第12話 ライバル店

 亭主代行のミアに蚤の出ない部屋に案内して貰う。


 一泊銀貨三枚である。


 街の規模を考えれば安い部類に入るだろう。


 この値段で客が入らないところを見ると、部屋が相当汚いのかと思ったが、そうでもない。いや、汚いのだが、不潔ではなく、単純に古びているだけであった。


 窓枠に指を添えるが、埃はたまっていない。


 シーツを確認するが、ちゃんと洗濯されていた。


「意外とちゃんとしているな。どうして客がいないのだろうか」


 色々推察しても分からなかったので、ミアがお茶を入れてやってきたときに尋ねる。


「どうしてこの宿は繁盛していないんだ? それと君の父親はどうして働かない?」


 あまりの直球にフィーナは俺の服の袖を引っ張るが、ミアは気にしていないようだった。


 これもなにかの縁、それに暇なので、という理由でいきさつを教えてくれる。


「先ほどもちょこっと言いましたが、この夜明けのいちじく亭は、昔、それなりの繁盛店だったのです」


「往年の面影はないな。なんで繁盛店から転げ落ちたんだ?」


「それは近所に出来たライバル店のせいなんです」


「ライバル店?」


「はい。大通りのほうに大きな建物がありませんでしたか?」


「ああ、そういえばありましたね」


「あれか。たしかにあの大きな建物によってこの辺が薄暗くなっていたな」


「はい。ライバル店、陽光樹のしげみ亭は宿場町で定められている日照権を破って大きな建物を建ててしまったのです」


「それでお客さんの入りが悪くなったのですね……」


「いえ、違います。あ、いや、もちろん、一因であるんですが、それだけじゃないんです」


「といいますと?」


「一番の原因は温泉を独占させてしまったことなんです」


「温泉の独占?」


「つまり、源泉を抑えられたということか」


「はい。この宿場町には八個の源泉があるのですが、そのうちのひとつをやつらが独占してしまったんです」


「この宿屋が使っている源泉がそいつらに独占されたのか」


「平たく言えば」


「抗議されなかったのですか?」


 フィーナが尋ねる。


「……しました。ですが、この街の温泉組合はやつらのいいなりで」


「組合を抱き込んでいるのか」


「はい。いくら抗議しても駄目で。それでおとーさんはやる気を失ってしまって……」


「それで飲んべえになってしまったんですね」


「はい。昔はこの辺で一番の調理人だったんですが」


「なるほど、そういういきさつがあるのか」


 俺がそのように纏めると、一同はずんと静まりかえる。


 フィーナはなんとかならないでしょうか? と俺を上目遣いに見てくる。


「仕方ない。なんとかしてやる」


 その言葉を聞いたフィーナは「嬉しい」と抱きついてくる。


 ミアは、「え? え?」と目を丸くしている。


「あ、あの、見ず知らずのわたしを助けてくれるのですか?」


「見ず知らずじゃない。すでに俺たちは知り合いだろう」


「自己紹介しただけです。レナスさんたちは宿帳の記載で名前を知りました」


「名前を知ってれば十分友達だ。友達は助けるもんだ。それにうちの妻が助けるといったら、それは決定事項なんだ」


 その言葉にフィーナは頬を膨らませる。


「レナス、それじゃあわたしが恐い奥さんみたいじゃないですか」


「恐妻家も悪くない、はっはっは」


 そのように笑うと、俺たちは作戦を練ることにした。

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