうかもしれない」
レオンは黒髪を抱き上げる。ひょいと眉を上げた。
「あぁ、彼は男性だ」
「どうして分かるの?」
「そりゃ、抱き心地で…… あ、イヤ、ずいぶん鍛えた良い体をしている」
「キャー、イヤラシイ!」
エルマはギャーギャー言いながら、両手を上げて彼らの周りを歩き始める。野獣のように厳つい我が兄と、黒髪の美青年の絡み。ハッキリ言って彼女の大好物だ。いそいそと馬車の扉を開き、二人を招き入れる。
馬車の席にそっと身を横たえたところで、長いまつ毛が震え切れ長の目がパチリと音をたてた。
「あれ? チリさん、金髪にしたの?」
「おぉ、気が付いたか。言葉は通じるのだな。チリさんとは誰の事だ?」
「あ、そうか。ここはもう、異世界なんだよね。この乗り物は……」
「馬車よ。私はエルマ・シュルツ。貴方の名前は? どこから来たの? どうして倒れていたの? 本当に男なの?」
レオンと悠樹の間に、エルマが強引に入り込む。金髪の美少女に詰められれば、大抵の男は脂下がる所だが、悠樹は軽く引いてしまう。
「うわぁ、グイグイ来る娘だなぁ」
悠樹に対する興味を露わにし、胸倉を掴まんばかりのエルマをレオンは引き剝がした。
「俺の名はレオン。妹が済まない。どちらかというと人見知りな筈なのに、随分と君に興味があるようだ」
「僕は悠樹。東京 ……じゃなくて日本から来たんだ」
「ユーキ―? トウキョ―? 二ホン?」
エルマは小首を傾げた。レオンも不思議そうな顔をしている。悠樹は説明しようとして、口を開き、また閉じた。
「うん。僕、ユーキ。ここからかなり離れた、遠い国から来たんだ。ここは何処なの?」
……悠樹ことユーキは、説明をあっさりと諦めた。曖昧に頷いたレオンは、馬車の外に視線を動かす。昼下がりの森の奥から、ちらほらゴブリンなどの人外の影が見える。
「ダウツ国のウビイ近郊だ。人里から少し離れているから、モンスターが出ることもある。この辺りでの移動はパーティーを組むか、武装した馬車などの乗り物を使う。俺たちは近隣の城塞都市からウビイへ帰る所だ」
「凄く立派な馬車だねぇ。二人はお金持ちさんなの?」
レオンは苦笑する。
「返事のし難い事を聞く奴だな。まぁ確かに俺の家は資産家になるだろう。それよりお前、行き倒れていたが、どこか行く先があるのだろう?」
「それが無いんだ。悪いけどモンスターが出なくなるところまで、この馬車に乗せてくれると嬉しいなぁ」
「それは構わないが…… 街に着く頃には、日が暮れるぞ。泊まる当てはあるのか?」
「何も無いんだ。どうしようねぇ?」
ヘラヘラ笑うユーキを見て、兄妹は顔を見合わせた。
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