第2話 古賀裕美は予言する

 一夜明けて本日は春休み最終日。今日は入学式があり新入生以外は一部例外を除いて休みだ。

 ……その一部例外に当たるのが生徒会役員。と言っても式に出るのは会長、副会長、書記の三人。庶務の希は出ない。

 元々、希は表に立たない事を条件に生徒会役員になってるため、少し特殊な立ち位置である。


 そんなわけで裕美は既に寮を出ていた。

 希はと言うと、朝食を食べ終えて制服をまとい学校へ向かう準備を整えていた。

 本来なら今日まで休みで、明日から学校だったのだが……昨夜の事。暁先生と裕美から、栞を学校に案内するように頼まれたのだ。

 表に立たない事を条件に生徒会役員になったが、その条件を通すために裏方の仕事、会長の無理の無い範囲のお願いは聞く事になっている。


 そんなわけで必然的に、本日の予定が前日に急に決まった。

 準備を整え終わるとリビングへ向かう。リビングでは栞が既に待っていた。


「準備は良い感じかな?」


「えぇ、大丈夫。今日は案内よろしくね、希」


「はいよ。……って言ってもまぁ、大まかに使うであろう施設を案内するだけど」


 制服姿の二人が連れ立って学校へ向かう。ほどなくして到着すると、正門前は人で溢れていた。


「正門前は入学の写真スポットになってるのか……裏門側は車が出入りしているだろうし、人混みがすごいけど、正門から行くしかないね。着いてこれる?」


「たぶん……でも見失ったらどうしましょ?」


「あー、じゃあ手でも繋ぐかい? ……やっぱな」


 手を差し出すが気恥ずかしくなって、やっぱなし、と言いかけたタイミングで手が繋がれる。


「え~っと……」


「さっ、これでエスコートをお願いしようかな?」


「はぁ……、まぁこの人混みで見失ったら探し出せん自信あるし、仕方ないか」


 二人手を繋いで、人混みの中校舎へと近付く。校舎へ到着し二年用の玄関にたどり着くと、繋いでいた手を放す。


「あっ……」


「体育館と一年教室は避けるとして、その他の教室は一通り回る、で言いかな?」


「……。それで大丈夫です」


「?」


 栞は何か不満そうな様子だが、希には原因が分からなかったので、気付かなかった事にして、取り敢えず案内を開始する。

 その道中は他愛の無い話をしながら案内を進めていく。


「暁さんは芸術科なんだよね?」


「えぇ、芸術科の特待生として通うわ」


「ほぅ、特待生! って事はもう一般でも活動してたり?」


「してるわ。ペンネームは矛盾存在アノマリー


「ペンネーム……ってなると、何かしら書いてる人なのかな?」


 スマホを取り出し、アノマリーで検索をしてみる。意味やネット記事と色々あるなかで、あるイラストレーターのSNSが目につく。


「もしかしてコレ? 」


 希はスマホに表示させたイラストレーターのイラストを栞に見せた。画面を見た栞は頷いて答える。


「それであってるわ」


「矛盾存在って書いてアノマリーね。イラストを描いてるのか。へぇ……あ、このイラスト確か」


「あぁ、駅前でキミが読もうとしていた、ライトノベルのイラストね」


「って事はイラストレーターで間違いないと。……あれ? 性別年齢非公開、顔出ししてないよね、これ。……これって本当に教えて貰って良かったの?」


「希には特別よ。けど他の人には秘密にしてね」


「……りょーかい。ちなみになんで矛盾存在ってペンネームにしたの? 」


「おじさまが付けてくれたの。だから、特に深い意味はないわ」


「へぇ、暁先生が。にしても、もう活躍しているとなると大変でしょ」


「そうでもないわ。好きなことをやってるだけだもの」


「へぇ……そう言うものなんだ」


「あなたは?」


「ん?」


「希はどうなの?」


「どうとは? 」


「やりたいことないの? 」


「俺は……とくに何も無いかなぁ」


「ないの?」


「やりたいこと、夢って言うのが思い付かんのよね。だからまぁ、夢とか目標がある人は尊敬しとるよ」


 そんな感じで会話をしながら校内を回り、大半を案内し終えた頃にはお昼になっていた。


「食堂は今日は開いてないし、寮に戻ってお昼にしようか。簡単なもので良いなら作るよ」


「私もそれで問題ないわ」



〜〜〜



 ツムギ荘に戻り希は冷凍うどんを湯がいていた。


「梅干しは食べれる?」


「食べたことないわ」


「ん、ならネギと天かすは?」


「大丈夫よ」


 リビングにいる栞に薬味で食べられるものを聞いて、冷凍刻みネギと天かすを用意する。うどんが茹で上がると、器に粉末出汁を入れてからうどんを入れる。上から冷凍ネギと天かすをかけて完成すると、リビングに持っていく。


