第5話 3枚目のしおりは何処に

 夏目漱石の『夢十夜』とは、それはそれは有名な小説の一つだそうな。そんなことなど露知らず、日頃はラノベを読み漁っては「○○ちゃん可愛い―!」などと呑気にもだえている俺であったが、忌まわしき一枚のしおりのせいで夏目漱石及び『夢十夜』について問われ、文芸部員にあるまじき失態を犯してしまった。そんな体たらくな先輩に対して何の躊躇ちゅうちょもなく特大の雷を落とした詩織しおり。これから先、俺はラノベだけでなく純文学にまで目を通さなければならなくなってしまうのか⁉――というのが、前回のあらすじである。

 ということで気を取り直して、しおりを読み上げよう。


「えっと……「ついにここまで来ましたね。 次が最後のしおりとなるので、大ヒントを差し上げましょう。 最後のしおりはこの本棚の手前から4つ目に隠しました。それに私が待っている場所が書いてあります」だってよ」


 メッセージによると、これが最後のしおりだそうだ。

 二枚目のしおりに書かれていたヒントが難しすぎて、どんなことを書いてくるのかと思っていたが、最後はなんだ簡単じゃないか。

 先ほども言ったように、うちの部室に並んでいる本棚は全部で5つ。そして、手前から4つ目、ということは先ほど詩織が座っていた所の真後ろにある本棚である。ここに彼女がどこにいるのか、書かれてあるらしい。

 詩織に一応の確認を取る。


「……これ、最後までやるか?」


 次が最後のしおり、ということは送り主が待っていたであろう場所が次のしおりには書かれてあるはずだ。しかし当たり前のことではあるが、書かれている場所に行ったところで、しおりの送り主がいる筈はない。

 それに先ほどの「『夢十夜』が答え」みたいな場合は一種の謎解きのような趣があるが、今回のしおりに書かれているのは「手前から数えて4つ目の本棚」に最後のしおりは必ずあるということ。つまり、全くの謎解き要素もなければ、これといったショートカットもない――ただただ力業で見つけ出すことになる。

 そんなのローラー作戦をしていけば絶対見つかるのだ。

 だからやるかどうか尋ねたのだが。


「ここまで来て、やらない人がいますか?」


 詩織はとキラッと輝かせた瞳をこちらに向けて即答した。

 もちろんそういうと思っていたけどさ。


「そんじゃ、俺は上から見ていくから詩織は下から頼んだ」


「了解です♪」


 詩織はそういうと鼻歌交じりで、下段から本を一冊抜き取ってページをパラパラし始める。こういった、まるで小説に出てくるような謎解きを俺自身が実際に体験する機会が訪れようとは夢にも思っていなかった。最初はどうなることかと思ったが、それもこのしおりを見つけ出せばすべてが解決する。

 俺は小声で「よしっ」と小さく気合を入れて、一番上にある文庫本を手に取ったのだった――。

 


「――で、ありました?」


「いんや、全然見つからん。 ホントにこの部室にあるのか? それか、もしかしたら誰かが借りてってるんじゃないのか?」


 互いに目線を本棚に向けたまま会話を交わす。

 俺も彼女も何度も何度も確認したが、その一冊をどうしても本棚から見つけ出すことができなかった。うーん……と唸るような声が詩織から漏れる。彼女からも俺の意見に反論する声は出てこなかった。


「……じゃあ、今日は一旦帰るとするか」


 これ以上探したところでどうしようもない――そう判断した俺は、彼女に帰るよう促す。窓の方を見ると、先ほどよりも空が赤く燃えていた。まだ日が長いとはいえ、真夏のようなことも無くなって陽が落ちる時間も早くなっている。

 少し迷った素振りを詩織は見せたものの。


「……そうですね」


 声をワントーン落として、そう呟くと鞄を肩にかけた。

 確かに俺もあのしおりがこの後どういった展開を見せてくれるのか、気になりはするが肝心の書籍が見つからないのであれば仕方がない。何かヒントはないか、それに俺が読み間違えていないか、もう一度しおりを読み返す。

「……ん?」

 その時、俺は一つの可能性を見つけた。

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