第26話 溶解する屍 5

「ゲームもいいが、私は一編集として、十六年前の事件にも心惹かれたね」

 唄うような調子で言った竹中。

「あの話を元に、推理小説を仕立てられるんじゃない? 君の腕前なら、代表作の一つになるよ」

「確かに、興味深い話でした。強盗グループは、僕の趣味に合いませんけど」

「そんなもの、料理次第だ。好きなようにカットすればいい」

「仕事の話はやめましょう。今はゲームに集中すべきだ」

「それはいいけど、福井君。ヒントなんかあったかねえ?」

「あったではなく、あるんです。これから探して、見付けないと」

 確信を込めての発言に、編集者は目を丸くした。それから薄ら笑いを浮かべ、「高校生推理作家の福井弘志、高校生探偵になる、か。こりゃ見物だ。セールスポイントを増やすためにも、頑張ってほしいね」とまくし立てた。

「竹中さんは、この部屋とご自身の部屋の中を調べてください。どんな形かはちょっと分かりません。メモ用紙に書かれた暗号かもしれないし、物による暗示かもしれない」

「了解。君は?」

「まずは別館の中を見て回ります。他人の部屋は覗けませんけどね。まあ、このようなゲームは平等が原則でしょうから、個室によって差はないと信じています」

「まあ、それが道理というものだね」

「調べ終わったら一度帰って来ますから、一緒にホールを見に行きましょう。そのあと、本館の中を見せてもらえるか、横木さんに頼むつもりでいます」

「なるほどなるほど。段取りは分かった。念のため、気を付けて見回ってよ。売れっ子作家に万一のことがあったら、責任問題になるんだから」

「大丈夫ですよ」

 椅子を離れ、円を描くように室内を歩くこと一周。福井はドアノブに手を掛け、言葉を継ぎ足した。

「名探偵は死にませんから」


 横木琴恵の所有する屋敷は、大雑把に言って三つの建物からなる。本館・別館・ホールの三つだ。

 パーティが行われたのはホール。ドーム型の天井を持ち、学校の体育館程度の大きさである。

 本館は、横木家の邸宅。二階建ての洋館で、古めかしいが、手入れは行き届いている。外壁を蔦が覆い、窓枠には洒落た装飾が施され、脇に広い池を配した花壇には色とりどりの花が咲き揃う。ただでさえ広いお屋敷が、本日から三日間はイベントのため、家族は出払い、横木琴恵一人でいるというから、一層広く感じられるかもしれない。もっとも、何名か雇った使用人の一部は、本館の中に寝泊まりするスペースを与えられている。

 別館はゲストに泊まってもらうための建物だ。三階建てで、一階は諸々の共同スペースで、ここのエントランスホールがそのまま吹き抜けとなっている。二階と三階は、その吹き抜けの空間を取り囲むようにして回廊が巡り、客室が並ぶ。

 二〇二と数字のプレートがドアに張られた二階二号室を出た福井が、最初に足を運んだのは、同じ別館の最上階、三階だった。何か掴めるかもしれないという期待。たとえば、高所から眺めることで初めて読み取れる巨大なメッセージがあるのでは? そんな期待に胸踊らせての行動開始だった。

 だが、福井の期待は、容易く裏切られた。三階から見下ろすも、エントランスホールの床には、文字も模様も何もなかった。二階の廊下やその手すりに目を移すが、やはり発見はない。視線をほぼ平行にして三階も調べたものの、これまた特に目に付くような物はなかった。

 頭を掻きながら、福井は歩を進めた。回廊を一周してみる。このフロアの部屋を与えられた客はいないのか、しんとしていた。他の参加者がここへやって来る気配もない。

 何らヒントめいた物を見つけられないまま、二階、一階と順次調べを続けた。が、結局は収穫なし。

 代わりに、お手伝いの一人をつかまえることができた。ちょうど通りかかったそのメイド服姿の女性の背中に声を掛けて呼び止める。

「あなたに質問するのは、ルール違反ではないですよね? そんなこと、一切言ってなかったんですから」

 立ち止まった相手が振り向かない内から、一気呵成に喋る福井。

「ルール違反ではありませんが、時間を無駄にするばかりかと存じます」

 お手伝いは前を向いたままの姿勢で返事した。その声に違和感を覚えた福井。確か、パーティ会場で見掛けたお手伝い三名は、そこそこ年かさの女性のように見えた。この声は若すぎるのではないか。記憶を手繰ってみると、体型も全く違う。どっしりした安定感のあった三名に比べ、今目の前にいるのは細身。敷地内にいるのは参加者と出題者の琴恵とお手伝い三名だけであるとの言を信じるならば、これはおかしい。

「もしかしてあなた、琴恵さんじゃありません?」

「――よく分かりましたね」

 振り返った琴恵は、華やかな笑顔だった。

「分かりますよ。そのスタイルのよさは隠せるものじゃないでしょう。それに、喋っちゃえば、誰にだって」

「特殊メイクをして中年女性になりきれば、ばれずにすんだのかしらね」

 冗談めかして言う琴恵を見ていると、福井は不意に疑問が浮かんだ。

「あのぉ。まさか、これが消失トリックなんてことはないでしょうね? 敷地内から出ていないはずの招待主が、いつの間にか姿を消した!とか」

「ええ、違います。もしも真剣にお手伝いを隠れ蓑にするつもりであれば、あらかじめ私と雰囲気の似た人ばかりを雇います。皆さんがどんな行動を取るのか、興味があったので、こうしてこっそり、様子を窺うつもりだったのです」

 きっぱりと否定し、意図を明かす琴恵。今このときに限った話ではないが、彼女の態度には、嘘や隠し事が全く感じられず、むしろ自ら積極的に情報を出しているような面がある。福井はそんな風に感じていた。

「お願いがあるんですが」

 もののついでとばかり、福井は琴恵の前で手を拝み合わせた。

「何か?」

「本館、つまり横木さんのお家に上がらせてもらいたいのです」

「ええ、結構よ。事前に言ってくだされば、お見せする機会を設けましょう」

「それは、ゲームの都合上、見られてはまずい物があるという意味?」

「そこまで疑うなら、特別に、あなた一人を今すぐお連れしましょうか」

「ありがたい話ですが、不公平じゃあ。他の人達に」

「私の変装を見破ったことと、最初に本館に目を付けたご褒美よ」

 彼女は余裕を覗かせ、ゆっくりとターンした。玄関ドアに向かうその姿を、福井はいささか小走りになって追い掛けた。

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