第44話 溶解する屍 23

「そんな話もしたかもね」

「思惑通りにやって来た飯田達を、あなたや定氏らは捕獲した。準備万端だったから、苦もなくやり遂げたことでしょう。そして全員を地下室に閉じ込めた」

「車はどうしたのかしら」

「恐らく、三人のお手伝いが夜の内に運転し、どこか近場に一時的に移したんだ。それから、館に残った福井君達を相手にゲームを続行し、イベントが終わると送り出した。ここからが本当の復讐だ。まず、本館で飯田と幸田を殺害。あとで交通事故の果ての転落死に見せかける計画だから、殴る蹴る、あるいは高所から突き落とすといった方法が考えられる。死亡を確認後、遺体をそれぞれの車に運び、改めて出発。転落事故を装った」

「交通事故死ならまだしも、餓死に見せかける方法なんて、あるかしら」

「いくつかの方法が考えられるが、地下室という格好の監禁場所があるのだから、恐らく……山城夫妻を閉じ込めたまま、まともな食べ物を一切与えなかった。山にある木の実や草や木の皮をわずかにやり、水も山の水たまりから汲んできた物を使ったのかもしれないな。そうして弱らせた二人を、やはり高所、階段から突き落とすなどして痣や傷を作る。あとは同じだ。餓死を確かめてから、現場まで車で運び、森の奥に遺棄した」

 一流モデルにして当館の女主人は、声による反応を示さなかった。目だけが動いて、地天馬を見る。しばらくして、おもむろに口を開いた。

「私やお手伝い、定さんは登場したけれど、枝川監督の役がなかったようね」

「枝川氏は、福井君達、無害な参加者を監視する役だったんでしょう。飯田達に感づかれないよう、カムフラージュのために招いた人々に、万が一にも計画を気付かれたり見られたりしてはいけない。動向を見張る人物が必要です。当てはまるのは、枝川氏しかいないようだ。福井君に好きなように推理させつつ、要所では手綱を引いてストップを掛けたり、状況を予定した方へと向かわせたりしていた。幸田が車で夜中に帰ったなどというのも作り話めいている。それに、水溶紙製の人形を調達したのは、枝川氏の伝じゃないかな。アイディアは定氏で、技術は枝川氏が請け負ったとすれば、相当に精巧な代物に仕上がったに違いない」

「……それでおしまいですか」

「話は終わりですが、あとは地下室を見せてもらわないといけませんね。飯田達が十六年前の事件の犯人である証拠が、そのまま放置されているとは考えにくいが、先日あなた達がやったことの痕跡は残っているに違いない。ヒントのみとは言え、福井君に地下室の存在を知らせたのがあなたのミスです」

「私が地下室を見せるのを拒絶したら? 証拠がないまま、退散ですか?」

「僕は、あなたを必要以上に追い詰めたくない。警察の力も借りたくない。本心を言えば、地下室を見ることなく、あなたが認めてくれるのを待ちたいと思う」

「情に訴える作戦ですか」

 鼻で笑おうとして、できなかったらしい。横木琴恵は、くすんと鼻を鳴らすだけにとどまった。

「そこまで思ってくれるなら……もしも、地天馬さんの推理通り、私達が復讐のためにやったのだとしたら、見逃してくれないかしら」

「はん。北極でかき氷を売るくらい無理な相談ですね」

 気分を害されたとばかり、大きな動作で肩をすくめた地天馬。

「あなたはこの十六年間、復讐に全てを捧げてきた。心の底から楽しめず、本当にやりたいことから目を背け、恐らく、生ける屍みたいなものだった。それ故に、氷華と呼ばれる冷たい笑み、屍の笑みしかできなかった」

「かもしれない。おかげでモデルとしての名声を得た訳よ」

「違う」

 断定した地天馬。モデルの表情が、かすかに揺らいだ。

「復讐の思いを遂げ、屍の笑みは溶けた。本物の笑みを浮かべられるようになった。それでもあなたの評価は変わらない。それどころか高まっている。復讐を遂げずには本物の笑みを取り戻せなかったことが、残念でならない」

「……詭弁が上手」

 横木琴恵はかすれ声で答えると、再び顔を背けた。指先で目元を拭う仕種を見せたかと思うと、急に向き直った。そこには笑顔があった。私が今日これまでに見たのとは違う、氷の華が。

「地天馬さん。ゲームをしません?」

「軽々しく返事できる問い掛けではない」

「私の得意な消失で、あなたと勝負してみたくなったのよ。種を見破ることができたら、あなたの推理を認めるわ。見破れなかったら……地天馬さん達三人に、この地下に入ってもらおうかしら。そして、外から鍵を掛けるの」

「僕は無駄な賭けに乗る質じゃない。不本意でも、このあと警察に協力を仰げば、犯罪の証拠を見つけ出せる。それに」

 地天馬は、確認するかのように、相手の顔を覗き込んだ。

「たった今、あなたは元の屍に戻ったようが気がする。ゲームを認めると、自ら命を絶って、この世界から消失するつもりではないかと、不安でならない」

 その瞬間、横木琴恵は憑き物が落ちたかのごとく、素の彼女自身が現れた。

「凄いわ」

 一言だけ口走ると、彼女は席を立ち、私達の間を抜けて、廊下に出た。そして並べられた美術品の一つ、比較的新しい壷の口に手を入れると、中から大ぶりの鍵を取り出す。

「これを」

 地天馬に渡した。地下室への扉を開く鍵だった。

「気が変わらない内に、警察を呼んでくださる? このまま、あなた達しかいないと、逃げたくなるかもしれないから」

「分かりました」

 地天馬は静かに応えた。

 たたずむ横木琴恵は氷華とも、暖かみのある笑みとも違う、新たな顔を覗かせていた。


――『溶解する屍』終

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