第15話 おおなめくじ

 真横でガタガタと震えるフィーナを見つめる。


 ――そう、うちの奥さんはミミズが大嫌いなのだ。


 なんでも子供の頃、岩をどけてみたら、ミミズが一〇〇〇匹いたのを目撃して以来、駄目らしい。うねうねくねくね、粘着液をまといながら動く様は軽くトラウマだとか。


 ちなみに俺の趣味に釣りがあるのだが、ミミズを掘るときは細心の注意が必要だ。もしも彼女に見せようものならば卒倒する。好感度が五は下がるだろう。それを取り戻すには、お洒落なパンケーキを三枚は食べさせないと挽回できない。


 釣り餌用の小さなミミズすら駄目なのだからそれが大きくなったオオミミズなどは恐怖と畏怖の象徴のようなものであった。


 ガクガクと震えだし、俺の腕にしがみついてくる。


(……あ、でも可愛いかも)


 基本武力も精神力もある我が奥様がこのように頼ってくれるのは珍しい。


 男は女性に頼られると嬉しいものなので、オオミミズさんナイス、となるのだが、役得役得と言っていられないのは、ヤンカースのオオミミズは厄介なところであった。


 普通のオオミミズとは違い紫色な時点で怪しいと思っていたが、オオミミズは口から酸のようなものを吐き出してきた。


 フィーナをとっさにお姫様抱っこすると後方に跳躍するが、先ほど俺たちがいた場所には大くぼみが出来ていた。


「強力な酸だな。硫黄が大量にあるからそこから酸を生成しているのかな」


 オオミミズに尋ねても回答が返ってくるわけもなく、戦闘態勢に入るが、問題なのはフィーナが腰を抜かしてしまっているということだった。


 不安げに俺を見つめている。


 このまま心を鬼にして彼女を床に置いてから戦闘に入ってもいいが、俺はそのような真似はしなかった。


 彼女は一〇〇年も俺の復活を待っていてくれたのだ。その間に味合わせてしまった寂しさを思うと、ここで突き放すことは出来ない。


 というわけで俺は彼女にこうささやく。


「そうだな、今からダンジョンの上にある染みでも数えていなさい。三〇数えるまでに終わらせるから」


「初めて愛し合ったときも似たような台詞を言っていました」


「あのときは最高の夜だったろう?」


「…………」


「今日はロマンチックではないが、あのときと違ってもっと短く終えるよ。さ、俺を信じて」


 そう言うと、彼女は目をつむり、ぎゅーっと俺を抱きしめてくる。そのまま言われた通り、天井を見つめる。


「……ええと、硫黄でできたつららは染みにカウントしますか?」


 妻の問いに、

「お好きに」

 と答えると、俺は跳躍する。


 お姫様抱っこ状態で戦う以上、自由になるのは両足のみ。


 このふたつの健脚で戦うわけだが、ハンデだとは思っていなかった。


 俺は剣術の名手であるが、徒手空拳の達人でもあるからだ。


 頑張れば素手で岩を砕ける。


 手で出来る以上、足で出来ないわけがない。


 なにせキックはパンチの三倍威力があるというのが通説なのだから。


 俺は自慢の蹴りをオオミミズに食らわせる。


 ぶよんとめり込む俺の蹴り、その威力はすさまじいが、ミミズの身体のほとんどは水分、衝撃は思ったよりも伝わらない。


「一撃で片を付けようと思ったが、やはり特殊個体はそうもいかないか」


 剣と魔法を使いたいところだが、そういうわけにもいかないので、魔法だけ使う。


 といっても魔法で脚力を強化するわけではない。


 それでは芸がない。


 かつて世界を救った七勇者筆頭なのだから、鮮やかに格好良くオオミミズを葬り去りたかった。


 呪文を詠唱しながらオオミミズの攻撃をかわす。


 やつはその巨体を活かして俺を踏み潰そうとする。もしくは丸呑み。


 その攻撃はなかなかに俊敏で、

「俺でなかったら食べられちゃうね」

 といった感じであったが、俺は俺なので颯爽とかわす。


 四回目の体当たりを回避したとき、俺の呪文も詠唱終える。

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