第41話 溶解する屍 20


           *           *


「そのあと、横木琴恵は改めて消えてみせたのかい?」

 話がストップしたので、私はキーを叩く手を止め、後輩に聞いた。

「はい。本当に見事なものでしたよ。お話しできないのが残念です。誰も見破れなかった上に、種明かしをした定さんから、きつく口止めをされて」

「かまわないさ」

 すまなそうにする福井弘志に、我が友・地天馬鋭が快活に言った。

「恐らく、本質はそんなところにない。問題は、君がここに来た理由にもなった、四人の死だ」

 地天馬の言に、福井も私もうなずいていた。

 横木琴恵の催したゲームイベントが終了した翌日、飯田孝之、幸田静雄、山城夫妻の行方不明が続けざまに報じられ、後に彼ら全員の死が明らかになったのである。

 飯田と幸田は横木琴恵の館からの帰り道、まるでレースでもしたかのように、互いに巻き込む形で車ごと緑深い谷底に転落していた。炎上しなかったことが、発見を遅らせたが、即死したのは間違いないという。

 山城栄一と寿子の方も、いささか不可解な状況だった。餓死である。同じく館から続く山道の途中で車を止め、そこから森林へ分け入ったらしい。目的は推測するしかないが、明け方に気まぐれの散歩とは考えられず、山菜採りも少々不自然だ。屋敷で我慢していた性欲が押さえられなくなった、というのが警察見解だが、もちろん公表されていない。

 森に入った夫婦は道に迷い、あてどもなくさまよい、身体中に痣を作り、とうとう動けなくなっって死んだ。そう解釈された。解剖の結果、胃から野草や木の皮、木の実の種などが出て来た事実が、これを裏付けている。

「蓋然性から考えて、ゲームを辞退し館を出た人間が揃って死ぬのは、おかしいと言わざるを得ない」

「僕もそう感じました。でも、何が何だか訳が分からなくて……それで、先輩の知り合いに探偵の地天馬さんがいることを思い出し、こうして」

 福井は緊張しているのか、椅子にしっかりと腰掛けられていない。ちょっと揺らせばずり落ちそうだ。

 地天馬は難しい顔つきになった。

「僕がこれから語る話にも、証拠がない。推論を組み立てるだけだ。この推論を元に調べ上げれば、情況証拠は出て来るかもしれないが、果たして犯罪そのものを立証できるかとなると、実に心許ないね。その館に行って、検証してみたい点もいくつかある」

 名探偵の一声により、作家二人は付き合わされることとなった。


 急な話だったにも関わらず、横木琴恵との館での対面が叶ったのは、彼女自身が仕事をセーブしていたおかげである。自分が招待した人間が四名も、その帰り道で命を落としたとあっては、平気な顔をして仕事を続けられまい。

 もっとも、売れっ子のモデルだけあって早くから契約していたいくつかの舞台には、予定通り立った。私は詳しくないのだが、「KOTOE YOKOGI の氷が溶けた」と、ちょっとした驚きをもって迎えられたという。乾いた美しさから、瑞々しい美しさになったという意味らしい。横木琴恵の評価は一段と上がっただけに、仕事のセーブは惜しまれているそうだ。

「よくお出でくださいました」

 横木琴恵は、その瑞々しい美しさで我々三人を出迎えてくれた。さすがに笑顔ではないが、最初に聞かされた氷のイメージはどこにもない。

 いっとき、芸能マスコミがここへ押し寄せたせいもあって、お手伝い達には暇を出し、家族も別の場所に移ったというが、屋敷を手放すことだけはできなかったそうである。

 地天馬が代表する形で礼を述べ、我々は本館の中に通された。横木琴恵の案内に従って進むが、途中で地天馬はルートを外れ、螺旋階段の下に向かった。

「横木さん。折角だから、地下室を見せてもらえませんか」

「――話したのね」

 地天馬から福井へと顔を向けた横木琴恵。特段、感情の変化は見られない視線だ。福井はただただ頭を下げた。

「お見せするのに問題ありません。そう慌てる必要はないんじゃありません? 聞けば、私にお話があるとか。それを伺ってからでかまわないでしょう」

「後回しにしたがるということは、期待が持てそうだ」

「何のことです?」

 横木琴恵の問い返しに、地天馬は全く別の話を持ち出した。

「あなたはモデルをなさる前のプロフィールを一切出していませんね。記載していないという意味です」

「ええ。エージェントが、こうした方がミステリアスな雰囲気を醸せて、売り出しやすいというアドバイスをしてくれたので」

「では、今僕が尋ねれば、答えてくれるんですね。あなたの過去について」

「残念ですが、ご希望に添えられそうにありません。何故なら、過去を公にしないことで築き上げたステータスシンボルがあります。たとえ一個人のあなたに対してでも、お話しできないのです」

「それなら、僕から言うしかないか。あなたは痕跡を消す努力を特別に行った訳ではないから、割合簡単に辿れるんです」

 ともに淀みのない会話だったが、ここで崩れた。一瞬詰まる横木琴恵。

「思い出したくないから、隠していたのです。他意はありません」

 私はこの時点で地天馬からすでに説明を受けていたから、事情はよく分かっている。地天馬が相手に自発的に喋らせたがる気持ちも理解できた。

「最初、僕はあなたが十六年前の事件の生き残りと想定し、調べを開始しました。これは思い違いだったが、全くの的外れでもなかった」

「……」

「お手伝いの一人、渡辺亜矢奈さんは、今どちらに?」

「彼女は関係ないでしょう。暇を出したし、もう戻って来ないかも」

「渡辺亜矢奈というのは本名ですか」

「さあ? 本名でしょ」

 のらりくらりでかわそうとする横木琴恵に、地天馬はやむを得ないという風にため息をついた。

「あなたと同年齢の渡辺さんこそ、十六年前の事件で唯一難を逃れた少女ですね。そして横木琴恵さん、あなたは一家に仕えた執事の孫娘」

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