第13話 地下迷宮

 粗末な夕食をともにしながら、俺たちは作戦会議に入る。


「要は陽光樹のしげみ亭をなんとかすればいいんだろう。俺、《隕石落とし》の魔法が得意なんだよね」


「物理的な解決は駄目です」


「なんだよ。建物ごと吹っ飛ばせば一発で解決するだろう」


「報復は報復の連鎖に繋がります。相手が非道とはいえ、同じ土俵に上がってはいけません」


「…………」


 一理あったので、隕石落とし案は一時的に引っ込める。


「しかし、話し合いも通じないのはたしかだろう。どうやってこの宿の窮地を救う?」


「それなのですが、温泉さえ戻ればなんとかなるんですよね?」


 フィーナがミアに尋ねる。


「はい。……たぶんですが」


 少しだけ歯切れが悪い。


「温泉さえ元に戻れば父もやる気を取り戻すと思うんです。そうすれば真面目に働いてくれるかと」


「真面目に働ければ客足は戻るかもな」


 気休めの言葉ではない。ちゃんと根拠はある。


 今、俺たちが食べている夕食はミアの父親が作ったものだ。


 客に出すものではなく、家族用の質素なものであったが、それでもかなり美味い。客人用の素材を使って、手間暇を掛ければさらに美味くなることは必定であった。


「ミア父にやる気を取り戻させるのが一番ってことか」


「はい」


「じゃあ、いっちょ、温泉でも掘るか」


「「え!?」」


 フィーナとミアは目を丸くする。


 俺の言葉があまりに意外なのと、軽かったからだ。ちょいとそこの辻で煙草を買ってくる、くらいのトーンだった。


「今、温泉を掘ると言いましたか?」


「言った」


「そんなの無理ですよ。わたしたちは素人です」


「昔、ドワーフの仲間がいてな、酒を飲むと地層の話をしてくれた。金と銀は同じ鉱脈で掘れるとか、花崗岩のくりぬき方とか。――あとは下に掘り進めばいつか必ず温泉を掘れるとか」


「そうなのですか?」


 フィーナは控えめに確かめてくる。


「ああ、ほとんどの地層で温泉、もしくは冷泉は掘れる。どこまでも掘り進めばな」


「そりゃ、一〇〇〇メートル掘れば出てくるでしょうが」


「ここは温泉地だ。一〇〇で十分だろう」


「一〇〇メートルでも素人では難しいかと」


「普通に考えればな。しかし、俺たち夫妻はチートだ」


「チート?」


「最強ってことだよ。妻は大地の精霊ノームやタイタンと友達、俺は爆破系魔法のプロフェッショナルなんだ」


 土建屋としても喰っていけるほどだよ、そのように宣言すると、翌日、早速、作業に取りかかると宣言した。


 ミアは半信半疑で俺の言葉を聞いていた。


 

 どかーん!



 夜明けのいちじく亭の庭で爆破音が響き渡る。


 近所の人々は、なんだ、なんだ? と見物にくるが、ミアは平謝りしていた。


「レ、レナスさん、近所の人が驚いていますよ!」


「最初だけだよ。真下の岩盤が固かったから、俺が爆破魔法で破壊した。あとはフィーナのノームが掘り進めてくれる」


「はいな」


 とフィーナは大地の精霊を召喚する。


 ドワーフをさらに小さくしたかのような精霊は、それぞれにツルハシとスコップを持ち俺が開けた穴に飛び込んでいく。ツルハシで岩を砕き、スコップで土を掘るノームたち。


「統率が取れていますね」


「はい。ドワーフより働きものです」


 フィーナはそう宣言すると、楽団の指揮者のように軽やかに彼らを指揮する。


「このまま掘り進めれば必ず温泉が湧き出るはずだ」


「たしかにその通りです」


「果報は寝て待て、だな。ミアは仕事でもしていろ」


「レナスさん以外、お客さんはいません」


「そうだった」


「あ、あの、もしも温泉が出たら近所の宿屋にも分けていいですか?」


「構わないぞ。ていうか、ミアは優しいな」


「彼らも困っていますから、お互い様です」


「いや、困窮しているものは視野狭窄になるものだが、君はすごいよ」


「ありがとうございます」


 そのようなやりとりをしていると、ノームの一匹がひょこりと顔を出し、なにか主張している。俺は精霊言語に心得がなかったのでなにを言っているか理解できない。


 なので直接現場に向かうと、ノームがなにを言いたいのか分かった。


「温泉ではなく、地下迷宮を掘り当ててしまったようだな」


「地下迷宮!?」


 ミアが驚きの声を上げる。


「そうだ。どうやらこのヤンカースの宿場町は地下迷宮の上に建てられているらしい」


「そんな話、初めて聞きました」


「極秘事項なんだろうよ」


「知らなかった。しかし、地下迷宮があるってことは温泉は出てこないってことですか?」


「いいや、おそらくだが、八個の源泉はそれぞれ地下迷宮から湧いているんじゃないかな」


「ということはわたしたちも地下迷宮で新たな源泉を発掘すればいいんですね」


「そういうことだ。ま、逆にそっちのほうが助かる」


 そのように纏めると、ノームを指揮していたフィーナが戻ってくる。


「レナス、今、ノームから報告があったのだけど――」


 言葉が途中で止まったのは、俺たちの様子を見て察していると判断したようだ。


「もうダンジョン探索を決めたのね」


「そういうこと。地下ダンジョンは精霊力が弱いけど、くるかい?」


「もちろんです。わたしはあなたの妻、地獄(アビス)の底までお供します」


「ありがたい。まあ、たいした危険はないだろうが、ミアはお留守番な」


 武力ゼロであると自覚しているミア。賢い彼女は付いてきたいなどと我が儘を言うことはなかった。


 ダンジョン捜索のための準備を手伝ってくれる。具体的にいうとサンドウィッチを作ってくれた。料理名人の父を持つ赤毛の少女が作ってくれたサンドウィッチは卵とツナとキノコだった。ツナにはたっぷりとタマネギが入っていて俺の好みだった。


 有り難くミアから弁当を受け取ると、そのままダンジョンに潜った。

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