第51話 私の出逢った名探偵 3

「……何でそう思う?」

「特徴を聞いたし、あだ名が“RYO”だって現地の人が言っていたわ。日本で大きな顔をしてるギャンブル評論家が、外で大負けしているなんて、笑っちゃうと言うよりも、情けなくなったわ」

「別にいいだろ。日本はまだまだギャンブル後進国さ。俺ぐらいがトップでちょうどいい」

 自虐的な物言いのあと、同じく自虐的な笑みを浮かべた房村。こういうときは、サングラスがよく似合う。

「でも、大げさに言えば、日本の恥よ」

 酔っ払っているのだろうか。遠藤の口は、今日は特に悪いようだ。それとも普段がこのレベルになったのかもしれない。久方ぶりの再会故、分からない。

「恥と来たか」

 静かにつぶやく房村。グラスを握る手がかすかに震えたが、感情の爆発はこらえられたようだ。

「ギャンブル自体、恥のように見なすところがこの国にはあるよな。何故だか、泡銭を嫌う。賭け事だけじゃない。株式しかり、宝くじしかり、儲けた奴を浅ましい目で羨むのさ。いや、君のような成り上がり者も嫌われるよな」

 グラスを持った手で遠藤を示す房村。

「何ですって。言うに事欠いて、成り上がりだなんて」

「俺が言ったんじゃない。世間がそう見るって言ってるだけだぜ。怒るってことは、自覚あるんだろ?」

「あなたねえ、使ったお金の穴埋めに、何やら怪しいことに手を出してるようだけど?」

「よさないか」

 楠田が両手を横に広げ、たしなめる。

「久しぶりに会ったと言うのに、これじゃあ、酒がまずくなる」

「あらら。悪いんだけど、やめないわよ。楠田君、あなたにも聞きたいことあるんだからぁ」

「……やめろと言っても聞かないんなら、聞こうじゃないか」

 楠田が両足を広げると、太股に両肘を載せ、手でグラスを挟み込む風にして持つ。氷が音を立てた。

「今の内に全部吐き出し合えば、明日には忘れられるだろう」

「それじゃ、遠慮なく。やっぱり外国で聞いた噂よ。単刀直入に言うと、楠田君、輸入禁止動物に手を出してるでしょ」

「な……」

 絶句する当事者。私も言葉をなくした。房村の件よりも深刻な話のようだ。

「我々が聞いていいのか」

 思わず、そんな台詞を口走り、私は房村と顔を見合わせた。

「いいのよ。親友でしょ、私達。隠し事なしで行きましょう。志保がいない今が、ちょうどいいタイミングなんだし。――どうして知ったのか、不思議そうな顔をしているわね」

 底意地の悪い笑顔を楠田に向けた遠藤は、実際にくすくすと声を立てた。顎を天井に向けてグラスの中身を干すと、さらに言葉を重ねる。

「宝石をお買い上げになるお客様の中には、多趣味な人もいてね。お金持ちだから、使いたくなるのかしら。珍しいペットを欲しがる人もいるみたい。そんな人の話を聞くと、一人の日本人の名前がよく出て来る。楠田君の名前じゃないわよ。でも、ちょっと興味があって調べてみたら、あなたのお店とつながりがあるじゃないの。表向きはペット用品の原材料を調達する会社だったけど、すぐにぴんと来たわ」

「ニーズに応えただけだ。絶滅に手を貸すような無茶はしていない。売る相手も慎重に選んでいる」

「昔はあんなに純粋な動物好きだったのが、今は金儲けの道具って訳ね」

「見解の相違があるようだ」

 険悪さが増す。裏を明かせば、二人は学生時代、短い期間だが付き合っていたことがある。別れても友人関係が壊れなかったのだから、安心して見ていたのだが、これでは恨み言の一つも噴出するかもしれない。

「その辺でいいだろう」

 私は薮蛇になるのは覚悟の上で、仲裁に入った。恐らく遠藤は、私に対しても何らかのネタを掴んでいる可能性が高い。さっぱり見当が付かないが……。

「君も告発するつもりはあるまい?」

「まあね。ただの憂さ晴らしみたいなもの。それじゃ、いよいよ最後に取り掛かりましょうか」

 案の定、遠藤は私に照準を合わせてきた。身構えると、全身に力が入る。

「私のこと、勝手にモデルにしないでもらいたいわ」

「はあ?」

 予想外の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような、とはこういうことかとよく分かる。

「とぼけないでよ。デビュー作の『紫陽花の咲く頃』に出て来た浅木久美あさきくみって、そっくりそのまま私じゃない?」

「そっくり? フラワーアレンジメントの講師見習いの女性という設定だぜ」

「花と宝石を置き換えただけよ。あとはそっくり。容貌から性格から、何もかもね。境遇まで一致してる」

「え? ということは……君、母親がいないのか」

「白々しい」

 思わず相手を指差してしまったが、そんな自然に出た態度さえも、遠藤には芝居と受け取られた。これはかなわない。

「散々酷い目に遭わせて、犯人かと思わせといて、最後でハッピーエンドになったから、まあいいけれど。あれを読むの、本当に辛かったわ」

「偶然だ。境遇のことなんか知らなかった」

「とぼけないで認めたらいいのよ。モデル料をよこせって言ってるんじゃないんだし。その代わり、あの作品を絶版にしてもらいたいの」

「絶版? 馬鹿な。冗談だろ」

「お生憎様。本気も本気。私の人生が切り取られて、人目に晒されてるのって、堪えられないのよねえ」

 妄想が入っているとしか思えない。アルコールが抜ければ、覚めてくれるだろうが、問題なのは今の彼女をどうするかだ。

「絶版が無理なら、全面的な書き換えっていうやつでもいいわよ。そうねえ、フラワーアレンジメントという職業はそのままでいいから、あのヒロインの容貌、年齢、その他諸々を全て別の設定にし直して書くの。もちろん母親も健在」

「できる訳ない。受賞作にそんなに手を入れられないよ」

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