第3話 どちらも変わり者では?
春休みが明けて二日目の朝、希は201号室の栞の部屋の前にいた。
学校案内したあの日の午後から栞が部屋から出て来ていなかった。
暁先生曰く『一度集中すると、他の事が疎かになる。部屋から出てこなくなるかもしれないから、世話を頼むわ』とのこと。
女子に頼めばいいでしょ、と希は暁先生に反論するも『世話焼きはお前以上の適任者はいないだろ? それに、栞にとってお前は特別な存在だ。だからお前の言葉なら、ちゃんと届くだろうよ』と言われたのだった。
世話焼きについては自他共に認めざる得ないのでともかくとして、特別な存在という事には一切、心当たりがない。少し不思議に思うも、希は気にしないことにした。
最後に暁先生は『二日連続で特待生が無断欠席するわけにはいかないだろ? 苦労するかもしれんが、必ず連れてこい。最悪遅刻してもだ。連れてこれたなら、お前の遅刻は無かったことにするから』と言っていた。
希は、特待生の二日連続の無断欠席させるわけにいかないと言う、暁先生の言い分にも納得出来たので、頼みを了承した。そして自身の着替えなどの用事を済ませた後に、二階の栞の部屋前に来ていたのだった。
コンコンッ
201号室の栞の部屋のドアをノックするが返事はない。
「暁さん?」
今度は声を掛けてみるが、やはり返事はない。
「そろそろ時間も不味いよな……」
余裕を持って登校したい派な希としては、そろそろ寮を出たいところ。
「暁さん? ……まさか、ね」
ドアノブに手を伸ばし、ノブを軽く回してみる。
……これはおそらく、鍵がかかっていない。うちの寮で、部屋の鍵をキチンとかけているのは、籠っている吉町だけだわ……っと頭の中でよぎる希。頭を振るって現実をみる。
「あぁもう! どうとでもなれだわ! 暁さん、開けるよ!」
一応声を掛けて、ゆっくりと扉を開けて少し隙間をつくりまずは様子を伺う。
「え?」
部屋の中を見て驚く。一度ドアを閉めて見なかったことにする。
「気のせい、見間違いだよな……」
希は自身に言い聞かせて、今度は扉を全開で開く。
「現実やった……」
部屋の床一面に洋服や下着、マンガやラノベの本が散乱していて床が見えない。部屋の中で嵐でもあったのかと思えるほど、とッ散らかっていた。
そんな散乱した部屋の中心で、部屋の主暁栞は洋服類を布団にし、すやすやと寝ていた。
「なしてこうなったの……?」
疑問はあるが……この下着やらが散乱した部屋に長時間居るのは不味いと直感する。
放置された下着は身に付けてないのなら、ただの布に変わりはない。それにこの寮で暮らすのなら下着を見かけるのはよくあること。その度に恥ずかしがっていては、この寮では生活は出来ないと学んでいた。
とは言え一般的な男子の目線で言えば、異性の下着は目に毒であるのには変わりはない。
さっさと起こして、一刻も早くこの場から退散しようと心に決めると、希は部屋に踏み入れ栞を揺さぶり起こそうと試みる。
「暁さん、起きて」
「う~ん……よあけ?」
「とっくに日は昇ってます」
栞はむくりと起き上がる。目元をこすり、どうやら寝ぼけまなこのようだ。
「ふぁ~……ぁ、のぞみ?」
「ん。おは、よう……?」
栞がふらふらと立ち上がると同時に、栞に纏わりついていた洋服類がはらはらと落ちていく。
その下から出てきたのは、ワイシャツをひどくはだけさせた姿だった。下着は身に付けている様だが他がワイシャツ一枚を羽織っているだけで、透き通るような白い肌がほとんど見えている。
肌色多めな光景を前に希は、さすがに思考がフリーズしかける。が、何とか持ちこたえて視線を逸らす。
「おはよう……あさ、なのね……」
「……そ、そうじゃね。朝やわ。……えっ〜と、朝ごはん、食べる?」
「……たべるわ」
「じゃあ、準備しとくから、制服に着替えて降りて来て」
「わかった」
驚きの連続にさすがに情報を整理しきれず、最低限話すと希は急ぎ足で部屋を後にしたのだった。
〜〜〜
「なんやったの、今のは……?」
驚きと戸惑いがありつつもキッチンへ向かい暁さんの朝食を用意する。ツムギ荘の朝食は決まってご飯と味噌汁。たまに早い者勝ちで弁当に入れ残った卵焼き……でなくスクランブルエッグ。希は卵焼きを作ろうとしているのだが、毎回失敗して結局スクランブルエッグになっているのだった。
