第35話 別れた理由

 彼は、まるで自分の子供に話しかけているようである。


「ありがとうございます。それほど愛し合っていたのならば、身体の関係もあったのでしょうか?」


「あはは、愛菜さん。ズバリ聞いて来ますね。そうですね。愛し合っている恋人同士なら当然でしょう。深く愛し合いました。彼女の部屋の中でね……何度も何度も激しく。裸で。貴女のお母さん私を欲しがりましたから。あっ、いや! こんな話は貴女には毒だったかな」


 真一郎は愛菜に語りかけながら、激しく愛し合ったあのころを思い出していた。忘れようとしても忘れられないあの人。いまでもあのころの白く眩しいような房江の裸身を思い出す。


 その娘が目の前にいる。愛菜をみながら一瞬、彼は房江によく似ている愛菜をみて錯覚していた。愛菜を見つめている真一郎の残像には房江がいる。


 目の前に房江がいて自分を見つめているような気がした。思わず洩らした本音、その心を……。


「房江……逢いたかったよ」

「えっ!?」


 愛菜は真一郎が言っているその意味が始めは分からなかった。愛菜のその驚く顔を見て我に返った真一郎自身も驚いている。


「あっ! あ……こ、これは失礼!」

「は、はい……」


 愛菜は真一郎の言葉にどう返していいのか分からなかった。


「あまりに貴女が房江さんに似ているので、我を忘れてしまいました。ごめんなさい」

 いつも冷静な真一郎にしては珍しく額には脂汗が滲んでいる。しかし、愛菜は嬉しかった。過去の話だとしても、彼が今でも大好きな母のことを想っていることを知り嬉しかった。


「いいんです。真一郎さんが母を好きだったということが分かりましたから」

「そうですか。有り難う」

「母が真一郎さんと……今でも信じられない気持ちです。でも、嬉しいです。母を愛してくれたのですから」

「安心しましたよ。でもそれからあとがあるんです」

「えっ?」


 それで終わりと思っていた続きがあるなんて、愛菜には想像できなかった。

「それから、或る日を境にして房江さんは急に私のところから去っていったのです」

「えっ?」

「その理由を告げずに、いまだに私には分かりません。彼女の本当の心が」

「そんな……」

 

 愛菜は今までの話から、真一郎と母との甘いことを想像しながら、心ときめかせていた。しかし、母が彼から理由も告げずに突然去って行ったことを聞いて不安になり、衝撃を受けていた。

 

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