『悪意


主な登場人物


マーク・ロング(新田)

記録する者


ロレール・ファルコス(悠木)

裏切りの騎士


グリンドン三世(榊原)

戦士王。


アリエル(三井)

女王


協力者(輪島、渡辺、野原)


総監督(楠木)』


グリンドン三世は大国を築いた。盲信的に戦う様から戦士王と呼ばれることになり、偉大な王として歴史に刻まれることは約束された。その功績の裏で、多くの死と憎悪を生んだことは否定できない。


とある日に、城壁内で串刺しにされた騎士の遺体が発見された。グリンドン三世は蜂起の可能性を配慮して、マーク・ロングに事件の調査を指示した。マーク・ロングが事件の調査していくと、数年前に捕虜となり行方不明となった副団長ロレール・ファルコスが生存していて、蜂起の準備をしていることがわかってきた。


マークが真相を突き止めた時には既に遅かった。ロレールは国の是正を目的に蜂起を開始したのだ。重税で苦しむ国民を味方にするのは簡単なことだった。グリンドンは国民の為に戦ってきたが、その皺寄せは重税と言う形で国民が引き受けることになった。この皮肉な構図に気づいたグリンドンは戦意を失っていく。城に武装した民が押し寄せる。グリンドンはロレールに謝罪をした。「戦死したと聞かされていた。お前が生きていたとは、すまない」グリンドンは軍勢にバラバラに切り刻まれて、城から投げ捨てられてしまう。戦士王らしいと言うべきか、悲惨な最期となってしまった。


蜂起後に前王の妃であるアリエルと婚儀を結んだロレール・ファルコスが新たなる王となり、子宝にも恵まれた。こうして国は安定するかと思われた。


しかし、ロレール・ファルコスが病死した。この突然の王の死に国民は嘆き悲しんだ。


マーク・ロングはロレールの死を不審に思っていた。王の遺体、持ち物を、その日の行動を逆算していくと、ロレールは毒殺されたのではないかと、思案を巡らせていく。数日前にもロレール王が狩猟をしていると、矢が命中しそうになる事故があったことがわかってくる。その騎士は王妃アリエルに仕える者であった。偶然なのか、ロレールの従者は過去にアリエルに仕えていた者であった。


アリエル王妃は血縁的には国の正統な後継者である。女性であるが為に、即位することは叶わなかった。だからアリエルは、夫達を傀儡として裏で国を操っていたのだ。人並外れた美貌と知略、才媛のアリエルにとって、戦うことしか己を誇示できない夫なんて知れた存在である。真の後継者である子供を授かったアリエルは、子を即位させながらも自身が国政を握った。



 物語は終盤であった。マークはアリエルを糾弾する準備をしていたが、おそらく正統法で臨んでも罪人となり処刑されることは間違いない。そこでマークは仲間を募って、アリエルを暗殺することを決めた。アリエルは、政敵を次々と排除して、政権を固めていた。方法の強引さ、時には大胆に、一度でも残酷な方法に手を染めてしまうと、もはや誰にも止めることはできない。誰もが怖れ、信頼を失っていくことで、アリエルを味方する者はいなくなっていた。


 とは言えマークには、アリエルの命を奪うまでしたくはない願望もある。暴力に暴力で答えることは、愚行である。は新たな争いの火種を生むだけで、前進はしないのばないか。それは避けたいことであった。マークはアリエルが罪を認めるなら、表向きは隠居として、最悪を想定して、流罪だけで済ませることも、選択肢として残す考えを持っていた。


 マークの思いに答えて10人以上の上院議員が集まった。屈強な男もいれば、恰幅のいい男、痩身な男もいた。全員が武器を片手に持っていても、アリエルは威風堂々としている。この状況を理解していないわけではないだろう。マークは焦っていた。このままでは最悪な結末になってしまう。


 その結末は突然やってきた。一人がアリエルを刺してしまった。感応するように、一人、また一人とアリエルを刺していく。アリエルの従者が動いた。現場はあっという間に濃い朱色に染まっていた。これで劇が終わった。


 私こと野原は、木とか石とかシーンごとの壁を動かしたりとか、台詞はないが舞台には一通り立っていた。疲れた。ここまで失敗はなかったし、あと少しで解放されると思うと、嬉しいような、悲しいような複雑だけど、どんなものにも終わりがある。


 アリエル(三井)が倒れた。照明が徐々に暗くなって、フェードアウトする。はずだったんだけど、いつまで経っても幕を閉じるような雰囲気がない。客席もゾワゾワしていく。


 「輪島は何をしてるんだ」と楠木先輩が、事態に気づく。私も楠木先輩達に倣って、調光兼音響室に向かう。輪島先輩は目を大きくした。


「なんだよ。お前ら。締めだろ」


「何を言ってんだ。いつまで三井にスポットライトを当ててるんだよ」


 楠木先輩が捲し立てる。


「はあ?? お前の指示だろ」


「何を言ってんだ! とっとと照明を消せ。終わらせる」


「待て」と叫んだのは榊原先輩だった。アリエル。三井先輩がアドリブで語り出していたのだ。拍手喝采。アリエルの真意。台本にはなかった。本懐が語られていく。劇中、もちろん台本でも語られることがなかったアリエルの真意。行動の指針。過程と結果。圧倒的な存在感。誰もが壇上のアリエル、つまり三井先輩に注目をしていた。


