第33話 母とその人との関係

 今、株式会社・浦島機器製造の常務取締役になっている真一郎は週末の喫茶店で、東堂愛菜という若い女性と会っていた。


 いつも忙しい彼が昼間から喫茶店に来るなどという事は珍しい。店の中から外を見ると明るい日差しを受けながら若い女性たちが楽しげに歩いている。

 流行の服を着て、まるで誰もがモデルのような出で立ちでいるのだ。自分の前には、そんな彼女たちと同じような愛菜がいる。


 真一郎は、若いこの女性が、昔、自分が愛した女性の娘だと思うと不思議な気持ちになってくる。そう言えば、なんとなく彼女は鮎川房江によく似ていた。顔の輪郭は勿論のこと、目鼻立ちもそっくりである。当時の房江は、どこから見ても隙がないほどの美しさだった。


 今、彼女はこの愛菜という娘を生んで、どう変わったのだろうか?

 あの昔のままの美しい房江のままでいるのだろうか……それとも、落ち着いたしっとりとした女性になっているのだろうか。


 昔、抱き合ったとき、白い陶器のような白い肌を愛でるとき、ほんのりと色づく肌の温かい感触を、その手を今でも思い出されてくる。

 愛しい人。好きだった人。


 もう二度と逢わないと思った人。逢えないと思った人。その娘が自分の会社にいたとは。こんな身近にいたとは。真一郎は何か運命的なものを感じていた。

 

 愛菜も美しい、血は争えないものである。彼女の顔の輪郭や仕草、例えば横を向いた時の鼻や、頬の感じがよく似ている。思わず昔の房江をいやが上にも思い出してしまう真一郎だった。


「あの、事業部長さん」

 愛菜のその言葉で真一郎はふと我に帰った。それは、愛菜の顔を見つめながら、昔の房江とのことを思い出していたからである。


「あぁ、これは失礼。何の話だったかな」

「いやだ。事業部長さん、たら……」

思わず愛菜は笑ってしまった。

「あ、いや、ごめん」


 照れながら頭を掻く真一郎に、愛菜は微笑む。どうやらこのアクシデントで、愛菜の張りつめた気持ちが少し和らいだようである。


「事業部長さんと母とのことです。どういうことでしょう。聞きたいです。私に関係があるのでしょう? ぜひ知りたいです」


 愛菜は、ふた周りほど歳が離れている真一郎と向かい合い、ようやく緊張が取れたようである。

「私のことは、事業部長でなく、真一郎と言ってください」

「分かりました。そうお呼びしますね。真一郎さん」


「ありがとう。それで良い。実はこの間、貴女の家に電話をかけたのです。貴女に会ってぜひお詫びしたいという話をね。貴女は仕事でいませんでしたが、それであなたの電話番号を教えてもらいました」


「そうですか」

「その後に、貴女のお母さんが私の名前と声を覚えていて」

「はい。それで?」

「懐かしいです……とね」

「では、真一郎さんと母は前に知り合いだったのですね」


「そうですよ。もう回りくどい言い方やめましょう。私たちは愛し合っていた仲なんですよ。愛菜さん」


「ええっ? 本当ですか」

「はい」

「では、では……私が会社にいたころ、それをご存じだったのですか?」

「いや、貴女が会社を辞められて、それから調べた時に分かったのです」

「知りませんでした。母と真一郎さんがそんな関係だったとは……」


 真一郎に淡い気持ちを抱いていた愛菜にとっては、それは衝撃な出来事だった。思わず目が眩むような衝撃を受ける愛菜だった。


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