第54話 私の出逢った名探偵 6

 私の返事に、楠田と吉口もうなずく。

「それならご存知ないのも無理ないか。昨夜、地割れがあって、山道の一部が通行止めになりましてね。警察もすぐには来られないでしょう」

「え、そうなんですか」

「まあ、通報はしておかないといけない。私の方からやっておきます。電話、ここのをお借りしたいんですが、上がってかまいませんね?」

 おかしな展開だと思ったが、こうなれば従うほかあるまい。全然見知らぬ刑事達よりも、中間に調べてもらう方がましのような気もする。

 地元警察への知らせをすませると、中間は、一時的に自らが現場保存と初期捜査を行うと宣言した。

「早速ですが、現場を見せてください」

 中間の案内は楠田に任せた。あとで考えると、第一発見者の吉口の方が適任だったかもしれないが、彼女はまだ気分が優れないようだから、外した。

「冷蔵庫はどちら?」

 地天馬が突然そう言って、やっと別荘内に上がり込んだ。

「れ、冷蔵庫?」

「ええ。これと魚料理を仕舞っておかないとね」

 言いながら、紙袋を掲げ持ち、さらには廊下の片隅に放置されたタッパーを示す地天馬。

 吉口が慌てて紙袋を受け取り、タッパーを抱える。だが、彼女には重すぎたようだ。一度に運ぶには無理がある。

「僕が」

 地天馬はいち早く申し出て、紙袋ごと酒類を再び手にすると、板張りの廊下をすたすたと歩き始める。

 私達同様に吉口も呆気に取られた様子で、しばしの間、行動停止状態だったが、やがて「あ、そこを左です」と叫び、タッパー小脇にあとに続いた。

 何者なんだ?という興味が湧いた。中間刑事は彼のことを、捜査に携わる者だと言った。意味が飲み込めない。

 私は冷蔵庫のある台所に急いだ。すると、地天馬と吉口の二人がもう出て来るところだったので、危うくぶつかりそうになる。

「僕も現場を少しだけ覗かせてもらおうかな」

 そんなことをつぶやきながら、ざわめきで位置を見当付けたのか、リビングへ足を向けた地天馬。

「あ、あの。地天馬さん。あなたは何者なんです?」

「そういえば、捜査に携わる者、と説明されたな」

 立ち止まり、独り言のように地天馬は言った。

「あながち、的外れではないが、分かりにくいのが難だ。端的に言うと、僕は探偵だ。それもどうやら、生まれつきらしい」

「探偵……」

 その単語だけで充分、目を開かされたが、直後に続いた「生まれつきらしい」で、より一層困惑の深淵にはまりこんだ。

「さて。あなたは作家だったね。名探偵には作家、つまりはワトソン役が付き物だ。一緒に来てくれるかい?」

 きっと冗談だったのだと信じたい。だが、このときの私は圧倒されて、地天馬の後ろをひょこひょこ着いていった。吉口も遅ればせながらあとに続く。

 リビングに入ると、中間刑事が手帳を開いて、いかにも捜査しているのだぞという空気を発散していた。

「これで皆さんお集まりですな。ご遺族には連絡しましたか?」

 指摘を受け、すっかり失念していたことに気付く。ひどい話だ。中間刑事が伝えてくれることになった。今はそうしてもらえるのがありがたい。

 電話をすませると、中間刑事はいよいよ本格的に行動を開始した。

「事情をお聞かせ願いましょう」

 個別にではなかったが、順番に話を聞かれていった。遠藤の遺体が発見されて以降の流れが、明らかとなる。

 刑事は次に、昨夜の行動を調べ始めた。最後に遠藤を見たのは誰か、いつか。不審な物音を耳にしなかったか等々。

「あの、中間刑事。あなたの見立てでは、これは事件ですか、事故ですか」

 吉口が辛抱しきれなくなったかのように、突如質問をした。

「何とも言えませんが、倒れ方が不自然なことと、夜中にリビングに一人で出て来る理由を考えづらいことを合わせると、事件である可能性が高いんじゃないかというのが、私の印象ですな」

「で、でも、殺人じゃありませんね? 傷害致死とか過失致死とか」

「いや……私は法律家ではないから断定的なことは言えないが、殺意があれば、殺人とみなされる場合もありましょう。突き飛ばす行為は、微妙です」

「……私達の中に犯人がいると?」

「折角知り合えたのに、残念ですが、そう考えざるを得ない。今名乗り出れば、自首が認められますよ」

 中間は真面目な調子で、我々を見渡した。当然ながら、誰も名乗り出はしない。静けさが強まった。

「皆さんの話を総合すると」

 地天馬が口を開いた。

「遠藤貴子さんがここで倒れ、頭を打ったのは午前二時半から七時といったところでしょう。彼女を最後に見掛けた人が三人もいるのだから、これに間違いはない」

 あのあまり楽しくない雑談は、午前二時半頃に散会となり、私達はそれぞれの部屋に入ったのだ。ちなみに私がブランデーを頂きに起き出したのは、およそ三時で、二十分ほどして部屋に戻り、眠りについたと証言した。

「私の証言は、単独だから信用してくれないという訳ですか」

「ええ。あなたの証言を信じると、犯行推定時刻が三時二十分から七時までに縮まるが、やはりこの状況では、単独での証言は弱い」

 断定した地天馬の横で、中間もうなずいている。この地に来て知り合ったにしては、地天馬と中間の信頼関係は強いようである。普通、探偵と言えば警察からは疎んじられる存在だと思うのだが。

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