第42話 溶解する屍 21

「……よくお調べになったこと」

「松本さんや元木さんも、執事の親類だと分かりました。絶対的な信頼で結ばれ、協力し合うのもうなずける」

「地天馬さん、何か勘違いしていません?」

 我慢できなくなったかのように、決然と面を起こし、地天馬を見据える横木琴恵。地天馬は小首を傾げてみせた。

「まだ本論に入っていません。調べた事実を披露しただけだ。この段階で、勘違いなど起こり得ない」

「それは……私は、あなたの思考を想像してみたのです」

 真っ直ぐに見つめ返され、横木琴恵は視線を逸らした。

「私の過去を掘り起こし、その事実を私に突きつけて、何をしようというのか。想像できることは多くありませんでしょう? 真っ先に、その、脅迫が」

「僕は起こった出来事を確かめに来ただけでしてね」

 探偵は、ただ、言った。

「そうでしたの? それは失礼したわ。脅迫に来たのなら、過去のことなんて材料になりませんよと申し上げたかったの。いざとなれば、堂々と公にする覚悟がありますから」

「もっと昔に、公にしておくべきだったかもしれません。そうしていれば、今回のような事態にはならなかったんじゃないかと思う」

「今回のような事態とは何です? 私には皆目……」

「飯田孝之、幸田静雄、山城栄一と寿子、この四人を死に追いやったのは、あなた達ですね」

「探偵さん。根拠はおあり?」

「おかしな切り返し方だな」

 まともに答えず、地天馬は独り言のように言った。

「あなた達と聞いて、何も感じなかったのかな。普通はまず、この点を気にするはず」

「人それぞれよ」

 地天馬の追及を遮るかのように、言葉を覆い被せた横木琴恵。

「そんなに質問してほしいのなら、しましょうか。あなた達とは誰と誰と誰?」

「横木さん、渡辺さん、元木さん、松本さん、定氏に枝川氏。この六名でしょう。殺人を行ったかどうかではなく、計画に加担したかどうかという観点でね。定氏と枝川氏が何故協力したのかまでは、分かりませんでしたが」

「あなたもお認めのように、定さんと枝川さんまで含めるなんて、空想が過ぎると思いますわ」

 女主人は評すると、居間の方へと足早に行ってしまった。逃げたのではない。私は見ていた。彼女が拳を握って肩を奮わせる一瞬を。その震えを隠すため、椅子に座ろうと部屋に駆け込んだ。そう睨んだ。

「では、これも空想だと思って、聞いてください」

 追い掛けて部屋に入った地天馬は、丁寧な話ぶりに戻っていた。

「僕が最初に訝しんだのは、あなたの笑顔です」

「笑顔、ですって?」

 そう反応した横木琴恵は、笑顔を我々に向けた。

「この顔に何かおかしなところでも?」

「一流モデルをつかまえて、そんなこと言いません。あなたは氷華と呼称されるほど、冷たい感じの笑みが売り物だ。だが、こちらの福井君からの話を聞く限り、ゲームの間中、ずっと暖かな笑顔を見せていたようじゃないですか。何となく、おかしなものを感じた」

「主観だわ。人それぞれ。感じ方が異なっただけです」

 福井を一瞥し、にこりと笑った女主人。私の目にも、それは瑞々しく魅力的な笑みに映る。地天馬は勝手に続けた。

「あなたは館を餌としたゲームで人を集め、大芝居を打った。憎しみが表情に出ないよう、笑顔を作ったんだ。それがいつもの氷華とは異なる、暖かな笑みになった」

「私はモデルであって、女優じゃないのよ」

「だから不得手な芝居に失敗し、僕がここに立っている訳です。さて、疑惑を抱いた僕は、当日何が行われたのか、思いを馳せました。一連の出来事を眺めて、最も不自然な点、それは本館が無人になったことだ。本館を無人にし、あなたが別館に、お手伝い達がホールに泊まる理由は全くない」

「そんなことはありません。定さんが消えたことを、お手伝いの三名が報告しなかったから――」

 相手が全てを言わない内に、地天馬は激しくかぶり振った。

「定氏の消失も、お手伝い三名が報告しなかったのも、あなたが仕組んだことだと、ご自身で認めているじゃないですか。参加者を絞り込む名目でね」

「皆さんを試すためのお芝居だったんですよ。私はあのとき、いかにも脅えたふりをし、別館に移りました。筋書きとして自然でしょうが」

「いいえ。本館を無人にする理由としては、薄弱だ。防犯設備のコントロールパネルでしたっけ? それを操作できるのが本館のみというのなら、まだ分かる。だが、実際は別館でもホールでもできるという。だったら、お手伝い三名を本館に残してよかったはず」

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