第23話 溶解する屍 2

 その隣に立つ、スーツ姿の男性は編集者の竹中大次郎たけなかだいじろう。未成年の福井への責任者役である彼は太めの体格と相まって、押しが強く、常に自信に満ちた言動をする。年若い福井の目には、さぞかし頼もしい存在に映るに違いない。

 合計九名が、横木琴恵の用意したゲームに今回参加する。

「選ばれし者、と受け止めてよろしいんでしょうかな?」

 枝川がほろ酔い顔で尋ねた。和服に身を包んだ映画監督の足下は、ゆらゆらと前後に揺れている。

「象徴的な意味合いは別として、私が私の考えで選んだのは確かですわ、枝川監督。監督の推薦された幸田さんについても、私の判断で参加を承知しました。もし私の琴線に触れなかったら、誰の推薦であろうとお断りさせていただいています」

 琴恵の話の終わりを受けて、幸田が進み出た。彼も相当飲んだはずだが、肌に出ていないし、ふらつく様子もなかった。

「改めて、初めまして」

「ようこそお越しくださいました」

「拘るようですがね、選んだ基準は頭のよさなんですか。僕は大学、野球の推薦で入ったもので、どうも気が引けてしまう」

 琴恵はくすりと笑った。嫌味のない、自然に出た笑顔。

「ゲームの内容が内容ですから、もちろん頭のよさを考慮に入れますが、それだけではありません。頭のよさを計る明白な物差しは存在しませんからね。お気になさらず、ゲームを楽しんでもらえたらと願っています」

 幸田はにやけた笑みをなして何度もうなずいた。琴恵の美貌に浮かされた部分もあったろう。

 会話に一区切り付けると、横木琴恵は厳かに、華やかに宣言した。

「お待たせしました。時は満ちた――始めましょう」

 そして門扉が閉じられる。横木琴恵の別宅は日常世界と隔絶された。


「ゲームの内容を説明する前に、基本的なルールを。ルールは至って簡単です。期限は明後日の正午まで。それ以前に外に出られた方は失格。外部との連絡はいかなる手段でもご遠慮願います。携帯電話やPHSはすでに使用できないないようになっています。コンサートホール等の静寂を必要とする場所向けに、妨害する機械があるんですよ」

「事前に話を聞いて気になっていたけど、携帯電話の排除にそこまで執着するっていうのは、尋常じゃないな。クイズ大会でもやらかそうって魂胆?」

 飯田が軽い調子で水を向けると、琴恵は首を横に一度振った。

「大変僭越とは思いますが、参加者イコール挑戦者と見なしています。挑戦者の純粋性を保つ。その一点により、外部との連絡は完全に絶ちます。アクシデントが発生した場合は、この限りではありません。必要があれば、私の部屋の電話を使うようにします」

「いやまあ、自分は全て仕事を片付けてきたし、部下任せにしても何の憂いもないから問題ないんですけどね。これだけそうそうたる顔ぶれの中には、電話なしでは生きられない人もいるんじゃないかと」

「そんなことはありませんよ」

 竹中が他人の分まで勝手に請け負い、代弁した。

「我々は皆、招待を受けて参加を決めたんでしょう? だったら、準備万端整えて、勇躍乗り込んできたに違いない。何しろ、賞品が賞品ですからねえ」

「確かに、魅力的な賞品だ」

 飯田も同意を示す。

「この歴史ある邸宅を維持費付きで手に入れられるとなれば、普通の人間なら多少の障害はクリアして、是が非でも参加したくなる」

「私はピンクダイヤモンドが欲しい」

 飯田の腕を引きながら、甘えた声で中澤。年齢不祥とは言え、彼女の態度が子供っぽいのは誰の目にも明らかだった。

 琴恵は胸の真ん中に右手を持って来た。

「パーティのとき、私が着けていたリングのこと? いいわ。もし中澤さんがゲームの勝利者になった暁には、維持費の一部と引き換えの形でお渡しします」

「本当に? 約束よ」

 俄然やる気を覗かせる中澤。アイドル時代の癖か、かわい子ぶりながら両腕でガッツポーズまでした。

 琴恵は微笑ましいとばかりに頬を緩めたあと、一転、表情を引き締めた。

「ゲームの説明でしたわね。まず、舞台であり賞品でもあるこの屋敷について、お話ししましょう。皆さんご存知かもしれませんが、ここは忌まわしい過去を持っています。血塗られた殺人事件という名の記憶……」

 ファッションモデルの他に声優も副業でやっているんじゃないかと思わせるほど、優れた声だった。美しくはっきりした発音は無論のこと、高低やリズム、間の取り方等々、どれを取っても一線級である。身震いする者すらいた。

「ち、陳腐な話だなあ」

 恐がると言うよりも、琴恵の声の凄みに圧倒された風の飯田。

「本当にあったんですかね」

「ええ。この大邸宅を私でも手に入れられたのは、いわく因縁付きという事情があったからですわ。そして、ここに暮らすからには、事件についてきちんと知っておきたいと思い、調べました。事件が起きたのは十六年前とか」

 琴絵の口ぶりが通常のそれに直った。薄くなっていた部屋の空気が、濃さを取り戻したような雰囲気に、多くの者が密かに安堵した。

「こちらには七人家族が暮らしていました。越してきた時期は、事件から遡ること更に十五年といいますから、今から三十一年前になりますね。主の米国人男性に妻の日本人女性。子供は最初二人だったのが、暮らす内に一人生まれ、また一人と増え、合わせて四人――男の子二人と女の子二人になった。家族の残る一人は執事。血のつながりはないけれど、家族同然の接し方だったらしいわ。執事の方も親子六人に心から尽くして……。それはそれは幸福な家庭を、凶悪な犯罪者が一夜にして踏みにじった。

 ここからは警察やマスコミの推測を交えての話になりますけれど……宝石店強盗を犯したグループが警察の追跡を振り切る内に、たまたまこの辺りに迷い込んだ。大きな家を見付け、恐らく別荘だと思い込んだのでしょう、一時身を隠すのに好都合と考え、押し入る。ところが一家は外出していただけだった。帰宅した一家と鉢合わせになり、殺戮に至ったのだと言われました。ただし、証拠はありません。無責任な噂と同等です」

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