 最後の最後でトラブルがあったが、三井先輩のアドリブでなんとか乗り切れた。しかし、これは楠木先輩と、三井先輩の確執を強める内容に思えた。



 演劇は評判がよくSNSでの拡散も凄まじいものになっていた。チケットは一枚500円で売っていたことが、後にわかる。それなりに収益を得たようだ。協賛会社の宣伝もバッチリのはず。これ以上の成功はないだろう。それでも総監督を務めた楠木先輩は、打ち上げの場でも仏頂面であった。


「ところで輪島。どうして照明を消さなかったんだ」


 楠木先輩は輪島先輩の隣に移動した。心配になったので私も、隣に移動する。


「またその話か」


「何度でも聞く。僕が台本を変更した覚えはないぞ」


「だから、一昨日に台本に変更があったと置き手紙が部室に置いてあったんだ。ラストにセリフが付け足されただけで、ほとんど変更はなかったから特に気にしなかった。確認しなくて悪かった。これで満足か」


 輪島先輩は呆れたように言った。


「輪島……僕は君の謝罪が聞きたいんじゃないんだ。誰が台本を変更したのか知りたいんだ。良かったら台本を見せてくれないか?」


 輪島先輩は鞄から台本を取り出した。楠木先輩がエクセルで書いて、印刷したものだ。適当にパラパラと捲っていく。最後のページを除いて、演劇部の全員が持っている内容と変わらないように思えた。


「最後のページだけ付け足されていますね。一応、台詞もあります」と私が言う。台本に「照明をアリエル(三井)に一点」と書いてある。台詞も書いてあったが、三井先輩のアドリブの内容とは違ったと思う。


「これは輪島先輩が書き加えたんですか?」


「俺が書いた」


「その置き手紙はありますか?」


「いいや。もうない。どこかで捨てた」


「これはどう判断すればいいんだ。台本を差し替えるメリットってなんだ。僕への当て付けか」


「まあ。そうなるかも知れませんね」


 本心が滑ってしまった。これは失言だ。楠木先輩は私の意見に同調する。


「野原もそう思うか? だけどパソコンのデータはUSBで野原に渡しただろ? 君に心当たりはないの」


 一ヶ月以上前に台本に修正があると、楠木先輩に印刷を頼まれたことがあった。あの時は完成形だと聞いた。細かい修正はあったが、演者が各々で書き加えていたと記憶している。


「他のメンバーはどんな感じなんですかね?」


 台本を渡されたメンバーに聞いていくと、輪島先輩にだけ台本の変更の通達があったことがわかってきた。



 文化祭での出し物を大盛況で終えた演劇部では、暇を持て余している部員が多くいた。主役の座を射止めた新田先輩も、その一人だった。なんだか抜け殻みたいな表情で、非常階段を占拠していた。


「新田先輩は何をしてるんですか? せっかくの文化祭なのに」


「どうしてウチの文化祭は三日もあるんだ。1日でよくないか? マジでやることがない」


「そんなことないですよ。楽しみましょうよ」と言った私ではあるが、時間を持て余しているのは、私も同様だ。新田先輩も同類であることを仮定して、私は本意を晒す。


「けどまあ。少しだけ私とお話ししませんか? 暇なんでしょ」


「暇とは違う。限られた高校生活を贅沢に使ってるんだよ。ちなみに、演劇部のことなら話すことはないよ」


「わかってるんじゃないですか。単刀直入に聞きますけど。昨日の三井先輩のアドリブはどうでしたか?」


「それはどう言う意味かわからんけど、アドリブにしては大したものだと思うよ」


「ですよね。やっぱり三井先輩は凄いですよね」


「演劇プランで楠木とよく対立していたからな。アドリブに対応できるくらいには、アリエルの人物像が出来上がっていたんだろう」


「そう言うことはいつもしてるんですかね」


「それが天才の所業だよ。きっと想像力がずば抜けて優れてるんだろ。三井の中でアリエルは生きてるんだ。だから明確なビジョンがある。それを形にする演技力もある。本物の女優だと思うよ。結果的に三井も思惑通りの演技になった。観客から評判もいい。あまりにもいいから文化祭最後の明日も再講演をするかも知れないらしい。俺は気持ちの整理ができた。俺は三井に告白するよ」


 再公演なんて聞いてないんだけど、そんなことよりも全く持って異なる情報が耳に入ったんだけど。


「え!? 三井先輩に告白するんですか??」


 私が素っ頓狂な声をあげる。新田先輩は微笑んだ。


「昨日の演技が良かった…ずっと三井の演技が好きなんだと思ってた。けど最後に演技を終えた三井のやり切った顔を見たときに、俺はあいつが最高の演技をするために、頑張ってる姿、思い悩んでいる姿が心底好きなんだと気づいたよ。応援がしたいって思った。確信が持てたんだ。あいつに誰よりも才能がある。だからあいつに手が届くうちに、なるべく側にいたい」