「お待たせ。それじゃいただきます、っと」


「いただきます」


 特に会話をすることもなく、各々黙々と食べる。

 うどんを食べ終えると希は栞に午後の予定を訊ねた。


「午後はどうする? 俺は自室で本を読むつもりだけど」


「私も午後からは、自室で作業するわ」


「了解。何かあれば声かけて。あ、洗い物は俺がするから食器はそのままでいいよ」


「分かったわ。ごちそうさま」


 そう言って栞はリビングを出ていく。希は食器を洗い終えると自室に戻り本を選ぶ。


「何読むか、だけど……これかな」


 手に取ったのは昨日駅前で読もうとしたライトノベル。栞がイラストを担当している作品で、ジャンルは青春ラブコメ。

 読もうと本を開いたタイミングでスマホが鳴る。メッセージが届いたようだったので本を置き、メッセージを見る。


古賀こがさんからか……」


 メッセージの内容は……『入学式、無事終わったよ! 私たちは始業式のリハーサルやるから、椅子の片付けよろしく!』と言うものだった。


「……お仕事じゃね。じゃあ行きますか」


 寮を出て学校へ向かい、直行で体育館を訪れる。中では裕美が明日の始業式のスピーチの練習を舞台上でおこなっていた。生徒会副会長の村上むらかみ呉葉くれはと書記の高町たかまち大智たいちは、椅子の片付けを先に始めているようだった。


「入学式、お疲れさま。呼ばれたんで来たよ」


 二人に一声掛けて、希も椅子を片付け始める。全体の七割ほど片付け終わった頃、裕美がリハーサルを終えて片付けを手伝いに来た。


「あともう一息だね。さっさと片付けて帰ろ~!」


「だったら口より手を動かしましょ?」


「村上さんに同意。古賀さん手を動かそう?」


「希~。二人が冷たいよ~」


「そりゃはよう終わらせたいから、古賀さんが悪い」


「味方がいない!?」


 口が動いているが、手もキチンと動かしているので片付けはちゃんと進んでいる。ある意味このワイワイした感じはいつも通りなのだ。


「そう言えば椎名、転入生は?」


「寮に居るよ?」


 質問に答えるが大智は、そうじゃなくてと言葉を続ける。


「ツムギ荘の寮に住むんだろ? となれば、天才なのか問題児なのかだよ」


「あぁ、そう言うことね」


 裕美から転入生がツムギ荘に住むことになったことを聞いたのだろ。ツムギ荘に集まるのは良くも悪くも変人たち。新しく来た転入生と言うのがまともな人なのか、それとも問題児なのかは気になったのだろう。

 聞かれたはいいが自身もそこまで詳しく知っているわけではない。それでも転入生との交流は親戚関係の暁先生を除けば、今のところ希が一番多い。希は少し考えて答え始める。


「ん~、特待生らしいからまぁ、才能はあるんじゃろうね」


「へぇ、特待生だったのか」


「そうみたい。でだけど、今のところ問題児って感じはせんけどねぇ」


「なるほどなぁ」


「ツムギ荘の執事さんが言うなら間違いないでしょ♪」


「古賀さん、一応言っとくけど俺は執事じゃない」


「えぇ~、なら従者? どっちにしても希って人に仕えるの好きでしょ? 実際、生徒会入りの条件もそうだもん。『表には出ない。裏方の雑務なら』ってさ」


「……まぁそうやね」


 それが希がツムギ荘の住人な訳とも言えた。自分より他者が評価されるように立ち回る。自分が評価されるよりサポートした人が評価される方が嬉しいと感じ、ひそかに自身が仕えるべき主を探し求めていた変わった人物であった。

 ゆえに希の評価は、良くもなく悪くもなくの平均的なもの。成績も平均的なことも相まって、隠れて目立たない生徒。

 とある先生が希の隠れた献身さに目を付けた事がきっかけで、生徒会へとスカウトされたのだ。

 

「ま、雑用全般やってくれているのは助かってるんだけどね」


「生徒会長は仮にもトップ。ならまぁ、支える相手ではあるな」


「いっそ栞ちゃんが希のあるじになったら面白そうだね」


 そんな話をしているうちに体育館の片付けが終わる。裕美たちは明日の段取り確認をするそうなので、希は先に帰らせてもらうのだった。

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