片桐良太の反省文(繋ぎ合わせ)

 この度は同じ軽音部の渡部仁くんに暴力を奮ってしまったことで、たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。申し訳ありませんでした。渡部くんとは同じバンドを組んでる間柄で、彼には以前からギターの演奏を教えてもらっていました。その日も授業を終えて、部室に向かうと渡部くんは先に来ていて演奏する準備をしていました。僕も彼に倣って演奏の準備をしました。渡部くんに「チューニングが違う」と指摘されて、僕は少しだけカッとなりました。その後の練習中にも渡部くんに指摘されて、僕はついに手を上げてしまいました。思えばもうすぐライブの予定もあり、渡部くんは焦っていたのでしょう。僕は忖度できずに上達しない自分に腹をたてて、他人に怒りをぶつけてしまった。ちょっとした食い違いなんてことはありません。今回は全て僕に責任があります。渡部くんは喧嘩をしたと主張しているようですが、それは事実ではありません。全ては浅はかで身勝手な僕による暴走です。なので処分を受けるのは僕だけにして欲しいです。今後はこのようなことが起こらないように、もう少し互いに密なコミュケーションをとって、意見の食い違いは話し合いで解決できるようにしていきたいです。この度は誠に申し訳ありませんでした。



 僕が軽音部に入部したのは、偶然だったと思います。中学の時に少しだけギターを弾いたことがあったとは言え、軽音部に入部するつもりは全くありませんでした。ただ気になる人がいたんです。彼女の名前は柊木美波と言います。時々ギグバックを手にしている、同じクラスの女子生徒です。軽音なんてあったのだろうかと、僕は疑問に思い美波さんの跡をついていきました。なんだかストーカーみたいなことをしていますが、僕にそんなつもりはありません。使われていない第三校舎に向かう美波さん。僕は疑念を抱きながらも付いていく。曲がり角を越えると、美波さんの姿は廊下から消えました。真っ暗な校舎、奥にはトイレと屋上に続く階段、手前に教室を確認できました。おそらくこの教室が軽音部の部室なのだろう。今日のところはここで退散しようと思ったのですが、声をかけられた僕は悪い事でもしているかのように驚いてしまった。


「もしかして入部希望者か?」


 渡部仁は気さくに話しかけてきました。


「え!? そんな」


 僕は渡部のようなタイプが正直に言って苦手でした。僕が知る渡部は他クラスの女子といつも楽しそうに談笑している女好きな印象が強かったからです。実際はどうなのかわかりませんが、この時点では誰とでも仲良くできるタイプなのではないかと考えを改め始めたことは否定しません。渡部はそれくらい気持ちいい破顔を晒したのです。


「まあまあ。見学して行ってよ」


 渡部は僕の背中を押して教室に入っていきます。半端強引に入室すると、美波さんが二人いました。何を言っているのか意味がわからないかもしれませんが、僕も理解に苦しんだので、上手く説明することはできません。一人の美波さんは椅子に座ってベースを弾いている。もう一人の南さんはドラムを叩いている。


「……南さんが二人いる」


「片桐、お前知らないのか? 柊木は双子なんだよ。めっちゃそっくりだろ」


「双子って、どっちがどっち」


 困惑をここまで隠せれない自身に恥じる。


「ベースを弾いているのが、南。ドラムがヒカル」


 説明されても飲み込めない。二人は瓜二つで、楽器を持っていなかったら、僕は見極めることができないだろう。


「もしかして新入り? 私はヒカルよろしくね」


 深窓の令嬢なんて例えが似合う美波さんと、同じ顔をしたヒカルのフランクな物言いが、思考処理を遅らせる。


「い、いや僕は入部を決めたわけでは」


「えーそうなの? うちのバンドはギターが足りなくて」とヒカルは指を折って数える仕草をして、続ける。「私がドラムでしょ。南がベース、そこの渡部がボーカル兼ギターなんでけど、もっとサウンドに厚みが欲しいからどうしてもギターが欲しいのよ。楽器は触ったことある?」


「アコギなら少しだけ」


 中学の頃にギターを三日坊主で触らなくなったことを思い出す。ここでは黙っておこう。


「ならいいじゃん。今はのんびりやってるから、興味があるなら」


「でも」


「私が教えるから。片桐くんも一緒にやろ」と僕を誘ってきたのは美波さんだった。憧れの人の誘いに僕は頷いていた。おそらくとんでもない破顔を晒しただろう。



 入部してから半年が経過した。帰宅部の予定だった僕がギターを持って登校することになるなんて、小っ恥ずかしい。クラスメイトからの認知を得てからと、ギターを持つことには慣れないし、ましてや人前に演奏するなんて遠い世界の話であると思っていた。それが文化祭でのライブが決まってしまったからには、これまで通りマイペースではいられない。放課後になって部室に向かうと、美波さんはベースを構えてチューニングをしていた。いつもの光景。軽音部への入部してから南さんと個人練習をすることは放課後のルーティンとなっている。ベースだけではなくギターも上手いのは感服する。柊木家は両親の影響もあって、幼少期から音楽に触れてきたらしく、楽器全般を扱うことができるのだそうだ。時々ヒカルにもギターを教わることがある。姉妹それって楽器が得意なんて、尊敬しかない。


