第5話 これは書店デート? いいえ、ただの付き添いです

 栞と希の奇妙な主従関係が始まって数日たった。

 やっている事といえば、平日は朝部屋を訪問して起こして、学校に連れていく。休日は部屋の整理などをする。いまはそれくらいだ。

 と言うのも基本、イラストが絡んでいなければ、いたって普通なのだ。実際初めて部屋に入ったあの日の以来、部屋からまったく出てこないと言うことはなかった。裏を返せば、締め切りなどで深夜まで作業していた日はなかなか起きてこないので、起こしに行く必要がある。


「まぁ、これも平和な日常ですね」


「そうなの?」


「週一での大片付けが無くなれば、特にですよ」


 今日は日曜で栞の部屋を掃除する日。栞と希は二人で部屋の片付けをしていた。

 と言うのも本人曰く、下書きや走り書きなどを自らの手で捨てるのは気が引けるらしい。しかし週に一度は整理して処分していかないと、溜まる一方なので捨てると決めた物は希が代わりに捨てる事になった。

 その栞の部屋だが、整理しても一週間経つとまた荒れた部屋へと戻っている。イラストに集中するとそれ以外の事はどうも疎かになりがちのようだ。そんなわけで週一で片付けをする事になった。


「普段から片付けているはずなのに……不思議だわ」


「不思議ですねぇ。お嬢さま」


「……希、お嬢さまはやめて。恥ずかしい」


「そうですか? じゃあご主人さま。ご主人さまは、描いた下書きなどの整理をしてくださいね。私は散らかった物を片付けていきますから」


「……お嬢さまの方がマシかも。って言うか、からかってるでしょ」


「さてさて、どうでしょう?」


「むー……」


 栞をからかう希は、少し生き生きとした様子だった。ひとしきり楽しんだのか、テキパキと片付けを進めていく。その手付きは馴れたもので、半日過ぎた頃ようやく片付けを終える。


「よぉーし。これで終わりかな」


「お疲れ様。希」


「お嬢さまもお疲れ様です」


「ねぇ希。この後時間ある?」


「本を読むつも」

「うん。時間あるね。じゃあちょっと、買い物に付き合ってよ」


 希の読書=時間があると判断する辺り、だいぶツムギ荘に馴染んできている。と言うか、希の扱いをよく分かっている。


「分かりました。お嬢さまのお気に召すままに」



〜〜〜



 やって来たのは書店と文房具店が一緒なった町の大型書店。希がよく本を買いに来ているところであった。


「それでお嬢さま。いったい何を買いにきたんですか?」


「スケッチブックと鉛筆よ」


「なるほど……。俺はそう言うのは疎いですからね。今時はパソコンかタブレットで、イラストソフトを使って描くのでは?」


 なんとなくだが、パソコンかタブレットに向き合ってペンみたいな道具で書き上げていく、みたいなイメージを希は持っていた。お仕事系ライトノベルで読んだ知識なので、あくまでイメージでしかなかった。


