第34話 真実とは

 愛菜はそういえばここ数日の間、母の態度が少しおかしいとはと思っていた。週末に自分が、真一郎に会うとわかってからは妙によそよそしいからだ。


 何を言っても「そうね」とか、「それでいいんじゃない」とか、まるで他人事のような空返事なのである。それが今、その意味が愛菜にはようやくわかってきたような気がした。


 母も母なりに、悩んでいたのだろう。その母が昔、愛した人に娘が会いに行くのだから。しかし、母は自分が昔の母の恋人に会うのに、なんで自分に本当のことを言ってくれなかったのだろうか?


(愛菜がこれから会おうとしている人は、私が昔愛し合った人なのよ)となぜ言ってくれないのだろうか? 一言で良い、そうすれば自分の心も少しは対応出来たはずなのに。本当に私が真一郎さんと合うのが嫌だったら、止めてくれても良いのだ。しかし、それもしなかった。ずっと胸中に秘めていたことを、娘にはそのことを言えなかったのだろうか? 本当に、相手の真一郎から(深く愛し合っていた)と聞く前に本当は母の口から言って欲しかった。今はそう思っていても、後で母の本当の気持ちがわかれば、自分なりに納得することが出来るのだろう。


 そんな母の気持ちを知りたい……。

「あの、真一郎さん」

「はい、愛菜さん」

「今まで母は、真一郎さんのことを一度も口にすることがありませんでした」

「そうですか」

「真一郎さんは、なぜだと思いますか?」

「さあ……そうですね。おそらく言いにくかったのではないでしょうか」

「母が、貴方と愛し合っていたからですか?」


 愛菜が真一郎を見る目は真剣だった。その目に真一郎は愛菜の気迫を感じていた。

「そうかもしれません」


「こんなことを、真一郎さんに聞いていいかどうかわかりませんが。もしよければ教えて欲しいのです」


「はい。私で話せることであれは……」

「おそらく今までのことを考えてみると、母からは何も教えてくれないと思いますので」

「なるほど。どんなことでしょうか?」

「お二人が別れられた理由です」


「ええ。ここで私が言ってもいいのかどうかですが、愛菜さん。貴女には母親の房江さんの娘として知る権利があるのでしょう。では私のわかっている範囲でお教えしましょう」


「はい。お願いします」


「別れる話をする前に、私たちが知り合ったころからのお話からしなければなりません。私が若かったころですが、私は営業していたので、その関係でいろいろな会社を訪問していました。そのとき、私は取引先の会社の受付係をしていた貴女のお母さんの房江さんと出会いました」


「はい」


「私は何度も仕事でその会社に足を運ぶ度に、感じが良くて美しい彼女に一目ぼれしてしまったのです。そんな私に彼女も私に好感を持ってくれたらしく、何回か目でようやく私は彼女をデートに誘うことができました」


「そうですか」


「それから、私たちは付き合い始めたのです。そのうちに二人の恋は深まって行ったのです。私は彼女と結婚するつもりでしたから」


「あの、こんなことを聞いたら失礼なのでしょうか?」


「いえ、どうぞなんでも聞いて下さい。あなたのお母さんとの事ですから、聞きたいことはたくさんあるでしょうし」


 真一郎が愛菜を見る眼は優しかった。




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