柊木ヒカルは何を思う?

 音楽は楽しくあるべきだ。誰よりも自由に表現して、誰よりも楽しんだ者が評価されるべきだと私は思う。失敗なんて気にする必要はない。確かに、音楽で評価されたいなら、どんな形であれ人の心を動かすべきだ。だけどまずは自身が楽しむこと。これが基本であり、真髄だ。渡部くんにバンドに誘われた時のことは、今でも覚えている。でも、最初は断った。渡部くんのことをあまり知らなかったからだ。どうせやるなら、楽しい奴と組みたい。上手いか下手かは後の話だ。私の心が躍るような奴と、音楽をやりたい。結論から言うと、渡部は面白い奴だと思った。何よりも音楽を楽しむ姿勢が気に入った。技術的には未熟な面が目立ったけど、二年生になる頃にはバンドの顔として十分な技量を身につけていた。私は美波を説得して、バンドに参加させた。美波は他校の生徒や、ライブハウスで出会ったバンドマンなどと掛け持ちをしていたこともあって、渋っていたが最終的には姉妹パワーで強引に入部させた。思いの他関係性は良かったと思う。バランスは良かった。だけど音圧が足りない。渡部が新しいメンバーを連れてきた時に、正直に言って私は懸念した。その不安が的中することになるなんて思いもしなかった。



 片桐良太はギターの演奏経験があるとのことだったが、初心者に毛が生えたレベルだった。Fコードができるだけ、妥協するべきかも知れない。想定外だったのは、片桐くんが想像以上に練習に、熱心だったことだろう。誰よりも遅くまで部活動に取組、平日も土日休みも時間が許す限りはギターに触れているとのことだった。そのモチベーションはどこから湧き上がってくるのかは、誰からも見ても一目瞭然である。 

 

 美波だ。美波に好意を抱いていることは、端から見ていても想像は容易い。美波に少しだけ褒められたくらいで、あれだけ幸福そうな表情ができるのも珍しいのではないだろうか。片桐の上達スピードに合わせてライブの日程が決定した。バンドにとって初めてのライブは成功と言えた思う。


 この頃に私は美波から相談を受けていた。片桐からのメールの多さに、参っていると言うのだ。曲の練習をしていて、疑問に思うとなんでも美波に聞いていたらしく、美波も律儀にメールを返信していたようなのだ。ライブが近いこともあって、丁寧に答えていたようだが、ライブが終ろうとも片桐のメール頻度が減ることはなかった。むしろ音楽には関係ない内容が増えた。


 無視をすれば良いと私はアドバイスをするが、次の日にしつこく催促をされることもあったと言うのだ。私が無難を方法を思案していると、美波が代わりに話してくれと提案してきた。


「どうして私が? 自分に言えばいいじゃない」と私は言う。


「無理だよ。だから頼んでるんじゃない。そう言うのは私よりもヒカルが得意でしょ」


 納得はいかない。不毛な話し合いが続いたが、大切な家族の頼みなら仕方ないと最後には承諾していた。



 私達は双子だ。一卵性の双子なので顔も体も、瓜二つ。精神的な繋がりも深いと自負している。だからこそ互いの欠点を十分に熟知して、補ってきた。私はロングの黒髪のウィッグを被ることで、美波に変装した。誰も私とはわからない。昼休みに美波と入れ替わって、私は片桐に会った。この間に美波には万が一の為に、ショート黒髪のウィッグを被って私に変装して隠れてもらった。


「片桐くん。急に呼び出してごめんね」


 部室に二人で会うなんて、期待させるかもしれないが、忖度なんてしていたら、こちらが持たない。私はなるべく美波になり切る。双子なんだ。誰よりも一緒に過ごしてきたんだ。美波をイメージして、乗り移っていると思い込む。強く信じるだけで、私は美波になれた。


「そんなことはないよ。突然で驚いたことは確かだけど。もしかしてバンドのこと? ギターの練習ならしっかりやってるつもりだけど」


「うん、片桐くんの頑張りはみんな知ってるよ。毎日練習してるのは立派だと思うよ」


「えーと。そしたら話って何?」


「言いにくいことなんだけど、メールの頻度を少なくして欲しいの。実はバンドをん何個か掛け持ちしてるから、ベースの練習が忙してね。あんまり催促とかされるのは辛くて」


 もう少し言葉を選ぶべきだったか。片桐くんは怒りとも悲しみとも捉えられる顔色を浮かべた。


「やっぱり迷惑でしたよね。ごめんなさい。その」


 片桐は口ごもると、頬を赤く染めた。拒否されて憤りを感じてるのだろうか。多分、違う。予感が的中するなら、私の役目は選択肢を潰すことに変化する。私は非情だろうか。話を遮ってまで言い放った私の言葉に、片桐くんは絶望したような表情を浮かべた。私の目的は美波を守ることだ。しばらくて片桐くんが部活に参加しなくなっても、私に罪悪感はまるでなかった。



 あの事件が起きた日のことを書き起こさなくてはならない。まさか片桐くんと、渡部くんが喧嘩をするなんて。渡部くんは軽薄で、失言することもしばしばある。今回も渡部くんは何か余計なことを言ったのだろうと私は思っています。授業を終えて準備を終えた私は、部室に向かいました。部室に雰囲気が違うことは、瞬時に理解できました。渡部くんは丸まるように蹲っていて、苦しそうに呻き声を上げている。傍らでは片桐くんが、呆然と立ち尽くしていました。その姿は状況をまるで飲み込めていない様子でした。きっと自分がしたことの重大さに気づいて後悔してるのだと私は思いました。


「何があったの?」


「……これは、その」


 片桐くんは充血した眼を私に向ける。


「ただの喧嘩だ!!」と振り絞るように渡部くんが言いました。激しい怒りを訴えるような様子に私は萎縮してしまい。逡巡してから逃げるように先生を呼びに部室を出ました。その後は皆さんの知っての通りです。渡部くんは入院することになり、片桐くんは謹慎処分、部活動はしばらくの自粛を言い渡されました。今回は愛木さんのお願いで、文章にまとめてみましたが、これで良かったのでしょうか? 美波は責任を感じているのか。いつまでも部屋に閉じこもって、学校に行こうとしませんし。何だか私だけが何事もなかったのかのように学校に通い続けています。私も楽しいはずの音楽が、今では苦痛で、耳にしたくない。


 書いてみて思ったんですが、これを愛木さんに見せることはできない。


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