恨み、晴らします(四)

 その数日後の夜のこと。

 『上手蕎麦』の地下室に、三人が集まっていた。うちふたりは、お禄と蘭二である。木製の椅子に腰掛け、無言で思い思いの方向を見ていた。

 もうひとりは、見るからに恐ろしげな風貌の男であった。髪は野武士のように長くぼさぼさで、まげは結っていない。顔はあちこち生傷だらけである。目つきは鋭く鼻は曲がっており、耳たぶは石のようにごつごつしていた。さらに手のあちこちには、幾つもの巨大なたこが出来ている。肩幅は広くがっちりしており腕は丸太のように太く、胸回りは分厚い筋肉に覆われている。しかし、腹の周囲に余分な肉は付いていない。彼もまた椅子に腰掛けているためわかりにくいが、身の丈は六尺(約百八十センチ)はあるだろう。目方の方も、二十貫(約七十五キロ)を軽く超えていた。

 二枚目役者のような顔立ちで色が白く、細身でしなやかな体の蘭二とは、完全に真逆の種類の人間である。

 しばらくして、大男は憮然とした表情を浮かべつつ口を開いた。


「遅いな、壱助は」


 吐き捨てるように言ったかと思うと、懐から胡桃くるみを取り出す。頑丈な殻のついた胡桃だ。

 しかし、男が二本の指でつまんだ直後、殻は簡単に砕け散った──


「そう苛々するなよ、権太ごんたさん。壱助さんは、もうじき来るさ。目が見えないんだから、遅いのも仕方ないだろう」


 蘭二が取りなすような口調で言う。しかし、権太は納得できない様子で、割った胡桃を口に入れる。




 お禄、蘭二、権太、そして壱助とお美代。この五人は、仕上屋しあげやに所属している裏稼業の仕事師なのだ。晴らせぬ恨みを抱く依頼人から金を受け取り、許せぬ人でなしを消すという稼業である。組織のまとめ役であるお禄が、様々な情報網を駆使して仕事を請け負う。受けた仕事を権太と壱助とお美代の三人が実行する。蘭二は、もっぱらお禄の片腕として彼女を補助する役割を担っているのだ。もっとも、標的となる者の数や事と次第によっては、蘭二が殺しの実行役として動く時もある。

 先ほどから不快そうな表情で座っている大男の権太は、彼らの中でもっとも若い。口数も少なく、粗暴な振る舞いが目立つ男だ。その上、己自身のことを全く語らない。殺しの腕は確かなのだが、他の者たちとは徹底して距離を置いている。

 しかも、仕留めた男の死体を持ち帰るという妙な癖の持ち主でもある。仕上屋でも、一番の問題児であった。




 ややあって、上から戸を叩くような音がする。次いで、声も聞こえてきた。


「上手蕎麦のお禄さん、あっしですよ……壱助です。揉み療治に参りました。開けておくんなせえ」


「やっと来たかい。蘭二、入れてやんな」


 お禄が言うと、蘭二は頷いて立ち上がった。階段を上がり、店へと出ていく。


 しばらくして、蘭二に手を引かれた壱助が下りてくる。そのとたん、権太が声を発した。


「遅いじゃねえか。こっちは暇じゃねえんだぞ」


 苛立った口調の権太に、壱助は愛想笑いで応じる。


「いやあ、すまないこってす。ちょいと色々ありましたんでねえ。で、今回の仕事はどうなんで?」


「標的は、やくざ者の一太いちたと、その子分の利吉りきち為三ためぞうだ。仕事料は一両ずつ。あんたら、どうするんだい?」


 お禄が尋ねると、まず壱助が口を開いた。


「そいつら、何をやったんで?」


「何をやった、って言われてもねえ。あちこちで悪さしてる下衆野郎、としか言いようがないよ。その三人のやらかした悪さをいちいち挙げていたら、明日までかかるかもね」


 その言葉に、壱助は苦笑した。


「そうですかい。ろくでなしなら問題ないですよ。ただ、そいつらの腕の方はどうなのかと思いましてね──」


「やくざ者が怖いってのか? やりたくねえなら、お前らは降りろ。俺が三人とも殺してやっても構わないぞ」


 壱助の言葉を遮り、口を挟んだのは権太だ。凶暴な目で壱助の顔を睨みながら、再び胡桃を懐から取り出した。

 殻を一瞬で握り潰し、実を口の中に放り込む。お禄が、床に飛び散る殻を見て顔をしかめるが、本人は我関せずという雰囲気だ。


「いやいや、何もやらねえとは言ってないですよ。お禄さん、俺とお美代にやらせてください」


 そう言うと、壱助は右の手のひらを突き出してきた。お禄は、その手のひらに小判を一枚握らせる。


「じゃあ、前金を渡すよ。じゃあ、利吉と為三のふたりを殺っとくれ。そうそう、人相書きと似顔絵もある。こいつを、お美代さんに渡しておいてよ」


 言葉と同時に、蘭二が紙を取りだし壱助に手渡した。


「へえ、わかりやした。いつもすみませんねえ」


 そう言うと、壱助は立ち上がった。蘭二に手を引かれて、去って行く。

 次いで、権太が手のひらを突き出した。


「俺も引き受ける。前金をよこせ」


 乱暴な口調である。お禄より十以上も歳は下であり、立場も下なのだが、敬意の欠片も感じられない態度だ。

 もっとも、蘭二も似たようなものだが……お禄は苦笑しながら、彼の手のひらに二分金にぶきん(一両の半分)を乗せる。


「ほら、前金だよ。残りは、きちんと仕上げてから取りにおいで。ぬかるんじゃないよ」





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