「おはよう、希」
そこに着替えた栞がリビングにやって来た。どうやら今度は完全に目が覚めているようだ。
「あの、希?」
「……何かな」
「何でそんなによそよそしいの?」
「何で、って……」
先ほどの肌色多めな光景を思いだし一瞬言葉につまる。希は必死に思い出さないようにして話を逸らすことにした。
「そ、それより、早く食べて!」
「? いただきます」
不思議そうにしながらも朝ごはんを食べ始める栞。
原因は栞にあるのだが、なんと言うか……希は言い出しづらかった。あの服装もだが、部屋の惨状についても。たった一日半でいったい何があったのか。踏み込んでいいものか、希は迷っていたのだ。
「ねぇ希?」
「ん?」
「あなたは食べないの?」
「あぁ、もう朝ごはんは食べた後だよ。暁さんが一番最後。吉町以外のみんなは、とっくに学校に行ってるよ」
「ふ~ん。そうなの。……ごちそうさま」
希は食器類と引き取り、手早く洗って干す。片付けを終わらせると次の行動に移る。自室に戻り勉強道具等が一式入ったカバンを持ちリビングへ戻った。
しかしそこに栞は居なかった。リビングを見回すが、栞の姿はない様子。歯でも磨いているのかと、洗面所を見に行くがやはり姿がない。
「あれ……? そう言えば」
よく思い出してみると、リビングへやって来た暁さんの服装は、制服ではなくて私服だった事に気付く。希は急いで二階の暁さんの部屋へと向かった。
コンコンッ
「暁さん!」
ノックと同時にドアを開く。相変わらず部屋の中は荒れたままだが、そんな部屋の机に向かって座った栞がいた。
一心不乱に何かを書いている様子で、どうやら希の声は聞こえていないようだった。
スマホを取り出し時間を確認すると、じきに一時間目の授業が始まる時間になっている。
「遅れてでも、連れてこいって言ってたからな……」
部屋に入り栞の側に立ち、背後から手元を覗き込む。どうやらスケッチブックに女の子のイラストを描いている様だ。イラストが出来上がっていくさまに見とれていたが、そうしている場合ではない事を思い出す。
「暁さん」
希は栞の肩をトントンと叩き声をかける。するとイラストを描く手が止まり、栞は希の方を見た。
「希? どうしたの?」
「どうしたのって、制服に着替えて。学校行くよ」
「まだ描いてる途中よ?」
「学校行ってから描くとか、終わった後に続きをすればいいでしょ」
「……分かったわ」
少し不満そうな表情が見えたが学校に行く気にはなったようだ。
栞はキョロキョロと部屋の中を見回し、首を傾げる。
「どうした?」
「制服、どこ?」
「はい?」
間の抜けた返事を返し状況を把握する。この荒れた部屋のどこかにある制服を発見しないといけないのだ。
さすがに片付ける時間まではないので、洋服、下着、本などの分類ごとに分けた山をつくりながら探す事に。部屋の床が少し覗き始めた頃、ようやく制服を発見すると栞に手渡し、玄関で待ってるからと言い残して栞の部屋を出る。
リビングに戻ると自身のカバンと栞の弁当箱が入った包みを持って、玄関へと向かい栞を待つ。ほどなくして、制服に着替えた栞がカバンを持って玄関へとやって来る。
「お待たせ」
「ん。じゃあ行こうか」
二人揃ってツムギ荘を出る。学校へ向かいながら、希は時計を確認するとかなり時間が過ぎていた事に気付いた。
「一時間目はもうじき終わるか……」
「そうなの?」
「うん。まぁ今回は密約があるから、見逃して貰えるけど……。次は気を付けて」
「ごめんなさい。締め切りが近かったからつい……」
「なるほど。デビューしてると大変だね」
「そうね。締め切りが特に。でも、好きでやってる事だから」
「まぁ、好きじゃないと続かないわな。きっと」
「これからも迷惑かけるかも」
「気にせんよ。ツムギ荘に居るのは、普通よりかなり変わった人たち。これくらい誰も動じないだろうからね」
〜〜〜
学校に到着するとちょうど、一時間目と二時間目の小休憩であった。
靴を履き替え真っ先に職員室へと向かう。
コンコンッ
「どうぞ」
「失礼します。二年情報科の椎名です。暁先生はいらっしゃいますか?」
