第43話 溶解する屍 22

「それは……」

「いいですか」

 口ごもる相手に、地天馬は続けていいのか確認を取った。

「本館を無人にする理由を真正面から考えても分からなかったでしょう。だが、幸か不幸か、僕は結果から見ることができる。だから推測できた。死んだ四人をおびき寄せる罠として、本館を空にしたんではないかと」

「どうして、おびき寄せることができるの? 彼らは何を目的に本館に集まるのかしら」

「四人は、十六年前の宝石店強盗及び一家惨殺犯人ではないですか」

 地天馬がいきなり本質を衝くが、横木琴恵は覚悟していたのだろうか、大きな動揺を見せることなく、淡々と受け答えをする。

「人数が合わないわ。宝石店強盗は三人よ」

「当時は恐らく、飯田、幸田、山城栄一の三人だったと思う。寿子は事件後、栄一と結婚したんじゃないかな」

「飯田達が犯人であると、どうして私に分かるのかしら」

「渡辺さんが覚えていたんでしょう。幸田や山城がテレビに出るようになったから、身元を突き止めることができた。その後、彼らに接近するのはモデルとして大成したあなたの役目だ」

「筋道は一応、通ってるようですけど、だとしたらどうだというのです。四人が私の屋敷で何をしようとしたと?」

「恐らく、十六年前の事件に関連した何かをなすために、四人は本館に入った。隠した宝石を回収するためか、己を指し示す殺人の証拠を残していたと気付いて隠滅するためか。それは分かりません。後者の可能性が高いと思うが、いずれにせよ、四人が欲する物は地下室にあったと思う。

 ここで十六年前の事件に意識を向ける。殺された一家の父親は、首と指を切断されていた。何故か。

 父親は、犯人が必要とする何かを隠したまま、殺されたんじゃないか。いや、少なくとも犯人はそう思い込んだんじゃないでしょうか。その何かを探すため、父親の遺体の手のひらを無理矢理開こうとしたができない。そこで指を切断した。だが、物はなかった。犯人グループの一人が、突拍子もないことを思い付く。父親はある物を口の中に隠したんじゃないか。口をこじ開ける。見当たらない。喉の奥に引っかかっているかもしれない。喉を切り裂き、頭部を切断する。やはり見つからない。胃の中まで調べる時間はなく、三人は逃走した。

 これまでの考察で、父親が隠した物は、手のひらサイズ、飲み込めそうな大きさと考えられる。該当する物の一つとして、鍵が思い浮かんだ。

 ところで横木さん。あなたは地下室への扉を開けるには、鍵が必要だと言っていましたね。特殊な鍵をどこかに隠したまま、一家は殺された。犯人にとって地下室に行けないのは一大事だった。想像するに、一家の誰かが犯人の隙を見て宝石か、あるいは犯人の身元を特定できる代物を奪い、地下室内に放り込んだ後に鍵を掛けたのではないか」

「見てきたようなことを言いますわね」

「結果から振り返っているのですから、全くの絵空事ではありません。あなたは――いや、渡辺さんか。渡辺さんは十六年前、地下室の存在を警察に言わなかったし、事件そのものについても『知らない』で通したようですね。渡辺さんやあなたは、当時から犯人達に強い憎悪を抱き、いつか復讐しようと誓ったんじゃないですか」

「ちょっと待ってください。憎悪を抱いて復讐を誓うというくだりは、心情的に認めていいとしましょう。ですが、地下室に犯人を特定する品があるかどうかなんて、分かるはずないじゃないですか。警察が来る前に、渡辺さんや私が地下室に入らない限り。そんなこと、できると思います?」

「思います。犯人から何らかの証拠品を奪って、地下室に隠れたのは渡辺さん自身だったんじゃないでしょうか。無論、父親らの手助けがあってのことですが」

「そ、それはおかしいですわ。地下室に閉じ込められた幼い少女が、どうやって外に出るんです? 誰かが外から開けなければならない」

「開けたのは執事と母親でしょう。地下室の鍵を犯人達の目から隠したのも、彼らだ」

「ふ、二人は行方不明なんですよ」

「母親と執事も犯人達によって瀕死の重傷を負わされたが、犯人の逃走後、力を合わせて地下室への扉を開けた。そして渡辺さんを出したが、直後に力つき、二人とも相次いで地下室内に転落した。子供の力ではどうしようもなく、また、惨殺現場を目撃して精神状態も平静でなかった。もしかすると、母親や執事の口から、犯人に対する憎しみがこぼれたのかもしれない。少女だった渡辺さんは呪詛の言葉を心に刻み、復讐を決意すると同時に、直感したんだ。地下室が警察に知られていないことにしておけば、犯人をおびき出す罠に使える、とね。だから、渡辺さんは二人の遺体を残したまま、地下室の扉を封印した」

 地天馬は言葉を切り、相手の反応を待った。だが、横木琴恵は微動だにさえしない。

「今でも二人の遺体が地下室にあるかどうかは、分からない。きっと、頃合を見て運び出し、密かに弔ったものと信じます」

「……昔話が長いわ、地天馬さん。現代に戻してくれません?」

 質問調ではなく、つぶやき。横木琴恵は地天馬を見ずに、こう言った。

 地天馬は一つ息をつくと、拳を握り直した。いつの間にか力が入っていたと見える。

「いいでしょう。先に訂正させてもらうと、ゲーム当夜、本館は無人ではなかった。無人に見せかけたんだ。やって来る四名を捕らえるべく、何人かで待ちかまえていた。飯田達は、ここに招かれたことを単純にラッキーだと思い、三人が顔を揃えたことも偶然に過ぎないと考える、楽観主義者の集まりだったようだが、まあ、連中にしてみれば十六年間待ち続けたチャンスだ。細かな違和感を見逃しても無理もない。刑事事件の時効は成立していても、民事ではまだだ。それなりに成功を収めた奴らだから、なおさら必死になったろう」

 地天馬が、飯田達が欲していたのは隠した宝石ではなく、殺人の証拠品とする方に傾いたのは、この時効が根拠の一つである。今さら宝石を取りに行くのはリスクが大きいだけで、必死になるものではないと言えるからだ。

「あなたは念には念を入れて、最大の餌を飯田の目の前に撒いた。別館に泊まることになって、福井君と一緒に別館の階段を上がるとき、後ろに飯田がいるのを知りながら、地下室の鍵が本館にあると口にしたでしょう?」

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