「大分上手くなったね」


「え!? そうかな」


「うん。さまになってきたと思うよ」


 不意に褒められて、気持ちが高揚する。部活動だけでなく、家で練習してる成果だ。努力が実ることがこんなにも楽しいなんて知らなかった。


「ありがとう。何だか最近楽しんだ」


 黒と茶色を基調にしたストラトキャスターが、以前よりも愛おしく思える。値段は大したことはないし、サウンドもそこそこ、楽器としての作りの良さはやや悪い。それでも、毎日のように触れていると、手が馴染んできて愛着は強くなる。


「そうでしょ。上手くなればなるほど楽しくなるよね」


 美波さんは微笑んだ。僕はしばらく目を奪われてしまう。


「……どうしたの?」


「あ、ごめん、なんでもない」


「お持たせ!!」


 二人の時間は唐突に終わり、活気に声を上げたのはヒカルだった。最近になって髪を短く切りそろえたヒカルは、意気揚々とドラムを叩く。相変わらず飛んだり跳ねたり、楽しそうなリズムを刻んでいる。あんなに叩けたら、さぞかし楽しんだろうな。


 全体練習が終えると、柊木姉妹こと女性組と男子組に別れて下校することになった。渡部とはなんでもない会話が繰り広げられる。


「ごめんな。急にライブをするなんて言い出して」


「そんなことはないよ。目標があったほうが練習も捗るし」


「そんな風に言ってもらうと助かるよ。ところでお前は柊木姉妹のどちらが好みなんだ」


「は!? なにを言いだすんだよ」

 

 渡部は悪代官のようなあくどい顔色を浮かべた。


「女目当てだろ。ギターをやる人間なんてみんなそうだ。俺の勘では美波だろ。お前の狙いは。好きなんだろ。正直に言えよ」


 普段の渡部は少しだ横暴な側面があって、自分の主張が強いタイプだ。相手の気持ちを推し量るようなことはあまり得意ではない。ところが恋愛関係においては、異なる。渡部自身がそれなりに恋愛経験が豊富だからなのだろう。バンドでの関係だけではなくこの場でのイニシアチブも渡部にある。今思えば僕があまりにも卑下していたことが、後々の事件の発端に思う。話が逸れたが僕はこの時に素直に「美波さんのことが気になる」と伝えた。


「やっぱりか。告白はしないのか?」


「そんな。今の関係でも満足してるよ」


「それはダメだ。誰かに取られるぞ。仮に告白が上手くいかなくてもだ。相手は気にする。関係が一段階進むかも知れない。要は思いは行動にしなくては何も伝わらないってこと」


「たまには、良いこと言うよな」


「俺が場を設けてやるよ。だからお前にも協力してほしんだよ」


「まさか、ヒカルか?」


「話が早いな」


 僕たちは互いの意中の相手を確認し合って、協力関係を結んだ。



 僕の初ライブは大失敗に終わった。単純な演奏ミスもあったし、エフェクターを間違えて作動させてしまったりと、散々な結果に、ギターなんか触りたくもない。しばらく部室にすら顔を見せない日々が続いていたが、流石に美波さんに怒られたので、顔を見せることにした。重い足取りでゆったり進んでいく。部室は静かだったが、明かりがついていたので、誰かがいることは明白だった。誰がいるか確認したくて、ドアをゆっくり開いて中をこっそりと覗いた。渡部と美波が抱き合って、唇を重ねた。この光景は幻ではないだろうか。けど、長くて綺麗な髪が彼女が南であると否応なしに、判断させた。


 トイレに向かった僕はむせ返るような頭痛に襲われた。顔を洗って、何もかも見なかったことにしよう。そう思って、部室に向かいました。何気ない日常、なんでもない顔をして、久しぶりに部活に参加した。不自然なところはなかったと思う。思う。だけど僕は、渡部くんを殴ってしまった。あの衝撃的な現場を目撃してから、そんなに経過はしていなかったと思う。渡部に対する募った軽蔑や嫌悪が、爆発したのは些細なことだった。今までの遅れを取り戻すために、誰よりも早く部室に向かい練習をするようになった頃、渡部くんは僕を侮蔑したのだ。冷静になれば彼の指摘は、的を得てるので正しい。だけど、僕には辛い一言だったことは、理解して欲しい。あの時に僕にはあまりにも重く、抱えきれなかったんだ。しかし、犯した罪は償わなればいけない。全ては僕の内気な性格が招いたことだ。



 後から部室に入っていきたヒカルや美波さんの顔が頭から離れない。あの驚いた顔は、明らかに状況を理解していない様子だった。渡部も渡部で、何事もなかったかのように平然を装う。僕は正しいことをしたのだと、信じたい。

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