第55話 私の出逢った名探偵 7

「それにしても、この家は防音がしっかりしてるんですなあ」

 中間刑事が天井を見上げながら、そんなことを言い出した。

「リビングや食堂を囲むようにして各部屋がある。なのに、誰もリビングでの異変に気付かないとは」

「全員の共犯と言いたいんですか」

 房村が気色ばむ。彼も警察相手では、サングラスを外していた。

 首を大げさに横に振った中間。

「いやいや。そんなことは考えておりません。全員共犯なら、こんな家の中に遺体を放置せず、目の前の湖に浮かべた方が、疑われずにすみますからな。恐らく、皆さんお酒が入って、ぐっすりと眠られていたんでしょう。犯人を除いて」

「どっかの窓でも、開けておけばよかったな。そうしたら外部犯説を唱えられたのに」

 楠田が吐き捨てた。中間刑事はそれを聞き流し、思案げに顎をさすった。

「それでは次に、お一人ずつ、話を伺わせてもらいます。動機について、調べたいのでね」


 全員からの聞き取りが終わり、我々四人はひとまず解放された。家族等への電話連絡は今しばらく待ってくれと禁じられたが、仲間内で話をすることは認められた。

 四人だけの空間を作り、真っ先に確かめ合ったのは、動機のこと。もはや遅きに失しているであろうが、それでも誰がどれだけ喋ったのか、把握しておきたかった。

 その結果、楠田以外は、自分のことを正直に話したと分かった。さらに、楠田が遠藤に希少動物の違法輸入で糾弾されたことを刑事に話したのは、私だけだった。

「すまない。隠しておくと、かえってまずいと考えたんだ」

「……しょうがない。俺もいずれ、言うつもりだったしな」

 こうべを垂れると、楠田はあっさり許してくれたので、ほっとする。

「俺も謝らないといけない」

 何も言わない内から、房村が楠田に頭を下げた。

「な、何だよ。おまえら。気味が悪いな。早く話せよ」

「あのことも言っておいた方がよかろうと思ってな。ほれ、おまえが学生時代、遠藤と付き合ってたこと」

「あ、それなら私も」

 吉口が続いた。私も喋っていた。

「じゃあ、俺がふられたいきさつまで話したってか」

 代表する形で、吉口が黙って首肯した。

 楠田は学生時代、遠藤とのデート中にもかかわらず、雨のどぶ川に落ちた子犬を助けるため、躊躇なく飛び込んだというエピソードの持ち主だ。これを聞いた当時、呆れてしまった。しばらくしてから、二人は別れたと耳にして、恐らく、遠藤も楠田の行動に着いていけないと感じたのだろう。

「話してもよかったよね?」

「仕方あるまい。俺だって、付き合ってたことは刑事に言ったさ。ただ、ふられたいきさつまではなあ。まあ、仕方ない。ああ! 思い出すと、腹が立ってきやがった」

「どうしたんだよ。今さら」

 私が気に掛けると、楠田は頬をひきつらせるような仕種を見せた。無論、故意にやったのではなく、勝手に筋肉が動いたのだろう。

「あいつの俺をふった台詞が奮っていてな。どぶ川に飛び込んだ男となんて、臭くてできないと言ったんだよ」

「……」

 発する言葉がない。吉口なんて、両手で口を覆って、目を一杯に開いている。

「どぶ川と肌を合わせているような気になるんだろ。一度想像してしまうと、心理的に我慢できないタイプなんだなと思って、俺もあきらめをつけたさ。だが、今になって思うと……いや、ここらでやめておくよ」

 自嘲気味に笑い、楠田は首をすくめた。

 四人での話が終わり、部屋のドアを開けると、待ちかまえていたかのように中間刑事と地天馬が姿を現した。廊下での立ち話となる。

「依然として道路の復旧は目処が立っておらず、引き続き私が取り仕切ることになります。皆さん、この別荘及び敷地内に留まってくださるよう、お願いします」

「逃げたら、犯人と見なされるんですね」

 楠田が皮肉っぽく聞いた。先ほどの吐露が頭に残るだけに、私としても楠田が何を考えているのか気になる。

「怪しむことは確かですよ。まあ、予定ではお帰りは明日なんでしょう? ぜひ、捜査に協力してもらいたいのです」

「分かりましたよ。俺は異存ない」

 私達も楠田と同感だった。刑事は感謝しますとだけ言った。

「僕は一端、ペンションに帰らないといけない」

 地天馬が言い出した。さっきよりは、丁寧な口ぶりになった気がする。

「チェックアウトの必要があるんです。今日、帰る予定だったのが、道路が塞がって、どうしようかと思案中なんですが」

「……」

 私達は互いに横目でちらちらと見やった。

 地天馬の言い種が、今晩泊めてください、と聞こえたからに他ならない。

「この別荘は貴子の物だから、私達では何とも言えませんが」

 吉口は遠慮がちな口調ながら、ゆっくりと意思表明をした。

「刑事さんにとっても、信用できる人が多い方がいいんでしょう? だったら、地天馬さんも泊まればいいんじゃないでしょうか」

「これはありがたい申し出だ」

 中間刑事は地天馬を、どう?という風に見上げ、返事を催促した。

「事件解決のためということで、必要が生じれば、泊めさせてもらいますよ。皆さん、どうもありがとう」

 軽く頭を下げた地天馬は、善は急げとばかり、玄関に向かった。ペンションを早々にチェックアウトし、こちらに移るつもりらしい。

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