「来たか椎名! こっちだ」
こちらに気付いた暁先生が職員室の中で手招きをする。
一礼をして、栞を連れ立って職員室の中へ入り暁先生のもとまで行く。
「よく連れて来てくれた。約束通り遅刻の件は、こっちで何とかしておく」
「本当にお願いしますよ」
「あぁ、まかせとけ。にしても二人とも、何かを始めると自分の世界に籠る、ってところはやっぱり変わっとらんな」
「そうでもないですよ、おじさま」
「まったく、実力があっても自覚がないから、たちが悪いと言うべきか。……はぁ、まあいい。授業が始まる前に、自分の教室に早くいけ」
職員室を出ると裕美がいた。どうやら同じクラスの栞を迎えに来たようだ。
「待ってたよ~♪ さ、行こうか栞ちゃん」
「あとは頼んだ」
「まかされた!」
後の事は同じ芸術科の裕美に任せて、自身の教室へと向かう。
教室に到着し自身の席に着き一息をつく。
「重役出勤だね、みーくん」
声のする方を見るとそこには数少ない友人の高須縁が立っていた。
「まぁいろいろあってね」
「いろいろ? いったい何があったの? 」
縁に訊ねられ希は少し考えてから答える。
「春休みの終わりにさ、新しい住人が来たんだよ」
「あ、もしかして噂の転入生? 」
「噂? 」
「転入生で特待生なのに、初日から姿を見かけないって」
「へぇ……そんな噂が」
「で、その転入生がどうしたの? 」
「まぁなんと言うか……さすがツムギ荘に住む人って感じかな」
「なるほどね」
希は授業の準備をしながら、ツムギ荘の住人だからとほとんど説明を省いて言うが、縁はあっさりと納得する。ツムギ荘の住人が変わり者と言うことが、いかに浸透しているかよくわかる。
「……あれ? あっ、しまった」
「ん? その弁当箱がどうかしたの?」
「いや、暁さんの弁当箱も持って来ちまった」
カバンの中に自身の弁当箱が入っている。手に持っていたもうひとつの弁当箱。栞に弁当箱を渡すのをすっかりと忘れていた。
「昼休憩になったら届けるか……」
一応連絡を入れておこうとスマホを取り出すが、そこで手が止まる。
「どうしたの? 」
「そういや、暁さんの連絡先わからんわ」
連絡先を交換していなかったことを思い出す。
「確か転入生は芸術科だよね。それなら、同じ学科の生徒会長に連絡すれば? 」
「まぁそうするしかないか」
希は裕美宛に一文、『昼休憩になったら直ぐに暁さんを生徒会室に連れてきて』とメッセージを送る。メッセージを送ったところで二時間目の予鈴がなり授業が始まるのだった。
〜〜〜
昼休憩になると希は自身の弁当箱と栞のお弁当箱を持って教室を出る。
向かうところは生徒会役員の特権とも言える専用の部屋、生徒会室。
一応生徒会役員庶務の身なので、使用権利はある。と言うか生徒会室の備品の管理や掃除は希がおこなっている。
「たまにだから、こういう使い方しても、まぁ問題ないじゃろ」
生徒会室に到着すると鍵を使って扉を開けて中に入る。弁当箱を机の上に置きいつもの場所に座る。
「しっかし、どうしたものかなぁ」
考えるのは今朝の出来事。結局何で部屋の中が荒れていたのか、まだ聞けていない。けど暁先生が気になることを言っていた。
『何かを始めると自分の世界に籠る、ってところはやっぱり変わっとらんな』、『実力があっても自覚がないからたちが悪いと言うべきか』だったのか。
暁先生の言葉を踏まえて考えると、創作の世界にのめり込むと周りが見えなくなり完成するまで集中する、その間の行動はほぼ無意識で自覚がない。
作品や物事に対する集中力は、まぁ理解できた。希も読み入ると作品の世界に没頭している。しかしその間の行動が無意識って言うのは突飛すぎる推理に感じた。まぁなんにせよ、本人に聞けばすむ話である。
「希~。栞ちゃん、連れてきたよ」
生徒会室の扉が開かれ裕美と栞が入ってくる。
「ありがとさん。暁さん、はいコレ」
希は栞にお弁当箱を手渡す。
「ありがとう、希」
「あ! やっぱり栞ちゃんのお弁当は、希が持っていたんだね」
「あーまぁ、うっかりな」
「私も持ってきたから、ここで食べちゃおうよ!」
裕美がいつもの席に座り、自身の弁当箱を広げる。