「そっか。ふふふ。頑張ってくださいね。密かに応援してますよ。なんならお手伝いしますし」


「ありがとう。何かあればお願いするかも。今は最後になるだろう公演を成功させることに注力する」


 なんだか急に楽しみになってきたな。どうなるだろう。三井先輩と新田先輩か。


「それにしても、再公演なんて。聞いてないんですけど」



「ねぇ、悠木。今回のトラブルだけど、正直どう思った?」


 急遽、再公演が決まったことで、私と悠木は新たにチラシを配ることになった。適当な場所を二人で陣取って、行き交う人々に押し付けるようにチラシを渡す。


「どうって。三井先輩のアドリブがすごいくらい。それに尽きる。実際にかなり評判良かったし、こうして第二が公演があるのも、三井先輩のお陰だろうし。これは榊原先輩も喜ぶだろうな」


「榊原先輩が喜んでも。楠木先輩がね」


「楠木さんか。まあ、あの人は楽しくないかもしれないね。総監督としてかなり頑張ってから。最後の最後でとんでもない裏切りにあったと考えてるかもな」


 悠木は微笑んだ。


「まさにそんな感じ。めっちゃ怒ってた。だけど最後のアドリブが一番評価が良かったから。負けたってさ」


「差し替えた犯人が、三井さんなら自身の演技力への矜持、楠木さんへの当て付け。犯人が別にいるなら、三井さんへの嫌がらせの可能性もある」


 悠木の考えに驚嘆した。私は楠木先輩への敵意から、演劇部の誰かが仕向けたとばかり思っていたからだ。部外者が突然やってきて、部を仕切り始めたら誰だって嫌悪を抱くと思う。それが演劇部の口から全く違う意見が出るとは。


「どうしてそう思うの? 私は楠木先輩への悪意だと思ってたんだけど」


「部外者からしたら、そう見えるのかもな。だけど楠木先輩がいなければ演劇部は当の昔に廃部することになっていたんだ。楠木先輩を総監督で招き入れたことは演劇部の総意だ。不安を思う人もいるだろうが、邪魔をするような奴はいないと思ってる」


 悠木の物言いには怒気がこもっていた。


「それだと三井先輩が誰かに恨まれてるみたいじゃん」


「可能性はあるだろ?あれだけの美貌で、演技も上手いなら」


そんな理不尽な理由で?逆恨みもいいところだ。けど、私も愛木先輩や三井先輩の才媛には理不尽を感じると言えば、感じる。どうして神様は人類に平等を与えないのか。ただ、それを決してマイナスな感情に置き換えるなんてことはない。わたしは憧憬として捉えている。


「そう言えば。以前は協賛とかまでして演技をやってたんでしょ? 今回もそんな話はあったの?」


「あったじゃないか。楠木先輩と榊原先輩が動いたと思うけど。じゃなかったら衣装や小道具なんて用意できないよ」


「もう一つ聞きたいんだけどいい? チケットの売り上げは何に使われるの?」


「それは俺は知らないな。一部は協賛元に返すって聞いてるけど。殆どが部費として次の世代に受け継がれる。と言っても今年で演劇部は廃部になると思う」


 悠木は陰鬱そうに言った。


「なんで? せっかく先輩達が頑張ったのに、悠木が受け継いで行かないと」


「先輩達が卒業したら、部員は二人だけだ。それに榊原先輩の意向で、今年で廃部になるはずだったんだ。俺がやりたくてもやれないんだよ」


「どうして榊原先輩は廃部させようとしてたの?」


「俺からは言えない。榊原先輩に話してみてくれ」


 悠木の悲しげな顔を見たときに私は数ヶ月前のことを思い出した。副島さんが登校を拒否するようになり、私は彼氏である悠木に話を聞いたことがあった。悠木も何も知らないようで、戸惑い、不安を呈していた。そして、涙を流した。私は本当に無力であると実感した。愛木先輩なら聡明な頭脳で、きっと解決するだろう。それを裏付ける実績と経験値の差。私は先輩にはなれない。憧れは永遠に昇華しないのだ。


「悠木、ありがとう」


「え? ああ。こちらこそ、ありがとう?」


 悠木は困惑した様子だった。不意に私は副島さんの家を訪問したことも思い出す。副島さんと話すことは叶わなかった。先客がいたからだ。悠木だった。悠木は玄関前の座り込んで、涙を流していた。


「僕は、人殺しだ」なんて言うので私は二人の間に決定的な事柄が起こったことを察した。同時に部外者である私が不用意に入り込んではいけない領域であることも理解する。悠木を慰めること、私は下手な発言を控えることに努めた。あれから副島さんは退学することになり、悠木も失落したように笑顔が消えた。時間の経過だけが解決する。悠木は以前のように笑うようになったが、やっぱりどこか別人な気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る