「私は決定版の清書は、タブレットって言うかデジタルで描くよ? けど、構図決めとかはスケッチブックかな」


「へぇ……わざわざ分けるんですか。あ、それで部屋の中に、下書きイラストが散乱してたんですね」


「手書きしたのを取り込んで完成させるの。あのイラストの山から、良かったやつを選んでね。だから紙のやつは、いわゆる生原稿ってやつかな」


「なるほどなるほど。あ、じゃあ俺は、新刊見てくるんで、終わったら合流しましょう」


 そう言って希は栞の側を離れようとすると、栞に手を掴まれた。


「させるわけないでしょ?」


「あ、やっぱりダメですか」


 希はおとなしく栞に従うことにする。栞に手を引かれ文房具売場に向かう。


「そう言えば、お嬢さま。意外とこの地域の事、詳しい感じですか?」


「そうね。昔、住んでいたから」


「へぇ、なるほど。ってことは、戻って来た感じですね」


「……むぅ」


「どうかしましたか、お嬢さま」


「なんでもないわ」


「そうですか?」


「……ねぇ、希はさ、小さい頃はどんな感じだったの?」


「え、なんですか、その質問」


 栞はスケッチブックと鉛筆を手に取りながら質問した。

 唐突な質問に少し戸惑うが、今の流れで急に過去の質問と言うことは、何かしら昔の事で話したいことがあるのだろうと希は思った。


「答えてよ」


 真剣な気配を感じとり、希は思い出しながらゆっくりと話す。


「……そうですねぇ。正直言って、あんまり憶えてないですね。けど、本好きになったきっかけは、小さい頃よく遊んでいたこの子の影響ですね」


「そうなの? その娘の事も憶えてないの?」


「恥ずかしながら、名前も憶えてないです。けど、その子が楽しそうに本を読むから、俺も本を読むようになった、って感じですかね」


「……そうなの。ねぇ、その娘の事で他に憶えてる事は、何かないの?」


「えぇ……そうですね」


 何かあっただろうか。

 希は昔のおぼろげな記憶を思い返すと、一つ思い出した事が出てきた。


「そう言えば、他愛のない話ですが、夢の話をしたような」


「夢の話?」


「俺自身は、なに言ったか憶えてはないですけど、その子は確か……絵描きさんになるだったかな? そんな事を話しましたよ」


「……」


 栞は少し驚き嬉しそうな表情を見せたが、その表情はすぐに戻り、無言でレジへ向かって行く。希は訳も分からず、とりあえずその場にとどまった。

 文房具売場のレジで会計を済ませた栞が希の元へ戻ってくる。

 

「お待たせ」


「あの、何か気に障る事、言いましたか?」


「……いいえ。そんな事はないわよ」


「そうですか……? そう言うお嬢さまは、小さい頃はどうだったんですか?」


「……わたしは読書家だったよ。いろんな本を読んでた」


「へぇ……そうなんですか。今と全然違いますね」


「いろいろあったのよ。……さ、本、見に行くでしょ? 行きましょうか」



〜〜〜



 文房具売場での買い物を終えて、今度は書籍売場にやって来た。


「そう言えば希って、どんな本を読むの?」


「俺ですか? そうですねぇ」


 希は少し考える。一時期は読めるものなら何でも読むと言う感じで、新聞やつり革広告まで読んでいた。そんな希だが、小説系でメインで買うのがライトノベル。特にラブコメものが傾向的に多かった。次にバトル系。他はミステリー系の推理もの。あとは映像化した作品の小説とか、普通にマンガも買う。要するに広く浅くのオタクと言うやつだ。


「ライトなオタク、って傾向ですかね。よく読むのは、ライトノベルやマンガですし。映像化するような作品は大概読んでたりします」


「そう言えば、駅前で会った時、ライトノベル読もうとしてたね」


「あー、そんな事もありましたね」


「そんな事って……つい一、二週間前の事でしょ?」


「でしたかね」


 希は棚に並んだ本を手に取ることなく、背表紙のタイトルだけを眺め歩く。

 希はやはり変わった感覚を持っていて、本を買わなくても並んでいる本のタイトルを眺めているだけでも、結構満足するのだ。

 そんな希の様子を栞は不思議そう見つめ、訊ねるのであった。


「希、眺めるだけで良いの?」


「変かも知れませんが、こうやって本がきれいに並んでいるのを見る、結構好きなんですよね。なんならそれだけで、二、三時間経ってた事もありましたよ」


「それはなんと言うか……不し…変人ね」


「あはは、俺自身そう思います。けど、お小遣いに限りがある、学生の身としては、買えないなら見て楽しむ、ぐらいしか出来ないですよ」


「立ち読みはしないの?」


 栞は立ち読みをしている他のお客さんの方を眺めながら訊ねてくる。


「絶対とは言いきれませんが、基本私は立ち読みはしない派です。売り物ですし、作者さんに悪いですからね」


 希のポリシーとして、立ち読みはしない事にしている。立ち読みはそもそも売場を占有して動かないから、他の人の邪魔だ。我が物顔でいる人なんかは特にたちが悪い。なにより読むだけ読んで買う気がないと言うのはナンセンスだ。

 そんな考えがあって希は立ち読みは殆どしないのだった。


「へぇ……希って、変なところ律儀よね。他の人も読んでるんだから、読めば良いのに」


「他の人がしてるから、やっていいとは思えませんよ。買う気があって立ち読みするとか、試し読み用の物が設置してあるなら別ですけど」


「買う気が無くて、商品を立ち読みするのは?」


「最低ですね」


「極端だね」


「そうかもしれませんね。けど、他人にこの考えを強要するつもりはありませんよ?」


「そうなの?」


「はい。人それぞれ考えはあるでしょうし。まぁ、明らかに立ち読みした跡がある本は、出来るだけ買いたいとは思いませんけど」


 個人的には、最後の一冊でもない限り、新品の本を売ってる店で、誰かが読んだ跡がついている本は買いたくない、と言うのが本音ではある。そう言う事も含めて、あくまでも希個人の考えでありポリシーなのだ。


「さて、私は満足しましたが、どうします? お嬢さまは他に何か見ていきますか?」


「いいえ。私も大丈夫よ。帰りましょうか」


「そうですね。帰りましょう」

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