第25話 溶解する屍 4

「慌てないで。まだ終わっていません。現実の迷宮入り事件の謎を解けと言われて、困惑されるのは無理ありません。正解が分からないのですから。皆さん方に挑んでもらう消失の謎は、私がこしらえた物であり、事件の真実を見抜いたものではありません。状況も現実の事件とは大きく異なる設定です」

「それやったら、あないな怖い話せんでもよかったんやないですか。ほんま、人が悪い」

 栄一は自らを抱きしめ、大げさに震えた。

「雰囲気に浸ってもらえたでしょう? それに、いい加減な気持ちで取り組んでほしくなかったんです。遊びと思って油断した人は、呪いに魅入られて、ご自身が行方不明になってしまうかも」

 楽しそうな表情で言う琴恵。しかし、決して笑っていない。場と皆の様子を愉快に感じているようだ。

「超常現象的なことを考えている訳ですか? 十六年前の事件で行方不明になった二人は次元の割れ目に落ち、あちらの世界に行ってしまった、なんて」

 竹中が少し小馬鹿にした調子で発言した。琴恵は肯定も否定もしない。

「物事は様々な面を持ちます。同じ物を見ても、ある人は四角、ある人は三角、また別の人は丸と言うこともありますからね」

「あの。質問があるのですが」

 手を挙げたのは福井。タイミングを見計らっていたが、いい機会が訪れないので我慢できず行動に移した、そんな風に力が入っている。

「消失するのは、あなたですか?」

 率直な問い掛けに、琴恵が微笑む。今度は声を立てて笑った。

「さすが推理作家と言っていいのかしら。誰が消えるのかは大事ね」

「と言うよりも、あなたしか考えられません。役者を雇った様子はないんだから、出題側唯一の人間が消えるしかないでしょう」

「意外な共犯がいるかも」

 思わせぶりに言って琴恵は参加者九名を前に、両腕を広げた。足取りが、コレクションの舞台に立つとき以上に軽やかだ。

「面白い」

 定が髭を触り、ぴんと跳ねさせた。その下の口から白い歯が覗く。

「この中に、素知らぬ顔をして賞品目当てのように振る舞っている狐か狸がいる訳ですね」

「いるともいないとも申しませんわ。いるとしても、何名なのか……ね?」

 福井は一層興味をかき立てられたらしく、肩を上下させて大きく息を吐いた。気負いを解消するためか頬を自分でぺちぺちと叩き、もう一つ質問を重ねる。

「出題がいつ行われるのかも、教えていただけないんでしょうね」

「細かなことは明かせませんけれど、本日中に行います。ハプニングが起こらない限り」

 琴恵は福井一人だけでなく、全員に対して答えた。それから、左耳後ろのスイッチをいじり、短いやり取りを誰かと行った。

「只今、確認できました。敷地内にいるのは、ここにいる十名と、皆さんの世話役を務める三名の手伝いだけです」

 主催者は説明後、パーティ会場の後方二隅と、上座、最初に琴恵が出て来たドアを順に指差した。いずれもメイド服を着た女性で、力仕事にも充分応えられる体型の持ち主と見受けられる。

「それは信じていいのかい?」

 飯田が疑いの念を隠さず聞く。

「ええ。もしも他に人がいた場合、ゲームの正解者が出なくても、あなた達を正解と見なし、賞品に見合うだけの金銭を分割してお渡しします」

「なら、結構。九分の一というのがちょっと気に入らないが、まあ仕方ない」

 納得した態度の飯田。と、今度は福井が早口で琴恵に聞いた。

「えっと、そのお手伝いさん達は、ゲームにはノータッチなんですか? つまり、消失のからくりに関与せず、またからくり自体も知らない……」

「それにはお答えしかねますわ、推理作家さん。ご心配なら、あらゆる可能性を想定する心構えでいればいいこと。お得意でしょう?」

「……分かりました。ありがとうございます」

 慇懃に腰を折って礼をする福井。ひょっとすると、やりこめられた分、意趣返しの気持ちがあったかもしれないが。

「それでは、ゲームスタートです。消失現象はもちろんまだ起きていませんけれども、手がかり、いえ、ヒントはもう、あからさまな形で皆さんの目の前にぶら下がっているとだけ、ご忠告を発しておきますわ」

 琴恵は優雅な物腰で宣言と忠告を行うと、きびすを返し、出て来たときと逆のルートを辿って会場から外に出た。

「さっき、断言したなぁ」

 参加者達が思い思いの行動に移る最中、福井がつぶやいた。編集者が聞き咎め、顔を向ける。

「え、何がだい?」

「横木琴恵さんの台詞。ヒントは確実に用意されてますね」


 福井は即行動に出ることはしなかった。竹中とともに今後の作戦を練るため、与えられた彼の部屋に二人でこもっていた。

「最初に、基本的な部分で確認をしておきましょう」

「基本的? 何だい、それ」

「僕は出題側の人間ではありません。竹中さんは出題側の人間ですか?」

「……その質問、無意味じゃないかな。誰に聞いてもノーって答えるよ。出題者に協力する立場の人間が、素直に認めるはずがない」

「はい、分かっています。僕は、人間を試しているだけですから、気になさらないでください」

 澄ました口ぶりが、竹中の苦笑を誘った。口元を拭い、仕方ないといった響きで答える。

「私も純粋な挑戦者だ。誓って、出題側の回し者ではない」

「結構です。協力してやっていきましょう」

「おいおい、いいのかい。推理作家にしては、馬鹿正直すぎるなあ」

「所詮ゲームです。裏切られたとしても、心地よくだまされたなら、僕は満足なんですよ」

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