「ま、そう言うわけだから、暁さんも好きなところ座って食べていくといいよ」
自身の弁当箱を広げながら、栞に座って食べていくように促す。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
栞は希の隣の席に座るとお弁当箱を広げると食べ始める。
「そう言えば希。登校が遅かったけど、何があったのか話してよ」
「それなぁ……」
昼食を取りながら希は今朝の出来事を裕美に話す。肌色多めな光景の事はもちろん話さずに。やがて話し終えると、裕美納得して相づちを打った。
「なるほどねぇ」
「それで納得出来るのかよ」
「そりゃまあ、ツムギ荘に住む人のする事だからね。やっぱり変わってるのが普通。平常運転ともとれるでしょ」
「その変わり者の筆頭は、特待生の称号を生徒会長になるからって、返上した古賀さんだろ? みんな不思議に思ってるぞ」
「特待生返上の事? 私には必要な事だった。ただそれだけだよ? しいて理由をつけるなら」
「つけるなら?」
「肩書は1つで良いかなって。それに、特待生の枠は人数が限られてるから、必要なピースを揃える為に、枠を空ける必要があったんだよね」
「ピース? えっ? これ何の話?」
「あっ、しまった……ちょっと話し過ぎたかも。えっ〜と、今のナシ!」
「なんじゃそりゃ」
「キミはツムギ荘の常識人。普通の人で居たいんでしょ? なら、変な行動しないようにしないと」
「そうなんだよなぁ……日常化しないように気を付けないと」
変人の巣窟と影で言われているのは伊達ではないなぁと頭の中をよぎる希。
しかしながら、自身の口調が直近に読んでいた本に引っ張られコロコロと変わる、生徒会に居る謎な人という点で、既に影では変わった人、ツムギ荘の住人と言われて納得、と言われているのだが……本人はその事を知らなかった。
「……あっぶなぁ、なんとか誤魔化せた。演技型の性格に誘導したの、まずったかなぁ。……いや、コレはたぶん積み重ねの影響が、如実に現れて色々と不安定な状態」
希がしみじみと思いに馳せている一方で、裕美が誰にも聞き取れないほど小さな声で呟く。
「……でもまぁ、確定して抜け出せれば、結果的には問題ないし……今回はコレでいきましょう」
その裕美の呟きは何を意味し、何の事であったのか。小声だったため、誰の耳に留まる事もなかった。
「それじゃ本題に戻ろっか。栞ちゃん、何で部屋が荒れてたの?」
裕美は希が気になっていた事を訊ね、自然と視線が栞に集まる。栞はマイペースに食べながら、首を傾げた。
「……何でだろ?」
「おいおい……無意識でやったとか言うオチはやめてくれよ」
「確かイラストを仕上げようとして……描いてて……」
「描いてて?」
「いつの間にか寝てたわ」
「肝心の部分がとんだ!?」
「……! ほんとだわ」
自身の説明に驚く栞。その様子に裕美は笑いをこらえていた。
「う~ん。たぶんイラストの資料を探していて、場所が分からずに全部出した……?」
「疑問系なんだよなぁ、自分のしたことなのに」
「大丈夫よ。迷惑はかけない」
「朝の事もう忘れたの!?」
「……あれは、たまたまよ」
「ほんとかなぁ」
「あははっ。仲が良いね二人とも」
裕美はそれじゃあ、と言葉を続けた。
「取り敢えず、希。キミは栞ちゃんに仕えてみれば」
「私に仕える?」
栞が首をかしげる。裕美はかまわず話を進めた。
「たぶん相性良いだろうし。何よりキミ、放って置けないでしょ?」
「……」
「無言は肯定だよ?」
裕美の言う通り、たぶん放って置けない。それに奉仕しがいがありそうと希は感じていた。
「栞ちゃんはどう? 希があなたのに仕えるのは?」
「好きにすればいいわ。私のやることは変わらないもの」
「じゃあ決まり! 会長特権として、希に命じます。ツムギ荘内での栞ちゃんのサポート。お世話係に任じます」
「お世話係って……また突飛な事を。ちなみに拒」
「否したら、今後は表に出る仕事もやって貰います」
「……やります」
表に出ることは避けたかった希は、こうして栞のお世話係となった。とりあえずツムギ荘で生活のみだが。
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