第6話 引越屋さん始動



 引越の現場は歩いて行ける距離にあるらしく、二人はブラブラと映画で見た中世ヨーロッパのような石畳の街並みを歩く。長かった冬が終わり、春の陽気な雰囲気が街を包んでいた。

「この街には引越屋さんは無いの?」

「引越屋って何だ?」

「家や事務所の家財を運ぶ業者だよ。ピアノとか大きな楽器や家具を専門にしている所もあるけど」

 レオンはアゴに手を当てて考え込む。

「聞いたこと無いな。この国では家や事務所の移動は、身内だけでやっている。大体、他人に家財を任せるなんて不用心だろう?」


「あ、そういう感じなんだ」


 シュルツ商会の事務所に到着する。現場は表通りの一等地で、様々な店が立ち並んでいた。三階建ての建物の三階一フロア全てが、事務所になっていた。

「階段が狭いねぇ。当然、エレベーターは無いか」

 ユーキは現場を確認して、ポツリと呟く。引っ越し先は同じ通りを10分ほど歩いた所にある一階部分だった。人手で運ぶか馬車などの乗り物を使うか、微妙な距離である。

「三階の荷物を全部出すわけじゃないんでしょう?」

「そうだな。事務所を広げる感じだから、荷物も半分位を移動させる予定だ」

「お手伝いの人数が僕を入れて十名かぁ」

 ユーキはブツブツ言いながら、空の事務所を歩き回った。

「荷物を運ぶ馬車は出せるのだよね?」

「問題ないぞ」

「じゃあ、一台出してくれる? 引越は僕の得意分野なんだ」

 ニコリと笑うユーキを見て、レオンは肩を竦めた。


 結論から言うと、三日かかる予定だったシュルツ商会の事務所拡張は、一日半で完了した。初めの半日は小物と書類の梱包・仕分けを徹底した。カールとハンナの指図で動かすものと残すものを分別してゆく。大小様々な木箱があったので、書類や本は小さな箱に、小物・食器類は大きな箱に入れるように指示を出す。

「どうしてそんな分け方をするんだ?」

「見た目より、紙って重いのだよねぇ」

 ギッシリと書類の入った箱を持ち上げて、レオンに持たせる。確かに見た目より、持ち重りがする。

「できるだけ一箱の重さを同じにした方が、沢山の箱を運ぶ時、疲れないんだ」


 小物の梱包が終わったら、家具の移動が始まる。ここでもユーキは重厚な机を一人で軽々と運び、他の作業員たちの度肝を抜いた。

「階段を使って大きな家具を下ろす時は、身体の大きな人が下で、小さな人が上ね。その方が家具が傾かないから」

 ユーキはニコニコしながら家具を下ろしてゆく。

「どうせ馬車が空いているのだから、梱包した箱を運んでおくか?」

 レオンの提案にユーキは首を振る。

「初めに大物家具の位置を決めた方が、効率が良いんだ。足元に不必要な小物があると、思ったより邪魔になるしねぇ」

 新しい事務所でも、カールとハンナの指示に従って、家具を設置していく。ユーキは大物タンスの足元に薄い木片を差し込み始めた。

「あらユーキくん、その木は何?」

「タンスの前面を少しだけ上げておくと、地震などで揺れた時に扉や棚が開きにくくなるんです」

「あらぁー、そうなの? よく知っているわねぇ」

 作業初日で大物家具の搬入・設置を終え、翌日の昼前に小物の分別を終えた。作業中は手の空くものが出ないよう、人員配置もユーキがさり気なく行っていた。


「……こんなに早く正確に、移動することができるとは。家具に傷一つも無い。ユーキ、非常に助かった」

 その日の晩。シュルツ一家とユーキは夕食を取っていた。カールは満足げにビールを吞み干す。

「本当にねぇ。仕事柄、荷物の輸送は家業みたいなものだけど、知らないことだらけだったわ。人の動かし方も上手いし、ユーキくんは凄いのねぇ」

「そんな事ないですよ。全部、先輩たちに教えてもらった事だし」


「そこで提案がある」


 カールは持っていたジョッキを置いて、ユーキを見つめた。

「君が言う引越屋は、これからの世の中で需要が見込まれる。行く宛てがないのなら、この街で引越屋を始めてみたらどうだろう?」

「えっー凄い! 商売ビジネスに渋いお父さんに見込まれるなんて!」

 エルマは両手を上げて大声をあげる。カールはエルマに渋面を向けた。

「商売に渋いはないだろう、渋いは。しかしユーキの経験と実力は、十分商売になると思う。しばらくはレオンと一緒に行動してみないか?」

「何だかすいません。できることからやってみます。早速カールさんに、お願いがあるのですが……」

「何かな?」

「引越にお金を使えるような、お金持ちのお客さんを是非紹介してください」


 カールとレオンは苦笑する。確かに技術があっても、顧客がいなければ商売にはならない。ボンヤリしているようで、商売の核心を突く発言をしたユーキを、カールは密かに見直した。



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