第3話 変な神様



 真っ白な世界。濃霧に覆われて数メートル先も見えない。不思議に明るい視界の中で、悠樹はペタリと座り込んでいた。バイクにひかれた瞬間は、しっかり覚えている。が、そこから先の記憶が無い。

「あれぇ、ここはどこかな? ……これは死んだかな?」

 これが噂に聞く、あの世なのかとキョロキョロしていると、不思議な笙の音が聞こえてきた。


 フォ~


 音のする方に歩いて行くと、ボロボロの神社が浮かび上がってきた。徐々に霧が晴れていく。

「……何だか昔のコント動画で、見た事があるなぁ」

 底の抜けそうな階段を登り、ガタの来た扉の中を覗こうとした瞬間、


 バタン!


 凄い勢いで扉が開き、悠樹の鼻柱に綺麗にヒットする。余りの衝撃に蹲る悠樹。高まる笙の音と共に、真っ白な着物を着たお爺さんが現れた。ボサボサの白髪と瓶底眼鏡。酒に焼けた赤い鼻を、プルプル震える指先で掻いている。

「痛ったぁ…… お爺さん神様?」

「……あんだって?」

 お爺さんは小首を傾げて、悠樹を見る。

「耳が遠いのかなぁ。お爺さんは神様ですかぁ」

「……何だって?」


 お爺さんは耳に手を当てて眉を顰める。仕方がないから立ち上がって、お爺さんの耳元で大声を出す。

「か・み・さ・ま・で・す・かぁ?」

 するとお爺さんはヘラヘラ笑いながら、片手を顔の前で揺らした。

「……トンデモねぇ。私ゃ、神様だよぅ」

「だめだこりゃ」

 絶対、昔のコントの悪ノリだ。話を聞くのに時間がかかりそうだと、悠樹はため息をついた。


「お前さん、苦労しなさったねぇ」

 一通りのお約束をこなした神様は、機嫌良く話し始めた。ここは悠樹たちが暮らしていた現実世界と、あの世の狭間であること。普通の人はここには来られないこと。ちょっと特殊なルールが存在すること。

「何だかラノベで良くある状況みたい。お話では綺麗で我儘な女神様が案内役になることが多いけど」

「そういうのが、良かったかの?」

 裕樹は苦笑いしながら首を振った。

「我儘な女の人は苦手。お爺さんの方が話しやすいよ」

「お前さんの見た目は、儂から見ても可愛らしいからの。女には苦労したろうて」


 フオッフォッと笑う神様には、悠樹の歩んできた人生はお見通しなのだろう。彼にその気がなくても、ヤンデレ気質の美女に刃物を向けられたり、ツンデレ女王様の配下に組み入れられそうになったり、女性に関して碌な思い出がない。


「ところで僕は、これからどうなるの?」

「それなんじゃがな。教えられることと、教えられんことがあるのじゃ」

「うわぁ。良くあるお約束だねぇ。何か超能力とか不思議な力を貰えるとか?」

「そんなズルはいかん。ただでさえお前さんは、どんな人間にも好かれるんじゃから、過分な能力なぞいらんじゃろ」

「……何か、損した気分。僕は死んじゃったのかなぁ」

「残念じゃが、それは教えられん。じゃが、行く先なら教えてやれる」

「え、天国に行けるの?」

「そうではない。お前さんの寿命は、まだあるからな。死後の世界ではなく、異世界に行ってもらう」

「剣と魔法の王国で、魔王を倒しに行くの?」

 神様はキョトンとした顔をして、悠樹を見つめた。


「ここで儂と話す人間達は、もっと情緒が不安定になっているもんだがなぁ。見た目よりも神経の太い奴じゃて。話しやすいからエエが、お前さん変わっているな」

 悠樹はヘラヘラと笑いながら、頭を掻いた。

「そんなに褒められても」

「褒めてはおらん。お前さんの知識で一番近いのは、中世ドイツ社会になるかの。妖精やドラゴンも居るぞい」

「えー、ドイツ語なんて話せないよ?」

「あぁそうか。じゃあ、言葉は通じるようにしてやろう」

「そんな力があるの?」

「そりゃそうじゃ。儂ゃ、神様じゃからの」

「じゃあ、他にも超能力を頂戴。空を飛べるとか、闇の扉を開けるとか……」

 悠樹は神様の周りをウロウロと歩き回った。ぼんやり立っている神様のヒゲを引っ張ったり、瓶底眼鏡を外して自分につけたりし始める。神様は舌打ちをして、メガネを取り返す。


「えぇい、ウザったい! 大体何じゃ。闇の扉を開けるってのは?」

「えぇ、神様なのに知らないの? 光と闇の世界を繋ぐ……」

「もうえぇ! 神様とて、人間のサブカルチャー全般に精通しておる訳ではないわ。そんなに元気なら、とっと行ってしまえ!」

 

 神様は大きく袖を振った。風がおこり木の葉が揺れる。小さなつむじ風が消えると、悠樹の姿も消えていた。神様は肩を竦めると、神社の拝殿へ戻り始めた。高まる笙の音色。

「さてさて。彼奴はやってくれるかのぅ」


 パタン


 神社のオンボロな扉が厳かに閉じた。

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