第4話 空蝉に陰る

 ゲームに熱中していると時間を忘れることができる。目が限界を迎えると、僕はSNSサイトを開いて、なけなしのガチャ結果を載せた。特に誰かに見らているわけでもないので、日記のようにSNSを利用している。その日は、少しだけ違った。スズカから「いいね」の通知があったのだ。スズカはゲーム内で以前にやり取りをしたプレイヤーで、成り行きでSNSを教えていた。まさか見てくれていると思わなかったので、対応に戸惑った。このまま無視するのは、愛想がない。僕はお返しと言わんばかりにスズカの投稿に、「いいね」をしておいた。


 後日、スズカからダイレクトメールが届いていた。やり取りが続いていくと、スズカとは、同年代であることが判明した。しかも同じ地域内に住んでいるという。顔を知らない人に、好意を持つことになるなんて、夢にも思わなかった。会ってみないかと、自然の成り行きで、約束をした。


高校一年の夏頃だった。会う約束をした場所は高架上の駅であった。夕陽が綺麗に見える時間帯だったことは、記憶にある。彼女が来なかったことも記憶に真新しい。


 彼女は言った。やっぱり恥ずかしい。思ってたのと違うと思われるのも嫌だ。関係が崩れるのは嫌だ。これまで通り仲良くして欲しいと、後から連絡がきた。だから僕は彼女を尊重することにした。所詮はSNSサイトに仲良くなった程度の関係だ。現実ではなく、空想が折り混ざった架空の世界。ゲームと一緒。そう思うことにした。



 車窓からの風景は流れるように過ぎていく。電車を通学を始めて一年も経過すると、流石に見慣れた。真新しいものはない。ならばと車内に視線を向ける。同じ時間の車両、同じ入り口付近を牛耳っているので、どこかで似たような顔が多い。ルールはないのに、毎日同じような行動をするのはなぜだろう。かくゆう僕も同じような言動をする傾向にある。落ち着くからだろうか。無意識に決まった行動をして、テリトリーを形成している。不要な思考を切り替えて、僕はイヤホンを装着して、音楽を再生した。


 最寄り駅で降車すると、鈴木がしかめつらで僕を睨め付ける。鈴木は小柄の女子高生で、僕と同じクラスだ。いつも元気で、僕のような陰気なオーラを醸し出してる根暗が気に食わないらしい。


「おはよう。今日も覇気がないね」


「朝からやめてくれ」と僕が言うと鈴木は嘆息した。


「どうしてそんなに元気がないの?」


「今日も朝早くに起きて、1時間くらい掛けて通学してるんだから仕方ないだろ」


「そんなの君だけじゃないでしょ」


 うーん。それを言われると返す言葉はない。1時間の通学を強いられることになったのは、全て自身の努力不足だ。中学になった時には遅かった。ゲームか惰眠をするか二択だけの生活をしてきて、全く勉強をしてこなかった。中学3年生にもなると、地元の高校に行くことはできないと断言された。意思の弱い僕は、現実逃避を選択して、ゲームに明け暮れた。なので今さらになって、後悔とかはない。ただ、すっかり地元の友達とは疎遠になった。元々友達は多いタイプではないので、必然的な結果だろう。過去にも、小学校の頃に仲の良かった子が引っ越しすることになった。互いに連絡すると言って、最終的には疎遠になった。彼女のような具体例もあるので、現状の交流関係を受け入れるのは難しいことでない。そう言えば、あの子は元気だろうか。背が高くて、男みたいに気が強い女の子だったことを覚えている。名前は確か古藤だった。



 やっと昼休みになった。教室で仲間内に囲まれて、弁当を食べた僕は携帯端末を確認する。SNSサイトにスズカからの連絡があった。「今日の夜に討伐に協力して」みたいなことが書かれていた。昨日の夜も深夜の2時くらいまで、付き合わされたのだが、あいにく僕には、断る理由がない。いわゆるウィンウィンの関係なので了承した。


「昨日も深夜までゲームしてたんだろ」と僕に絡んできたのは、和久井だ。元サッカー部で、気分転換に長期で部活を休んだら、そのまま帰宅部に馴染んでしまった哀れな元スポーツマン。今では僕の影響を受けてか、ゲームをするようになってしまった。僕はオススメもしてないし、巻き込んでもない。彼が自らこっちの世界に浸ることを選択したのだ。


「どうしてわかったんだよ」


「授業中の居眠りは当然だが、今日は一段と隈が酷い」


 僕は目元に手を翳す。指摘されると気になってしまう。


「そんなに酷いか」


「ああ。残念ながら。見るからに不健康そうだ。体をもっと動かしたほうがいい」


「お前と一緒にするな。僕は汗をかくのは苦手なんだ」


「普段から運動をしていれば、汗をかくことが爽やかになる。きっと価値観は大きく変わるぞ」


 その後も茫然と話を聞いてると、放課後になぜかフットサルをすることになってしまった。


 

 放課後になると、和久井に連れ出されて、体育館でフットサルをした。和久井が何人かを誘っていたようで、5対5で別れてのチーム戦となった。余すような闘争本能と根気が折り混ざった真剣勝負に発展したので、僕は途中離脱をしてトイレに向かった。


 用を足した僕はついでに飲み物を買いに自販機に向かう。スポーツドリンクを買って一口飲む。不意に上を見上げると、2階で校内随一の有名人である風紀委員の愛木が、誰かと話していた。愛木に目を付けられたら高校生活が、終焉すると比喩されるくらいに、恐れられている。有名な話だと、イケメンの男子生徒が二股を暴かれたことで、校内の全ての女子に嫌われた例がある。悪事を働くと愛木によって晒されてしまうのだ。今回のかわいそうな学生は誰だろうか。知り合いだったら、からかってやろうと思い、しばらく観察していた。それで見えてきたのは、見知った顔であった。


「鈴木か?」


 明日の朝にでも話を聞いてみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る