第6話 最後のしおりの在り処

 3枚目のしおりに書かれていたメッセージ。

 それは至極シンプルなものだった。部室の手前から4つの本棚に、しおりの送り主である人物の居場所が書かれたしおりが挟まれている――その情報を基に俺と詩織しおりは本棚に入れられている本を片っ端からパラパラめくって確認したのだが、しおりはとうとう見つからなかった。もしかしたら誰かが、その本を借りて言っているのかもしれない――という可能性も無きにしも非ず。今日のところは一旦お開きにしようとしていたのだが、その時、俺の脳内に一つの可能性が灯ったのだ。


「なぁもしかしてさ、次の書籍の意味する所ってこういうことなんじゃないのか? ほら、これがこうで、これがこうでさ……」


 これまで次のしおりが挟まれていた本にはある一定の法則があった。それは、本のおかれていた段とその本棚。最初は一列目の一番上、そして二冊目――『夢十夜』は二列目の二段に入っていた。全然意味がないと思っていたのだが、それに当てはめると今回のしおりがあると考えられるのは三列目の三段目、ここになるはずだった。


「でも、四列目ってしおりには書いてますよ?」


「もしかしたら、見間違えて書いたのかもしれないじゃん。 もう一回見てみようぜ」


 わずかな希望を胸に、俺は詩織と三列三段目の本棚を確認してみることにした。

 しかし、その段の本をすべて見てみても、そりらしきものは一つも見つからなかった。収穫と言えば、しおりの代わりに挟まれていたと思われるレシートが20年以上前だったということだけである。

 うちの図書は20年以上読まれていないものもあるらしい。


「これでもないんだったら、厳しいな……」


 うーん、と今度は俺が唸る。

 該当すると思われる書籍は全て目を通したはずだ。これで見つからないとなると誰かが借りてしまったか、それともすでに処分されてしまっているのかもしれない。


「……それじゃあ、帰りましょうか?」


「うん、今日はそうしよう」


 詩織は気落ちしたような声で、疲れたーと言いながら鞄を肩にかける。そして、読んでいたラノベを本棚に戻……。


「あーっ‼」


 俺がいきなり大声をあげたせいで、詩織の肩が一瞬ビクッとなった。彼女の女の子らしい面を見えたことに感動よりも意外性を感じていると。


「な、なんですか、急に。 ま、まさか漏れちゃったんですか? 漏らしちゃったんですか? 大ですか、それとも小ですか? その時の掃除は全部先輩がしてくださいよ」


「違うわ。 お前は何をどう勘違いして俺がお漏らししたと思ったんだ」


 全く失礼な奴だ。

 何度でも言うが、本当に親の顔が見てみたい。

 怪訝そうな表情をする詩織に対し、俺は机を指さした。それは、詩織が俺にお勧めしてくれたラノベだった。しかしそれは俺が読んでいたものではなく、詩織が顔を近づけてまで熱心に読んでいたものだ。


「ほら、お前が読んでたその本、確認してなかっただろ」


「あっ、そういえば!」


 詩織もすっかり忘れていたようで「はっ!」というように手を口元に当ててわざとらしく驚いたリアクションを取った。本棚にある書籍ばかりに目を取られて失念していたのだが、実は詩織が俺に進めてくれたラノベも手前から4つ目の本棚に収蔵されていたものだった。詩織が急いで確認する。

 すると案の定、ページの後ろから数えて近い所辺りに詩織が一枚挟まれていた。

 今回は詩織が読み上げる。


「――体育館裏に来てください、ですって」


 体育館裏?

 書かれてあるのはそれだけなのか、彼女に尋ねると小さく頷いた。


「これ以外は何も書かれてないですよ?」


 俺にもしおりを見せてくれる。

 彼女の言う通り、白地の上にかかれているのは詩織が先ほど教えてくれた言葉だけだった。これまでに比べても簡素さが増しているように感じる。「ここまで探してくれてありがとう」とか、そういった最後までしおりを探したことに対する言葉が一つもないことに少しだけ拍子抜けしてしまう。

 意外と呆気なかった。

 本来ならばこの後、しおりに書かれてある通り体育館に赴き、そこで送り主から告白なりなんなりをされるはずだったのだろう。だがしかし、しおりが読まれること無くこうやって部室に残っていたことから、送り主の胸に秘められた想いがどうなったのか、想像するに難くない。

 少しだけしんみりとしてしまったが、俺達の興味本位で始まったしおり探しもこれにて終わり……。


「な訳ないですよ!」


 らしくないツッコミを入れる詩織。

 どうやら彼女は体育館裏に行く満々らしい。

 すでに帰る気満々であった俺は、詩織に引き留められて思わず眉をひそめた。だって、体育館の裏なんて行ったところで何もないことくらい、誰か言わなくとも分かりきってることだから。

前提として言っておくが、このしおりが仕掛けられたのはいつ頃か分からない。もし昨日に仕掛けられていたとしても、今日の俺達が体育館裏に行ったところで何の意味もないのだ。第一、もしこれを書いた人物が今現在において体育館裏で待っているとして、俺達が「よっ、待たせたな」って登場したら相手から見てホラーだろ。

 何度も帰ろうという俺に対し、詩織もまた引き下がらない。

 何が彼女をそんなに突き動かしているのだろうか。


「最後までやるか、って言って私、頷きましたよね?」


「あ、ああ確かに……」


「だから行きますよ」


 最後ってそこまで指していたのか。俺は最後のしおりまで探すか、って意味で聞いたんだけど、彼女の中ではその一歩先を想定していたらしい。無人の体育館裏に行くことにはあまり気乗りはしないが、帰るついでにチラッと見ていくくらいはいいか。元々、「最後までやるか」って聞いたのは俺の方だったんだし、体育館裏まで行けば詩織も文句も言わないだろう。

 ふと窓の外を見ると、太陽が山の中に消えようとしていた。

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