第50話 私の出逢った名探偵 2

「凝ったのなら、今やってくれよー」

 楠田が子供っぽく言い、作り笑いを浮かべた。吉口はしばし考える風に目を寄せ、やがてため息をつく。

「『こり』違いですっ。昼間知り合ったあの人達に電話して、頼めばいいじゃない? 麻雀が好きそうな顔をしていたわ」

「そうかな」

 昼間知り合ったあの人達とは、この別荘の近くにあるペンションの泊まり客二人のことを差す。ともに男性で、一人は若い感じ(と言っても我々と同世代だろう)の異国要素が多少混じった二枚目。もう一人は五十代手前の、愛嬌のある顔をした釣り人。この二人もここに来て知り合ったそうで、釣りをしていた中年男性に、若いのが声を掛けたらしい。そんな彼らに、さらに私達が近付いたという成り行きだった。

「きっとそうよ。あの背の高い人はともかく、釣りをしていた人は絶対にそう。部屋番号、聞いてたでしょ。私、一応、メモをしたんだから」

 手帳を取りに部屋に向かおうとする彼女を、私は呼び止めた。

「確かに、明日昼にバーベキューをやるから遊びに来ませんかって言ったけれど、それは社交辞令ってやつだろ」

 そうして、社交辞令を発した別荘の持ち主へと視線を転じた。

「あら。私は大歓迎よ。はっきり言って、ペンションなんかよりは、ここの方が快適。自信あるわ。距離は近いんだし、予定を早めて呼んでみたら?」

「……やれやれ。ここの主人たる君がそう言うのであれば、口出しする立場じゃないなあ」

 私はあきらめ、椅子に座り直した。

 人見知りする質ではないし、あの若くて背の高い男とは、もう少し話がしたいなと思わないでもない。だが、初対面の人を麻雀に引き込むのは感心できなかった。と言うよりも、私自身が嫌なのだ。少額と言えども金の絡んだゲームを、よく知らない相手とすべきではないと思う。

「電話、誰がする?」

 手帳を持って戻って来た吉口が、当該ページを開いたまま、他の者を見つめる。吉口は我々の中では人見知りする方だった。

「じゃ、俺が」

 ソファからむっくりと起き上がり、房村は手帳を受け取った。ペンションの電話番号を遠藤から教えてもらうと、電話機の前に立つ。部屋番号を確認する風に口の中で繰り返してから、送受器を持ち上げ、ダイヤルし始めた。部屋番号の数から言って、先に若い方の部屋に掛けるつもりだと知れる。

 程なくしてつながり、二、三のやり取りがあって、不意に房村が叫んだ。

「え! あの人が刑事?」

 刑事と聞こえて、私達四人もびっくりした。電話機のある方向を注視する。どうやら、釣り人は刑事が本職らしい。

「はあ、そうですねえ。あの人を誘うのはやめておきます。そうとなれば、チテンマさん、来てくださいませんか。お願いしますよ」

 あの男はチテンマという名前らしい。変わった名字だ。どんな漢字を当てはめるのだろう。普天間なら聞いたことがあるが。

「は? ああ、言われてみればそうですかね。あなたを誘って、あちらを誘わなかったと知られたら、変に勘ぐられかねない……。刑事さんが酔って熟睡してくれてたらいいんですがね。そこまでは分からない? それはごもっとも」

 交渉は難航の模様だ。ひょっとすると、チテンマ氏自身も麻雀が好きでないのかもしれないなと思う。麻雀が好きなら、刑事の存在など放っておいて、ここに駆け付けておかしくない。

 最終的に私の予想通り、誘いを断られてしまった。代わりにという訳でもないが、明日の朝九時頃に刑事と連れだってお邪魔するとの話がまとまった。

 この夜は結局、遠藤に充分なハンディを付けることを条件に、入ってもらった。勝敗については記すまい。覚えていないのだ。


 午前〇時を回って、学生時代と違ってあまり無茶も利くまいということで、麻雀そのものはお開きになった。

「私はそろそろ休まないと、保ちそうにないわ」

 半日、こまめに働いてくれた吉口が、最後の食器洗いをしたあと、そう言った。

「あら。このあと、かーるくトランプでもしようと思っていたのに」

 爪を気にしていた遠藤が、それをやめて吉口を見上げる。

「トランプなら好きだったでしょ?」

「そうだけど、もう眠くって。急に疲れが出たみたい」

 目をこすりこすり、吉口。その様子を見て、私は口を挟んだ。

「無理に引き留めても仕方がない。色々してくれてありがとうな。明日は、いや、もう今日か、今日は志保のために使うとしよう。な?」

 同意を求めると、他の三人もうなずいた。

 でも当人は「気を遣わなくっていいって」と笑った。

「みんなと久しぶりに一緒にいるだけで楽しいし、家事が習慣みたいになってるから。――とにかく、今はお休みなさい。また明日ね」

 欠伸を手のひらで隠しながら言うと、彼女は与えられた部屋に向かった。

「どうする? トランプ?」

「やめましょ。今やっちゃうと、志保がいるときには飽きてしまってる」

 鶴の一声で、トランプは延期。グラスを傾けつつ、昔話と近況報告に花を咲かせる形になった。

「ねえ、房村君。テレビや雑誌に出るようになって、だいぶ羽振りがよくなったようだけれど」

「まあね。親の遺産を食いつぶしつつ、ぼちぼちやってる。テレビは案外安いな。雑誌で文章を書き飛ばした方がよほど実入りがいい」

「そんなことはどうでもいいのよ。海外への買い付けに同行したとき、ちょっと変な噂を耳にしたのよ、私」

 意味深に目を細める遠藤。房村は無言でグラスの縁に唇を当てた。遠藤はやや大儀そうに身を乗り出した。

「破産じゃないかってぐらい大負けした日本人がいたんですって。何百万、何千万どころじゃなく、何億っていう単位で。あ、もちろん向こうの通貨単位だけどね。これ、房村君でしょ?」

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